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闇夜の譫言11


適当な甘い言葉を投げかけるとそれだけでメロメロになる女に、心の中で嘲笑う。
馬鹿じゃないのか、こんな安っぽい嘘に騙されて。
その後、女の…餌の家に行き、致死量に至る血を飲んだ。
味はまずいし、どろどろしていたけれど致し方ない。
それは彼じゃないから。
彼なら、もっと……。
飢えは酷くなる一方だった。

本当は気付いている、僕がもう戻れないところまで行きかけていることを。

「僕は馬鹿だ」

彼の家でたまたま読んだ本の登場人物が言っていた台詞をそのまま口にして、餌の家を去った。

朝焼けが目に眩しい。
急いで彼の家に帰らなければ、彼が起きてしまう。早く、帰らなければ!

「待って」

飛ぼうと翼を広げようとした瞬間、後ろから聞き覚えのある声が聞こえた。
振り返るとやはり思っていた通りの人物がそこに立っていた。

「……長門、さん」
「貴方は彼から離れるべき。今ならまだ間に合う、早く離れなければ取り返しのつかないことになる」

水晶のような目が僕を見据えてそう言う。
…知っていますよ、知っているんです。
早く彼から離れなければ、僕はきっと彼に取り返しのつかないことをしてしまうだろう。
でも…

「離れられないんです。離れなければいけないと解っているのに、離れられない。離れたく、ないんです」
「そう。なら、一緒に居れば良い。いざというときは、私が協力する」

彼の為にだろう、彼女はそういう人間だ。
人間ではないかもしれないけれど、彼女はとても人間らしい。
その些細な感情も、気遣いも。
今さっき僕が一体何をしたのかも知っているだろう。
いつか彼にそれをするかもしれない日が来るかもしれないのに、彼女はそれでも協力してくれるらしい。

「有難うございます」
「彼がそれを望んでいるから。早く帰るべき、彼が待っている」

最後に小さく何か呟いていたが、僕には何を言っていたのか解らなかった。


翼を広げ、空を斬るよう進む。
朝の太陽は眩しいから出来るだけ当たらないように。

彼の家が見えた。
そっと、窓から侵入する。

「俺は朝帰りしろとは言った覚えはないのだが。ついでに、夜中にこっそり出ていくことも許した覚えはない」

彼は僕がどこから帰ってくるかも解っていたかのようで、窓から少し離れた場所からこちらを睨んでいた。

「体調悪いのに、何出歩いてるんだ。…昨日より顔色悪いぞ」

近寄って、僕の顔を眉を潜めながら見、彼は言う。
顔色がよくない、と。

今なら…今なら、聞いてもらえるかもしれない。
僕が今彼に望んでいること。
……してもらいたいこと。

「今日は涼宮さん達との探索は無いんですよね」
「はっ?あ、ああ…。確かハルヒが家族と出かけるから無いって言っていたな」

つーか話反らすなよ。
彼がそう言うのは簡単に予想できた。彼は僕が出ていって少ししてから起きていたらしい。
それから、僕が帰ってくるまでずっと起きていたことも。
出ていったのはさて何時だったか。ゆうに三時間は彼を無駄に起こしてしまっていたようだ。

「今日は、貴方が貧血で倒れてしまうほど血を…頂いても宜しいでしょうか」

恐る恐る聞くと、戸惑っている表情の彼。
ああ、貴方にそんな表情してほしくなかった。貴方にはいつでも笑っていてほしかった。
……僕の為に、僕に、笑いかけていてほしかった。

「……冗談です。気にしないでください」

彼をこれ以上困らせたくなくて、嘘をついた。確かに冗談であったにはあったが、八割は本気だった。

「そうやって嘘つくんだな、お前は俺にも」





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あきゅろす。
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