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忍びも歩けば棒に当たる
姫を少々嗜んでおりました


 みんな! 大変だぞ! と、騒々しく飛び込んで来た団蔵と金吾に、思い思いの昼休みを過ごしていた一年は組の視線が集まった。
 団蔵は荒い息を整えると、目をくるりとまん丸にして大ニュースを伝える。

「一年は組に、教育実習生が来るってさ!」

 ええー! と、驚愕と悲鳴の入り混じった声が上がった。
 乱太郎ときり丸はしんべヱの空席越しに顔を見合わせる。

「まーた学園長先生の突然の思いつき?」
「メーワクだなぁ」

 呆れた声をあげ、唇を尖らせるのは、兵太夫と三治郎である。

「アホのは組だからって、面倒ごとを押し付けられるなんてあんまりだ」

 と、虎若が憤慨すると、伊助が「でも、今度はきちんとした人かもしれないよ」と皆をなだめる。伊助の言葉に、庄左ヱ門が腕を組んで、うーん、と首を傾げた。

「団蔵、どんな人が来るのか聞いたか?」

 開け放ったままであった木戸を閉めながら、団蔵は再び全員の視線を集める。

「それが、大変なんだよ。その教育実習生、ナントカって城の姫なんだって!」

 ええー!!! と、再び、今度はさっきより大きな悲鳴が上がった。
 一年は組の全員の脳裏に、オホホと笑うお姫様の図がよぎる。オホホと笑い手裏剣を投げ、オホホと笑い石垣を登り、オホホと笑い焙烙火矢を連打するお姫様を想像して、は組の面々はなんとも言えない顔になる。
 厄介事には巻き込まれ慣れている乱太郎も、ガックリと肩を落とした。

「いくらなんでも、それはないと思う……」

 そう呟く乱太郎に、庄左ヱ門が頷く。

「先生方に、本当のことか聞いてこよう!」

 おう! と全員が立ち上がり、庄左ヱ門を先頭に山田先生、土井先生の部屋へと走った。
 どどど、と板張りの床を踏みならす一行は、庄左ヱ門が部屋の前でぴたりと止まると、勢いづいた後続が止まり切れずに庄左ヱ門の背にぶつかり、ちびっ子九人は一丸となって襖を突き破り、部屋に転がり込んだ。

「い、一体どうしたんだ!?」

 怒るより先に呆れ果てる土井先生の代わりに、山田先生が廊下を走るんじゃない! と一喝する。埃だらけになった良い子たちが、はぁい! と元気だけはいい返事をした。
 ところで、と庄左ヱ門が居住まいを正す。

「山田先生、土井先生、団蔵と金吾から、一年は組に教育実習生が来るという話を聞いたのですが、それは本当ですか?」

 あぁー、と、二人は呻き、目配せをしあった。

「本当なんだよ……」
「では、それが何某城の姫だというのも本当ですか?」
「…………本当だ」

 土井先生が泣き声まじりに答える。

「どうして、忍術学園の教育実習生が忍者じゃないんですか!?」
「そーだよ! そんなの、おかしいよなぁ!」

 乱太郎ときり丸の言葉に、全員そうだそうだと大きく頷く。教師二人とてそれで頭を抱えていたのだから、おかしくないとも言えない。

「そんな人が教育実習に来てしまったら……」

 伊助が思案げに目を伏せると、金吾が言葉を続けた。

「土井先生の胃痛がまた酷くなってしまう!」
「余計なお世話だ! 分かっているならもっと勉強しろ!!」

 そんなことより、と庄左ヱ門が金吾と土井先生を遮る。そんなことって……と土井が切なげに呟いた。

「その教育実習生の先生は、いついらっしゃるのですか」
「それが、今日の昼頃に着くとは連絡を受けていたのだが……」

 山田先生がそう言って肩をすくめる。

「お姫様だから牛車とかに乗って来るのか? だから遅れてるんじゃねーの?」

 と、きり丸が真面目な面持ちで言う。

「やっぱり、お姫様だから、通るときは頭を下げてないと頭が高い! とか言われるのかなぁ」

 団蔵が心配そうに隣の兵太夫に囁くと、兵太夫は「打ち首にされるかも」と悪戯っぽく笑った。

 そのとき、せーんせー!! と、間延びした声が二つ、それからばたばたと足音がして、失礼します!!としんべヱと喜三太が突き破られた障子の間から顔を覗かせる。

「しんべヱ、喜三太! いったい何してたの? ボロボロじゃないか!」

 保険委員の乱太郎が慌てて壊れた障子に駆け寄り、開ける。土埃にまみれたしんべヱと、足首に包帯を巻いた喜三太、その隣に、行者包みに白装束の薬売りが立っていた。

「ーーだれ?」

 乱太郎が首を傾げる。
 山田先生と土井先生がすわ曲者かと身構えたところに、虎若がぴょんと立ち上がり、謎の薬売りに駆け寄った。

「螢火!」

 謎の薬売りも一瞬驚いた顔をしたが、すぐににこにこと笑って身をかがめる。

「若大夫、お久しゅうございます」
「螢火が来てるってことは、まさかーー」
「いえ、今日は私だけです……そこまでがっかりすることはないでしょう」

 みるみる萎れる虎若に、螢火は困り顔をした。

「どうして忍術学園に?」

 問う虎若に、螢火は「まずは先生方へご挨拶を」と二人の方を向く。

「遅れて申し訳ありません、教育実習生として参りました、螢火と申します」

 えぇー!! と、虎若が一際大きな声をあげた。

「螢火、お姫様だったの!?!?」

 いや、そこかよ、と団蔵が呟く。

「ま、昔、少しだけです」

 そんな、趣味じゃないんだから、と三治郎が呟く。

「虎若の知り合いなのか?」
「どうしてしんべヱと喜三太と一緒なの?」
「どう見ても姫じゃないじゃん!」
「でも忍者にも見えないけど……」
「ナメクジは好きですか!」

 いっせいに上がる疑問の声に、螢火は眉根を寄せた。

「ええと、何からお答えしたらいいのかーーああ、そうだ。師から手紙を預かっております。山田先生と土井先生によろしく、と」

 懐から取り出された書状を、土井先生が受け取る。

「師、というとーー?」
「照星師からです」

 えっ、と照星を全員の脳裏に忘れがたい不気味な面相が蘇る。それと、螢火の柔和な顔を比べ、幾人かは目をぐるぐるさせた。

「しかし、私たちは教育実習生はすず姫と聞き及んでいたのですが……」
「昔の名ですよ、曽祖父にとって、私なぞまだまだオムツの取れぬガキ同然らしく」

 螢火は苦笑いする。あ、これついでですけど履歴書書いてきました、と二通目の封書を手渡す。それより、謝らなければならないことがーーと続けた。

「曽祖父は最近体調を崩しがちで、何かと不安なようで、一所にとどまり落ち着くようにと重ね重ね言われていたのですが、まあ、その……無視してたんですよね……」

 ちら、と螢火が二人の顔色を伺う。

「まさか、ここまでおおごとに、それも家の外にまで迷惑をかけるとも思わず、ほんっとうに申し訳ありません!!」

 がば、と頭を下げる螢火に、山田先生と土井先生がまあまあと頭を上げさせた。

「しばらくは、ここでお仕事のお手伝いをさせていただきたいのです。しかるのち適当な理由で解雇していただければ、曽祖父も諦めざるを得ないと思いますので」

 よろしくお願いします、と螢火が深々と礼をする。山田先生と土井先生は顔を見合わせた。
 牛車に揺られる深窓の姫が現れなかったことには安堵したが、忍者としての実力はようとして知れない。むしろ、勢いのいいは組の子どもたちに囲まれおたおたとする様子を見ていると、学園きってのトラブルメーカー達の面倒をみさせるには、いささか頼りない。

「とりあえず、乱太郎、それと虎若、螢火先生に学園を案内してあげなさい」

 山田先生に言われ、乱太郎と虎若は嬉しそうに立ち上がった。駆け寄ってきた乱太郎から物珍しそうな視線を受けて、螢火はハの字眉で微笑んで見せた。にこーっと眼鏡越しに笑顔を返される。

「よし、じゃあ、螢火、学園を案内するね!」
「わざわざありがとうございます、若大夫」

 ちょっとちょっと、と山田先生に呼び止められる。

「虎若、螢火先生は仮とはいえ先生なのだから、口調を改めなさい」

 土井先生も、苦笑した。

「螢火先生も、先生らしくしなきゃ」

 あ、と虎若は両の手で口を塞ぐ。

「そうでした。では、ええと、螢火先生! 学園を案内します!」
「ありがとうご、ありがと、わか、ーーとらわかくん」

 なんだか気恥ずかしい。
 
「よし! じゃあ螢火先生、僕たちと一緒に行きましょう!」
「おあ、待って、荷物がーー!」

 右手を乱太郎、左手を虎若に握られ、壊れた障子から引きずられていく螢火の姿を見て、一年は組の担任二人は、やはり少しの不安を抱えていた。


 



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