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忍びも歩けば棒に当たる
空まで届け


 年頃の少年達を一喜一憂させる身体測定の季節である。身長がどうの、目方がどうの、とあれこれ言い合う上級生や、太り過ぎだと土井先生に叱られる同級生を横目に、三治郎ははぁと溜息をついた。

「どうしたんだよ、三治郎」

 測定が終わったばかりなのか、上着を脱いだままの団蔵が三治郎に尋ねる。

「別に……」

 気のない返事に、団蔵はむっとした顔をした。

「別にってこたないだろ、そんな大きな溜息ついて」
「なんでもないよ……」
「元気ないなぁ、大丈夫か?」

 いつもの笑顔も萎れている。団蔵は話題を変えようと、身体測定の結果が書かれた紙を広げた。

「なあ、三治郎。おれ、どのくらい背丈が伸びたと思う?」

 聞くと、三治郎がいっそう萎れる。ああ、まずい、話題が変わっていなかったらしい、と団蔵は慌てて続ける。

「あ、あんまり伸びてなくてさぁ……」

 三治郎がちらりと顔をあげた。

「……ほんとに?」
「ほんと、ほんと」

 うそだ。
 だが、三治郎は少しだけほっとした顔をする。

「ぼくも、あんまり伸びてなかったんだ」
「そうかぁ……、三治郎もかぁ……」

 ふぅ、と三治郎は溜息をつく。常に朗らかな三治郎が沈んだ顔をしていると、団蔵まで悲しくなった。そこで友人のために一肌脱ぐのが団蔵の団蔵たる所以である。

「おれもさ、清八の鐙革を一番短くしてもまだ届かなくて、格好がつかないんだよ。何か、背をぐんぐん伸ばす方法ってないのかな」
「そんな方法があればいいのにね。ぼくももっと背が高くなったら、乱太郎より脚が早くなるかもしれないのに」

 団蔵はぽんと手を打つ。

「背が高くなる方法、考えよう」

 とは言え、考えて思いつくものでもない。よく食べ、よく遊び、よく眠るなど、二人ともとうに実践している。うーんと腕を組む団蔵に、三治郎が「あ」と小さく声をあげた。
 視線の先で、螢火が身体測定の手伝いをしている。

「何か思いついたか三治郎」
「螢火先生って、背が高いよね」

 女の人なのに、と三治郎が言う。そうだっけ? と団蔵は螢火をまじまじと眺めた。手伝っているのか邪魔をしているのか分からない小松田より背が高い。割合に小柄な小松田ではあるが、それでも女にしてはかなり長身の部類だ。

「ほんとだ」

 背筋を伸ばし胸を張った威圧的な風貌でなし、大人だからそんなものか、と思っていたが。 
 高いところにある棚に爪先立ちで手を伸ばし、今にも棚も自分も引っくり返りそうな小松田の背後から、螢火が腕を伸ばして資料をとってやる。小松田は「ありがとうございまーす」とそれを受け取り、その直後に躓いて紙束を全て床にぶちまけた。

「す、すごい、ラブコメ展開だ……」

 唖然と呟く団蔵に、三治郎がラブコメって……と苦笑する。

「男女逆じゃない?」
「へっぽこ事務員に恋してください〜事務室ラプソディ〜だ……」
「団蔵、大丈夫?」

 謎の盛り上がりを見せる団蔵に、三治郎は呆れ顔になる。その手の話が好きだったとは知らなかった。

「螢火先生に、どうしたら背が高くなるか聞いてみようよ」

 三治郎が言うと、団蔵もそうしようと頷いた。



******

「背が高くなる方法?」

 螢火は訝しげな顔をした。
 螢火の私室に二人がかりで押しかけてきて、何事かと思えば背が伸びる方法を知りたいらしい。

「知らないよ」

 にべもなく螢火が言うと、三治郎が悲しそうな顔をする。団蔵が身を乗り出した。

「でも、螢火先生は背が高いし、何か知らないかなぁって」
「知らないよ。気付いたらでかかったし」

 顔を背ける螢火に、三治郎は首を傾げた。

「螢火先生、怒ってます?」
「いや、怒ってはないけど」
「怒ってはないけど?」
「その、あんまり……」
「あんまり?」
「背が高いって、言われたくない……」

 はあ? と二人は気の抜けた声で答えた。

「どうしてですか?」
「でかすぎて目立つし、可愛げがないし、何かとからかわれるし、古着はつんつるてんだし、良いことないよ」
「そうなんですか?」
「そうそう。火縄銃に振り回されないことくらいだよ。良いことは」

 いつの間にか師の背丈すら超えていたのだ。別に不都合はないが、釈然としない。
 背の高い良い娘と言われたのはせいぜい十かそこらまでで、男並みに背が伸びてからは「あの背丈ではねぇ」と笑われたものだ。小袖ならば膝を屈めて小さく見せることは出来るが、袴を履いてはそうもいかない。

「でも、こう、コツとかないんですか!」
「背の伸びるコツ? ……背の高い親から産まれるとか?」
「み、身も蓋もない……」

 馬体の大きい馬からは馬体の大きい馬が産まれやすい。それはそうなのだが。

「螢火先生のご両親は大きかったのですか?」
「母は普通だったと思うよ。父は大きかったねぇ。七尺近くあったんじゃないかなぁ」
「な、七尺!!」
「体格も良かったからね、仁王様のようだったよ」
「そりゃ、螢火先生の背もにょきにょき伸びますわなぁ」

 ちょっと団蔵、と三治郎は団蔵の脇腹をつつく。螢火はにょきにょきと口の中で呟き、膝を抱えた。

「どーせ独活の大木ですよ」
「言ってません! 言ってません!」

 大人気なくすっかり拗ねた螢火に、三治郎はしょげきった顔をした。螢火もさすがに気まずげに膝を正す。

「三治郎はまだ十でしょう。まだまだ伸びるよ」
「そうかもしれませんけど」
「大きな声では言えないけど、私なんか十のときから一尺は伸びてるよ」

 い、一尺! と三治郎が驚くと、螢火は肩を落として一尺、と溜息をつく。

「それに、こればっかりは自分でどうにも出来ないから、自分に必要な背丈なんだと思って諦めるしかないよ」

 螢火が言う。三治郎は首を傾げた。

「私は、背の低い華奢な女の子に憧れるけど、そんなだったら火縄銃は扱えないもの。人には人なりの、必要なだけの背丈があるんだと思うしかないのかなぁって」

 螢火は、そこまで言うと言葉を切った。

「今の先生っぽくない?」
「先生っぽいというか……」

 団蔵の言葉を、三治郎が継ぐ。

「坊主っぽいです」
「ええー、そんなに説教臭かった?」
「ちょっと」

 そうかなぁ、と螢火は頭を掻く。少し不服そうな顔をしたが、ああそうだ、と一つ提案をした。

「私が三治郎を肩車したら、私の父くらいの背丈になるよ」

 螢火は三治郎に背を向ける。三治郎が面食らってまごついていると、その背に団蔵がよじ登った。

「たっかい!! 馬より高い!!」

 立ち上がった螢火の肩の上で、団蔵が歓声をあげる。髷が天井板に擦れるほど高い。

「落ちるなよー」

 螢火が覚束ない足取りで歩きだすと、団蔵が慌てて螢火の頭にしがみつく。

「三治郎、おまえもやってみたほうがいいよ!」

 団蔵と入れ違いに三治郎もおずおずと螢火の肩に乗る。ぐらりと腹の底がむず痒くなるような感覚があって、視界がずっと開ける。天井が目の前にあった。

「た、たかーい!」

 地面が遠い。背丈が伸びたら、こういう気分だろうか。

「どう? これくらい伸びるといいね」
「うーん、これは少し大きすぎるけど」

 眼前に迫る鴨居を避けながら三治郎は答える。ははは、と螢火は笑った。

「私の父は、鴨居と欄間を全てはずしていたよ」

 冬は寒くて仕方なかった、と、螢火は目を細め、何か懐かしむような顔をする。
 ひょい、と中庭におりる。空が近い。耳元で風がひょうひょうと鳴った。

「ねえ、螢火先生、走って、あの木の下まで」

 三治郎が庭の植木を指さすと、螢火は土を強く踏みしめて木の下まで走った。大きく揺れるので、三治郎は螢火の肩に手をやり体を支える。
 螢火が木の周りをぐるぐると回ると、細い枝がぴしゃりと三治郎の額を打つ。あいたっ、と三治郎が額に手をやると、それを見た団蔵が後ろを走って付いて来ながら笑った。

「螢火せんせ、あっち! 」

 三治郎の指差す方向へ螢火が走り出す。表の方へ行こうとした時、ちょうど物陰から土井先生が姿を表した。ぶつかりそうになった螢火が慌てて止まると、三治郎が投げ出される。投げ出された三治郎を土井先生が上手いこと抱きとめたのを確認して、ほっとしたのも束の間、螢火は思いきり転んだ。柔らかい土とはいえ、それなりの勢いで転んだので、体のあちこちを打った。

「さ、三治郎!?」

 急に飛んできた三治郎に土井先生は目を白黒させる。すぐに状況を理解したのか、額に手をやりため息をついた。

「螢火先生がついていて一体何をしているんです!」

 叱責され、螢火は肩をすくめる。

「教生とはいえ生徒の手本にならずにどうするんですか」
「ご、ごもっともです……」

 身体測定帰りの数人が、土井先生に叱られる螢火を不思議そうに見ていた。螢火と三治郎は仲良く一緒に叱られながら、そっと目配せして笑いあった。


 


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