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忍びも歩けば棒に当たる
呆け



 弟子を持とうと考えたことはなかった。己の技術を次代に伝えようとは思わなかったし、人に物を教えるのはどうにも気が乗らない。それが、一人の少女を皮切りに、今ではぽつぽつと「自称一番弟子」が複数いるのだから、よく分からない。
 なぜ、当代一の狙撃手が愛弟子に女を選んだのか、と怪訝に思い、或いは下種な勘繰りをする者もいるが、選んだわけではない。もしも選択肢があったのなら、弟子は取らないという選択肢を選んでいただろう。運命の悪戯と言えば聞こえはいいが、ただ翻弄されるように己の下に転がり込んできた少女に、照星は己が教えられることを教えただけだ。
 照星が思うに、銃は非力な者の武器だ。刀や槍の達人であろうと、火薬の破壊力には敵わない。馬術の巧者あろうと、弾丸より速くは走れない。銃を支える腕力さえあれば、弾丸さえ相手のどこかに当てることが出来れば、子供でも武装した大男を殺めることが出来る。銃はそういう武器だ。だから、箸より重いものを持ったことのない深窓の姫君に火縄銃を持たせることに、あまり抵抗はなかった。無論、筆舌に尽くしがたい苦労はあったが。

 照星は学園長への報告を終えると、上げた腰をふと下ろした。

「螢火は、ご迷惑をおかけしておりませんか」

 要領と人当たりの良い螢火のことであるから、上手いことやっているとは思うが。問う照星に、学園長は長い眉の下でふふふと笑った。

「さすがに照星殿の弟子だけあって、教育実習生にしておくには惜しい働きですぞ」

 このまま雇ってしまいたいくらいじゃよ、とおどける学園長に、照星は口元だけで笑む。

「螢火先生の働きぶりといったら、落とし穴に落とされ、からくりを避け、宿題を忘れた生徒を追いかけ、馬に蹴られーー」

 それは働いているのか、遊んでいるのか、どっちだ。

「未熟者ですので、ご指導よろしくお願いいたします」

 頭を下げ、庵を後にする。さて、帰る前に虎若と三木ヱ門に顔を出さねばなるまい、と照星は考えをめぐらせる。急いでいるわけでなし、やたらと己を慕ってくれる少年二人を無碍にする理由はない。そこまで考えて、ふと、自分も面倒見が良くなったものだなぁと心中溜息をついた。

「しょーせーさんっ!」

 声変わりの済んでいない高い声とともに「いらっしゃい照星さん」と書かれた横断幕を持った少年が二人駆けてくる。どたどたと忍ぶ気もない大きな足音をたてながら廊下を走る二人の少年に、照星はやや上体を仰け反らせる。
 あれにいい顔をしたことはないのに、懲りずに謎の歓待をしようとする少年達に、照星は何か一言呈そうかとしたが、素直にきらきらとこちらを見る二人の目を見てしまうと、まあ少しくらいいいかととりあえず言葉を飲んだ。
 と、二人の後ろから戸惑いがちな足取りでついてきた人影に目を留め、照星は眉間に皺を寄せた。

「いや、おまえは何をやっているんだ」

 虎若と三木ヱ門には目をつぶっても、おまえは駄目だーー

 と、照星は色とりどりの紙吹雪を散らす螢火をじろりと睨む。投げた紙吹雪は風の抵抗でほとんど螢火の頭にふりかかっていた。螢火は眉尻をちょっと下げて、

「三木ヱ門が、どうしてもって言うんで」

 と、答えた。

「乗せられるな、あほ」
「あほって!」

 ひどくないですか、と螢火は唇を尖らせる。その子供っぽい表情に、照星はふ、と目許を和ませた。
 子供の頃から子供らしくないーー子供のようでいられなかった螢火であるから、屈託なく笑い、拗ね、怒るようになったのはここ数年のことだ。
 それも、照星の前でばかりで、他の者には穏やかな微笑を浮かべるだけだった。虎若と三木ヱ門に笑われながら、眉をきっとあげて憤慨する螢火を見て、忍術学園にやってよかった、と照星は思う。
 照星は、螢火の鼻先に指を突きつけた。

「若太夫は十、三木ヱ門は十三」

 言いたいことを察したのか、螢火は萎れる。
 二人に比べれば年長だが、螢火とてまだ年若い娘であるのには変わらない。柔らかな黒髪と白肌を保つのに随分と執心している様子だが、どちらも狙撃手稼業で少しばかり日に焼け傷んでいた。ただ、薄暗い館の中で、息を潜めるようにしていた、手入れの行き届いた長い髪の青白い姫君より、螢火の方が、照星には好ましく感じられる。
 螢火自身がそれを好ましく思っているかは、杳として知れないのだが。

「照星さん、照星さん」

 虎若が遠慮がちに照星の袖を引く。

「火縄銃の稽古をつけてください」

 そう、にこやかにねだる虎若に、三木ヱ門も勢いよく手を挙げて倣った。

「私も! お願いいたしまぁす!」

 わかった、と一つ頷けば、二人は跳ね上がるようにして「準備をしてまいります」と駆け出そうとする。

「廊下は走るなよぅ」

 ーーが、すれ違いざま螢火に猫の子のように襟首を捕まれ、つんのめって止まった。なるほど、なかなかどうして堂に入った先生ぶりだ。螢火の両腕にぶらりとぶら下がる二人を見る。

「螢火」

 照星は螢火を呼び止め、己の荷ーー火縄銃を手渡した。螢火は両手の虎若と三木ヱ門を離し、火縄銃を受け取る。べしゃり、と二人は板の廊下に落ちた。

「はい」
「それを持って走っていろ」
「…………はい?」
「学園の周りを」
「はい???」
 
 火縄銃を手に、なんとも頓狂な顔をして、螢火は目を丸くした。

「な、なんでですか?」

 私も照星師に見てもらいたい! と、十の子供に負けず劣らずの頑是なさで今にも地団駄を踏みそうな螢火に、照星はほんの少しだけ心動かされそうになる。なんだかんだと言って、己はこの弟子に甘いのだ。自覚はある。

「ツッコミが足りない」

 照星がそう言うと、螢火は「へぇ?」と合点のいっていないような声をあげ、虎若と三木ヱ門は「ああ」と深く頷いた。

「一度に三人のボケなど面倒みきれるか」
「えっ、私ってボケなんですか?」

 螢火が首を傾げてそう問うと、虎若も三木ヱ門も照星も首肯する。

「螢火は、ボケだよね」
「ツッコミではないでしょう」
「この呆け」

「虎若と三木ヱ門には言われたくないし、あと、せんせいに至っては、それ悪口ですよね……」

 ええぇ、口中で呻きながら眉尻を下げる螢火を、照星は一瞥する。変わらず元気なようで何よりだ。

「そういうことだ。それに、おまえは体力作りを疎かにしがちだ。今日くらいぎっちり走って来い」

 螢火はまだ何か言いたそうだったが、弟弟子達の手前、黙って一礼すると、火縄銃を担いで走り出した。そのやたらと上背のある背中を見送ると、ふと視線を感じたのでそちらに目をやる。ぱちりと目があった虎若は、その途端にこりと笑った。

「照星さんが来たら、螢火、元気になりましたね!」

 嬉しそうに赤い頬で笑う虎若に、照星は「そのようだ」とだけ答えた。




 

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