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そんな昼まえのこと
古→キョン……と言い張ります



それはいつもと変わらない教師の、どうでもいい授業だったからだろうか。
それとも日常に退屈していたからだろうか。

ふと、考えてしまった。


数学の授業、年老いた教師が教科書の例題の説明をしている。
そんなのは教科書を見ただけで理解できてしまう。

窓の外を覗いて考えるのは彼のこと。

いま、彼のクラスは何をしているんだったか。確か、現国だった筈。
それならきっと、突っ伏しているか、ぼんやりと……そう、まるで今の僕の様に何か考えているのだろう。

そんなことを想像していると、何だか微笑ましく思えてきて、笑みを少し濃いものに変化した。
隣の席の人や教師が見ていないことを祈ろう。
授業中に妄想してニヤニヤするだなんて、変態がすることだ。僕はそんな変態じゃない。

ふと、唇がかさついているのに気が付いた。後でリップを塗らなければ。
涼宮さんの中の僕のイメージは、『完璧な副団長』ですからね。
それを崩してしまっては僕のあの暖かい居場所を失いそうで。それが、怖い。
だからこそ僕は完璧を演じなければならない。

自然体でいられる彼が羨ましいと思うときもある。
純粋に最初は羨ましいと。
そう思っていたのだ。
だけれど、今は……違う感情が渦巻いている。

彼の唇は、確か少しかさついていた。その唇に口付けてみるとどんな感じなのだろうか。
かさついていると思ったら、少ししっとりしていて、甘いんだろうな……。どうなのだろう。
口付けたことなんて無いから解らない。知りたい。

「……みくん」
「……いずみくん、こいずみくん!」

隣の席の……誰だったか。名前もよく思い出せないような人に話し掛けられた。

「どうか、されましたか?」

考えていたことを邪魔されて、少々いらついてはいたけれど、それを表面には出さない。
出してしまうのは、いつもの貼付けた笑みだけ。

「……男の子、SOS団の子かな?が、呼んでるよ」

教室のドア付近を見ると、彼が居た。いつも通りの、無気力そうな顔をして。

近寄ると少し嬉しそうな顔しているように見えたのは、気のせいだろう。僕の妄想から生まれた、幻覚。

「どうされたんですか?」
「……うん、ちょっとな」

言いにくそうな顔している彼をもっと見ても良かったけれど、それを他の誰かに見せ付けるのも勿体ない。

「屋上に移動しましょう」

静かに頷いた彼と屋上への階段を上る。彼が後ろに着いて来てくれていて良かった。
こんな、満面の笑顔なんて見られずに済んだのだから。

屋上は、やはりというかなんというか、先客が居るはずも無く。
彼と僕の二人きり。

「どうされたんです?」
「これ」

手渡されたのは一通の手紙。
彼から……ではない、それ。
彼ならば、そんな女々しいことはせずに体当たり論法で行く気がする。それか、諦めるか。

たいていの場合、後者なのは解っている。遠くで見つめるだけで、それだけで十分だ、というタイプなのだろう。

「クラスの、女子から……お前にって」

言いにくそうに、目を合わせずに、そう言う彼。
きっと僕と仲が良いから、無理矢理頼まれたのだろう。それで彼は優しいから、断れなかった。そして今に至る、と。

「……ありがとうございます」

受け取って、とりあえず運んで来てくれたことへの感謝の気持ちを口に出す。内心、これを彼に渡した女に舌打ちをしながら。

「じゃあ、それだけだからっ!こんな所まで来たのに、悪かったな」
「待ってください!」

肩を掴んで引き止める。
思ったよりも華奢なそれ。力を篭めたら折れそうとかではないけれど、男にしては些か華奢過ぎると、思う。

「なんだよ?」

少し、肩を掴んだことを後悔した。もっと彼に触れたくなるから。もっと、近くに感じたくなるから。
それが、許されないことだと知っていても。

「……お昼、ここで一緒に食べませんか?」

話す内容が思い付かなくて、咄嗟に出てきた言葉はあまりにも普通過ぎて。
だけれど、僕たちにはあまりに不釣り合いで。一緒にご飯を食べたのは、僕が彼にサンドイッチを作った時以来だ。

「嫌でしたら、構いません。お友達と食べる約束があるでしょうし……」
「……いや、食べる約束はしてないが……」

彼の表情からは戸惑い、驚愕、などの感情が読み取れた。その中に少しだけでも良いから幸福の感情はないかと読もうとしたけれど、読み取れる筈がなかった。

「また後で屋上に集合で良いか?」
「はい?」

いま、彼は何て言った?
また後で屋上に集合?
それって、

OKってこと、ですか。

「だからっ、今弁当持ってないから教室帰って弁当取ってから屋上に集合しようって言ってるんだよ」

そう説明してから、じゃあまた後でな!と早口で言って逃げるように出ていった。

「好きです、キョン君。愛してます」

誰もいないから、今だけは言える、本心。
ああ、今日は空が青い。
今の僕の心の様に。


あきゅろす。
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