忍びも歩けば棒に当たる
格好良くはキマらない
今日のは組は沸いていた。昨晩、庄左ヱ門と伊助が漢字テストの範囲とヒントを手に入れたからだ。
「なんだよ、最初からヒントくださいって言ってればよかった!」
唇を尖らせるきり丸が、もう跡はないが額をつるりと撫でる。
「痛い思いをして損したぜ」
言ってから、自分で放った「損した」という言葉にへこんで萎れた。そのふにゃふにゃな様を乱太郎が笑い、しんべヱも笑った。
「でもさぁ、螢火先生、意外とすごいよね」
団蔵が伊助のドリルを写しながら言う。
「団蔵、金吾と虎若と一緒に庭にぶん投げられたんだろ?」
兵太夫がくすくす笑いながら言うと、団蔵はむっとした顔をして兵太夫の方を睨む。
「そういう兵太夫も、一回もからくり成功してないじゃないかよ」
だってぇ、と兵太夫は長机に肘をついた。弾みで筆についた墨がぴっと床に飛ぶ。伊助が嫌そうな顔でそれを見た。
「螢火先生、意外と鋭いんだもん」
兵太夫の言葉に、三治郎が頷く。
「そうそう、意外と」
意外と意外と、と繰り返すクラスメイトに、虎若が肩を落とした。
「だって、螢火先生、照星さんの弟子だから」
「いやぁ、人間、顔じゃねぇなあ」
きり丸が照星にも言ったセリフを言う。
「ぼく、螢火先生のこと見直しちゃった」
乱太郎が言うと、は組の面々がぼくも、ぼくも、と賛同する。
と、ズバァと聞きなれぬ音がして、次いで「オワァ!?」とひどく間抜けな悲鳴が聞こえた。
「なんだ?」
「廊下だ!」
わっと全員が廊下に押しかけると、は組の教室の前、廊下の床板から、螢火の胸から上が生えていた。
「ひぇっ」
小心者のしんべヱがおもわず声を漏らす。
「兵太夫、三治郎、これ君達のせい?」
どうやら床板を外した穴に胸まですっぽり嵌ったらしい螢火が、恨みがましい目で二人を見上げる。兵太夫と三治郎が大きく首を横に降った。今回ばかりは本当に心当たりがない。
腕が引っかかり辛うじて床上に残っている上体をごそごそさせながら、螢火はほとんど泣きそうな顔をしている。
あ、と喜三太が声を上げた。乱太郎がどうしたの? と尋ねる。良い予感はしない。
「床板が傷んでいるって食満先輩が言ってたから、ぼくたち、気を利かせて床板を外しておいたの……」
それを聞いたしんべヱも「あ」と声を上げた。喜三太の話で思い出したらしい。
ここに用具委員長がいたら、余計なことを! とこめかみに青筋をたてたろう。
「あーあ、螢火先生、忍者が罠でも何でもない穴に落ちちゃ世話ないっすよ」
きり丸が螢火を見下ろしながら言う。うるせー、と螢火は顔をしかめた。
「おれたち、ちょっとは螢火先生を見直し始めてたのに」
「尊敬はして欲しいし、助けても欲しい」
「そんなうまい話はないっすよ」
呆れ顔のきり丸を乱太郎が諌める。
「そんなことより、螢火先生を早く助けてあげなきゃ」
しょーがねーなー、ときり丸が大げさに息を吐いて見せた。
「この下、上級生の教室の前の廊下だよ」
三治郎が言うと、螢火の顔色がいっそう悪くなった。
「さっきから私の足をつついて来る人がいるのはそのせいかぁ……」
たすけてー、と最早かぼそくなってしまった声で螢火が乞う。胸が押されて声も出なくなってきた。
は組の面々が力を合わせて自分を引っ張りあげてくれるのにされるがままになりながら、やっぱり私に先生なんて無理だなァと螢火は溜息をついた。
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