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忍びも歩けば棒に当たる
試験問題を奪え


 チリ紙が散乱したままの教室で、は組全員が顔を付き合わせて相談していた。

「これはチャンスだ!」

 きり丸が拳を握る。

「土井先生からは無理だけど、螢火先生からなら問題用紙を盗める!」
「そしたら、試験でいい点がとれる!」
「再々試を回避できる!」

 乱太郎としんべヱが続けて拳を握る。過去に何度も試験問題の入手を試みたことがあったが、ことごとく失敗に終わった苦い思い出を噛みしめた。
 ちょっと待ってよ、と庄左ヱ門が割って入る。

「ぼくは、真面目に勉強した方がいいと思う」

 学級委員長として、と庄左ヱ門が付け加えた。

「おれらが真面目に勉強していい点数とれるわけないだろ!」

 決して胸を張れることではないが、きり丸が胸を張る。

「それに、またいつもみたいな点数をとったら、螢火先生、がっかりしちゃうよねぇ」

 喜三太がはにゃ〜と溜息をつく。
 虎若がおずおずと手を挙げた。

「ぼくも、螢火、先生のテストであんまりヒドイ点数とりたくないなぁ……」

 虎若はそうだよね、と金吾が肩をすくめる。螢火と懇意の虎若である。普段、若大夫と呼ばれている手前、あまりに無残な結果は出せない。
 戸板が開いて、顔を寄せていた全員がそちらを見た。蜘蛛の巣や埃にまみれた兵太夫と三治郎がよろよろと現れる。

「兵太夫、三治郎、大丈夫?」

 保険委員の乱太郎が声をかけると、三治郎はまあねと着物の埃を払った。

「あの穴、どこに繋がってたの?」

 戻ってくるのに随分かかったみたいだけど、と伊助が問うと、二人は無言でニタァと笑う。兵太夫がその顔のまま「本当に知りたい?」と言った。

「そんなところに螢火先生を落とそうとするなよ……」

 あはははという悪魔のような二人の笑い声を聞き、伊助は呆れた顔をする。事情を知らない二人に、庄左ヱ門が経緯を話した。

「ーーというわけで、螢火先生が漢字テストの問題を作るんだけど、」
「なるほどわかった! どうやって問題用紙を盗むかだな!」
「違う!」

 何がなるほどだ。
 
「みんなこう言ってんだからさ、固いこと言うなよ庄左ヱ門」

 きり丸が庄左ヱ門の肩に腕を回す。

「それに、俺たち忍者のたまごだぜ? 上手いこと問題用紙を手に入れたら、螢火先生も褒めてくれるって」
「……わかった、やろう」
「そうこなくっちゃ!」

 きり丸に肩を強く叩かれ、庄左ヱ門はつんのめる。

「まあ、おれと乱太郎としんべヱに任せておけよ! ちょろーっと忍び込んで、さっと答案用紙をゲットしてきてやるから!」

 そう言うと、きり丸は乱太郎としんべヱを集めて、作戦会議を始めた。


・・・・・・・・・・

 時は酉時、日入。日が暮れるには早いが、傾きつつある。赤みを帯びてきた陽光にぼんやりと浮かぶ小さな影三つ。

「螢火先生、この時間はたいてい図書室にいるんだよ」

 図書委員のきり丸が言うのだから間違いない。きり丸の賢しげな横顔が、にやりと笑む。

「今なら螢火先生の部屋には誰もいないはず。ぱぱっと行って、問題用紙を頂いて来ようぜ!」

 おー! と、威勢だけはよく、しかし小さな声で気合をいれる。
 そうっと、障子をあけ、室内に忍び込む三人は、取り敢えず卓の上を見るが、何もない。

「問題用紙、どこかな……」

 もとより根が真面目で素直な乱太郎は問題用紙のために螢火の部屋にまで忍び込むことに乗り気でなかったから、自然と声も自信なさげになる。
 乱太郎の弱気を汲んだように、きり丸はわざと荒っぽく部屋を探索し始めた。

「ちょっと、きりちゃん……!」

 乱太郎が諌めるが、きり丸は気にせず螢火の引き出しをかき回す。目当てのものは見つからない。教育実習生の部屋は物が少なく殺風景だから、問題用紙が隠せそうな場所などそうはないが。

「しんべヱ、おまえの鼻で問題用紙の場所を探せるか?」

 きり丸に言われたしんべヱが、すんすんと鼻を蠢かせるが、しんべヱは申し訳なそうな顔で首を横に振った。

「だいたい紙と墨のにおいしかしないよ。それに、食べ物じゃないものは……」

 嗅ぎ分ける気がしない。ああ、と二人は肩を落とす。
 部屋の隅に置かれた薬箱を見て、乱太郎が「あ」と声を漏らした。

「どうした、乱太郎?」

 きり丸が乱太郎の背中越しに薬箱を見た。

「螢火先生の薬箱、何が入ってるんだろう?」

 保険委員が手作りする薬草を煎じたものの類ではなく、唐渡の珍しい薬や、よく効く丸薬や膏薬が入っているのかもしれない。そうすると、乱太郎の好奇心が頭をもたげる。

「中、見てみたいな」

 呟くと、きり丸としんべヱが身を乗り出した。

「もしかして、高価な薬が入ってるかも!」
「もしかして、美味しいものが入ってるかも!」

 ちょっと! と乱太郎が二人を遮る。

「とったり食べたりしたら泥棒だよ! 見るだけ! 見るだけ!」
「わかってるよ……」

 きり丸が分かっているのかいないのか、目をキラキラさせたまま頷き、しんべヱは残念そうに涎をすすった。
 そっと薬箱を開ける。薬草のにおいが鼻をついた。引き出しを一つずつ開けて確認する。特に珍しいものは入っていない。一年生の乱太郎でも見たことのあるものがほとんどだ。
 引き出しを一つ開けると、つんと不思議なにおいが鼻をつく。乱太郎は首をかしげた。嗅いだことのあるにおいだ。だが、思い出せない。

「しんべヱ、このにおい、何か覚えてる?」

 しんべヱは薬箱に顔を近づけ、困った顔をした。

「なんだろう、思い出せそうで思い出せない」
「なあ、おい!」

 きり丸が薬箱に括り付けられた粗朶に手をやる。

「これ、何か入ってるんじゃないか?」

 確かに、ただの細枝の束にしては、ぎっちりと括り付けられている。触れると、妙に固い。芯があるような感触がする。
 きり丸が粗朶を束ねていた縄を外すと、ごとりと音を立てて中から油紙の塊が転がり出た。

「なんだ、これ」

 何の気なしに油紙を開けると、じっとりとした鉄色と、使い込まれ油染みた木のーー

「ひ、火縄銃だ……」

 きり丸の顔がさすがに青ざめる。あ! と、しんべヱが思い出したと呟く。

「さっきの、火薬のにおいだ!」
「なんで螢火先生の薬箱に火縄銃が!?」
「変だよなぁ。武器を隠し持つなんて忍者みたいだ」
「忍者だよ。このネタ引っ張るねぇ」

 不意に四人目の声が聞こえ、三人組はぎゃー!!! と悲鳴をあげた。開いた障子に手をかけたまま呆れ果てた顔をした螢火が、きり丸の手から火縄銃を取り上げると、丁寧に梱包し直す。

「それで、何か言うことは?」

 床に落ちた粗朶を一本拾い、ぴしり、ぴしりと手のひらに打ちつけながら螢火が問う。乱太郎ときり丸はとっさに目配せをしあい、何か言い訳をしようと頷きあった。

「螢火せんせーーーー」
「ぼく達、漢字テストの問題用紙を盗もうなんてしてません!」
「しんべヱ!!!」

 二人掛かりでしんべヱの口を塞ぐが、もう遅い。はァ? と螢火は気の抜けた声を出した。

「で、見つかったの?」

 ぴしん、と鞭のようにしなる枝が床を打つ。三人は小刻みに首を横に振った。

「だろうね、まだ作ってないからね」

 そんなぁ、と全員ががっくりと床に膝をつく。そんな三人を螢火が眉間に皺を寄せ見下ろした。あ、怒られる、と三人とも身を硬くする。

「せ、せんせ、ほら、ここ忍者の学校だから、バレないカンニングは褒められるんですよぉ」

 おずおずときり丸が言う。ひゅ、と空を切る音がして、きり丸が床に転げた。額に、くっきりと赤くミミズ腫れが残っている。螢火が粗朶をぴしりと鳴らした。

「いってえ!!!」
「やるならもっと上手く忍び込みなさい!」

 ぴしり、としんべヱの尻が打たれる。ひぃん、と鳴き声とともに、しんべヱが床にうずくまった。

「三人いるなら一人は見張りでしょうが!」

 ぴしり、と乱太郎の手の甲が打たれる。いたぁ!? と乱太郎が手を押さえた。

「目当てのものが無かったらさっさと撤収しなさい!」

 何をだらだら遊んどるか! と螢火は粗朶で空を切る。ひゅ、と鋭い音がした。

「そもそも漢字テストなんだから、上手く忍び込めたところで点数はあげません!」

 ごめんなさぁい! と涙を浮かべる三人を一瞥し、螢火は鼻を鳴らした。

「は組の全員に、問題用紙は再試の前日に作るから、奪いに来ても無駄と伝えておきなさい」

 無情な言葉とともに螢火の部屋を放り出された三人は、えらいこっちゃと目を見合わせ、大急ぎで教室に走って行った。







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