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忍びも歩けば棒に当たる
Call me NINJA


 忍術学園の建物は、古いが手入れが行き届いており、あちこち修繕の跡はあるが、みすぼらしくはなかった。さきほどから行き違う事情を知らぬ生徒達が、螢火に好奇の視線を向ける。
 なんとなく、その視線の主に小さく手を振ってみると、二人連れの少年達は驚いた顔をし、軽く会釈をして去って行った。

「螢火先生、照星さんはお元気ですか?」

 ふわふわの赤毛の少年に問われ、螢火はそちらに視線を向ける。

「変わらずにお元気だよ。ありがとう」

 ええと、と、螢火は言葉に詰まる。名前をなんと言ったか。

「あ、ぼく、猪名寺乱太郎っていいます」
「そっか、乱太郎くん、よろしく」

 そう答えると、乱太郎が奇妙な表情をして首を傾げた。何か変なことを言っただろうか。こういうとき、先生というものはどういうことを言えばいいのだろう。

「ぼくたち、今度来る教育実習生の先生は、お姫様だって聞いてたから……」
「いやぁ、だから、違うよ」
「でも、忍者にも、あんまり、その、見えないし……」

 ちら、と、遠慮がちに見上げられる。螢火は苦笑した。

「忍者に見えたら、忍んでないからね」
「そっかー」

 存外素直に頷かれる。

「でも、やっぱり忍者らしくないですよね。へろへろしてるし」
「へろへろ?」

 なんだそれは。
 困惑する螢火に、虎若が大きく頷いた。

「わかる。螢火、せんせいは、へろへろしてるよね」
「うん。へろへろというか、へにゃへにゃ?」
「あはは、してるしてる。へにゃへにゃしてる」

 盛り上がりを見せる二人に、螢火は眉尻を下げた。へにゃへにゃってなんだよ。

「若太夫は私のことをそんな風に思っていたのですか?」
「あ、螢火先生、口調口調」
「虎若くんは私のことをそんな風に思ってたんだ」

 虎若に指摘され、螢火はとりあえず言い直す。

「だって、してるよ。へにゃへにゃしてる」
「そんなに忍者に見えない?」

 別に忍者らしい風貌をしているからといってどうということはないが、ここまで言われると少し気になる。
 見えませーん! と、二人が声を揃えた。

「じゃあ、何に見える?」
「今は薬の行商人の格好をしていますけど、何に見えるか、と言われると……」
「なんだろうね」
「なんだろうねって……」

 なんだろう、と螢火も首を傾げる。自我が崩壊しそうだ。
 じゃあ、と、乱太郎が人差し指を立てた。

「螢火先生は、すごい忍者なんですか?」

 螢火は返答に窮する。そうだよ、と言うのも嫌だが、そんなことない、と言うのも、なんだか嫌だ。特に、この話の流れでは。
 んんん、と、螢火は歩きながらしばらく眉根に皺を寄せ、考え込む。すれ違った少年に怪訝な顔をされた。

「どうかなぁ……、ふつーだよ。ふつー」
「でも、照星さんは、火縄銃の名手ですよね」
「せんせえはね、すごいよねぇ」

 腑抜けた感じに答える螢火を遮るように、虎若が声をあげた。

「照星さんは火縄銃の名人だからね! いいなー、ぼくも螢火先生みたいに、照星さんのお仕事を手伝いたいです!」
「虎若は照星さんが大好きだもんね」
「うん!」

 慕われているなぁ、と螢火は虎若の輝く笑顔を見下ろす。
 乱太郎が行く手の一室を指差し、螢火の方を振り返った。

「あそこは保健室で、ぼくは保険委員なんです。螢火先生、怪我か病気をしたら、保健室を利用してくださいね」

 乱太郎が障子にとりつき、開ける。危ない! と声がして、開いた障子から包帯がばらばらと飛んできた。螢火はとっさに身を低くしてそれを避け、ついでに傍らの虎若も庇って頭を低くさせたが、戸に手をかけたままの乱太郎は、全身で包帯の掃射を浴びていた。

「だ、大丈夫……?」
「だいじょーぶです……慣れてますし。それより、先生、飛んでくる包帯を避けるなんて忍者みたいですね!」
「忍者だからね」

 すごーい! と輝く瞳で見つめられるが、嬉しくはない。照星に付いて回ってきた全ての時間より、今日だけの方が「私は忍者です」と主張している回数が多い気がする。

「乱太郎、ごめーん」

 なんとなく顔色の悪い、乱太郎と同じ年頃の少年が寄ってきて、散乱した包帯を拾い集める。

「螢火先生、こちら、同じく保険委員で一年ろ組の鶴町伏木蔵です」
「こんにちは〜」

 間延びした調子で挨拶される。

「こんにちは、私はーー」
「伏木蔵、こちらは一年は組の本当は教育実習生じゃないけど教育実習生で、姫に見えないけど姫で、でもやっぱり姫でもなくて、忍者に見えないけど忍者で、薬売りの螢火先生だよ!」
「薬売りじゃないよ。忍者だよ」

 自分でもわけがわからなくなってきた。

「ええ〜薬売りなんですか! じゃあ、ぼくたちと保険委員やりましょうよ〜!」

 伏木蔵に手を握られる。その手が冷たかったので驚いた。思わず手を両手で握り返す。子供の手がこんなに冷たくて大丈夫だろうか。

「だから、薬売りじゃないよ」

 忍者だってば、伏木蔵の手をさすりながら答える。

「でも、薬売りの格好をしてるじゃないですか」

 乱太郎に問われる。

「変装で薬売りの格好をしてるんだよ。薬箱に玉薬も隠せるし」
「玉薬って、なんの薬ですか? 頭痛?」
「だから、薬売りじゃないって。玉薬って火薬のことね」

 忍術学園の授業で習わなかったのだろうか。伏木蔵が螢火の手をぶんぶんと振り回し、螢火の気を引いてきた。

「でも、薬売りの格好をして、薬を売っているなら、それは薬売りではないんですか?」
「……たしかに!」

 なんだか頭が痛くなってきたなぁ、とため息まじりに呟くと、保険委員二人は飛び上がった。

「それは大変だ! 伏木蔵、螢火先生に頭痛薬を煎じてあげなきゃ!」
「じゃあ、ぼくは薬草園に行ってくる〜」

 伏木蔵が螢火の手を握ったまま、濡縁から庭へぴょんと飛び降りると、その足元が簡単に崩れ、ぽっかりと落とし穴が口を開ける。螢火が慌てて伏木蔵の手を強く握って引き上げると、伏木蔵はすんでのところで落とし穴の淵に足をかけた。

「すごいスリル〜」

 スリルでは済まない。大丈夫? と声をかけ、縁側に抱き上げようと屈むと、乱太郎の「大丈夫か伏木蔵!」の声の後に「あっ」という小さな声と、何かに蹴躓くような音がして、螢火の背に結構重いものがぶつかってきた。屈んでいたものだから、そのままバランスを崩し、濡縁から転げ落ちる。
 落とし穴に落ちる前に、縁側の板の上に転んでいる乱太郎の姿が見えた。

「うえ゛っ……!!」

 伏木蔵を抱えて、背中から落ちる。腹で伏木蔵の重さを支えて、息が詰まって気が遠くなった。

「螢火先生〜大丈夫ですか〜?」
「あ、あん、まり……」

 ひゅー、ひゅー、と息を吐きながら螢火は答える。
 穴から誰かが覗いて「だーい……んー、中成功かな?」と言って、去っていった。うそやろ……と螢火は呟く。

「か、かえりたい……」

 螢火は目を閉じる。掘り起こされたばかりの土がひんやりとして心地よかった。


 


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あきゅろす。
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