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闇夜の譫言8


「……ちょっとそこに座れ」

言われた通りに床に座る。
彼の足がすぐそこに見えた。
もうすぐ衝撃が来るだろう、痛みに耐えられる様に目を閉じた。
しかし中々衝撃が来ない。

何故だろうか。

もしかしたら少し俯いているから殴りにくいのかもしれない。
そう思って、顔の角度を15°程上げた。
これなら彼も殴りやすいだろう……多分。

些か悩んでいる彼が目に浮かぶようだ。
彼は優しい人だから、殴っていいのか解らないんだろう、優し過ぎるから……だから僕に目を付けられたといっても過言ではないのに。

「……早くしてください。僕、気が短いんですよ」

目を閉じたままそれだけを言い、また口を閉ざした。
それを聞いて、むっとしながらも決意したのだろう、動く気配がした。
右アッパーから左ストレート、更にジャブを二回、最後に右ストレート位は来るだろう。
とりあえず三発は堅いな。

そう思って歯を食いしばった。
歯を食いしばったのなんて何十…いや、何百年振りだろうか。


しかし、思っていたよりも優しく左頬を触れられ、唇に一瞬柔らかい感触がした。
驚いた僕は、目を開いた。
そこには顔を真っ赤に染め、口許を左手の甲で隠している彼がいた。

「な、にをしたんです」
「知らん!約束は約束だからなっ!おやすみ!」

ばふっと音がしそうな程に彼は布団に勢いよく潜り込んだ。
しばらくして小さな声で「頼まれてももう絶対しないからな」と言っていたのを聞いて、あの柔らかい感触が彼の唇だと気付いた。
媚びへつらう女の、いやらしいそれとは違う、純粋なキス。
そのあとも暫くは顔は緩みっぱなしだった。
彼には見られては困る顔をしていたんだろうな。
こんな顔、久しぶりにしたかもしれない。


朝、少量だけ彼の血を貰い、痕を消し二人で制服に着替えた。
彼はそこでやっと僕が学校に来ることに気付いたのだろう、無関係の振りをしろと散々言われた。
起きてすぐはまだ恥ずかしかったのか目を合わせてくれなかったが、暫くしていつも通りに戻ってくれて嬉しかった。
彼が戻らなければ昨日の記憶を消す事すら考えていたから。

学校へは別々に行く様に言われ、渋々ながら同意した。
……彼の目が本気でそう願っていたからだ。

僕は誰よりも早く窓から出て、学校の通学路とは別の方向へと足を運ばせた。
なんとなく見知った場所を一人で歩く。彼と出会ってからは一度も通らなかったこの路を。

少し歩いて漸く目当ての場所を見つけた。
一人の吸血鬼の古泉一樹として、住んでいた場所。
二日振りのそこは殆ど何も変わらないけれど、僕はある予感を感じて来た。
郵便受けを開くと、やはりDMやどうでもいい手紙の中に一通だけ、住所も何も書かれていない白い封筒が入っていた。

所属している機関からの、一通の手紙。
僕はごくりと唾を飲み、その手紙を開けた。
そこにはおおよそ、想像していた内容が書かれていて静かに溜息を吐かざるを得なかった。

その手紙だけを持ち、他の手紙は全て燃えるゴミに捨てた。必要など無いものだから。





「ちょっと来て!」
「はい?」
「良いから良いから」

転校生として、可もなく不可もなくな自己紹介をし、毎休み時間クラスの人から沢山の質問責めにあった。
放課後、ようやく落ち着いたので今から彼の家で一人オセロをまたしようと考えていた、そんなとき。
突如嵐の様にやって来た彼女は何の説明も無いまま、僕を後ろから押してどこかへと連行しているようだった。
写真で見るよりも楽しく元気そうで、彼女も中々に良い味がしそうだなぁ、と考えながらおとなしくついていった。





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あきゅろす。
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