[通常モード] [URL送信]

忍びも歩けば棒に当たる
私に何が起こったか


 螢火が終えた仕事の紙束を抱えて廊下に出ると、廊下の真ん中にころんと紙包みが落ちていた。いったい何事であろうか、と、屈んでそれを窺うと、中はどうやら小さな干菓子である。
 一体誰が、と思うが、想像はつく。高価な干菓子を持っている知り合いなど、そう多くない。
 菓子泥棒と思われるのも心外であるが、廊下に菓子を投げ出していると思われるのも困る。とりあえず拾って落とし主に届けようと思っていると、視線の先にまた紙包みが落ちていた。
 また干菓子か、と拾い上げると、中は炒り豆であった。ざらざらと零してしまい、始末に負えない。板張りの廊下を跳ねまわる豆を這いつくばって集め終えると、また廊下の先に紙包みが落ちている。
 螢火はどうしたものかと思案したが、まあたまには引っかかってやってもいいかなぁとそれに歩み寄る。拾うと、今度は紙包みではなかった。
 折り畳まれた紙を広げると、照星の肖像が描かれていた。妙に上手いものだから不気味さもひとしお、魔物避けにはなりそうだ。
 師の人相書きを捨て置くわけにもいかず、懐にしまう。

 はた、と、のっぺりと長い廊下に木の枝が落ちているのを見つける。誰がこんなものを、と、それを中庭に放って捨てた。
 すると、掃き清められた黄色の砂の中庭に、ぽつりと何か黒いものが落ちている。なんだあれはと近寄る。土だろうかと屈んで確かめると、藁草の繊維が混じった黒く湿った塊である。量が量であるから臭いこそ強くないが、まごう事なく馬の糞だ。螢火はいったいどういうことだろうと首をひねる。
 見れば、馬糞の近くの茂みに細い綱が張ってある。罠であるのだろうが、馬糞をおとりに誰が引っかかるのであろうか。まさか、馬糞を見れば、喜んで拾い、はしゃいで罠にかかるとでも思われているのだろうか。まことに遺憾である。
 螢火がそろりと爪先で綱を踏むと、空を切る音がして、脛のあたりを竹が払っていった。脛払いとは、また渋い。

 すると、罠の仕掛けてあった茂みと反対側から、は組の全員がワッと出てきた。藪の蜘蛛の卵をつついたようだ。

「なんだ、ひっかからなかった!」

 開口一番そう言ったのは兵太夫である。やはりお前か。

「待て待て、干菓子はしんべヱのでしょう? 炒り豆はなに?」

 伊助がはいと手を挙げた。

「ぼくが置きました! 炒り豆は嫌いでしたか?」
「嫌いじゃないけど」

 だからとて、喜んで拾いはしない。

「この、似顔絵は?」
「ぼくが考えました!」
「そして、ぼくが描きました!」

 元気よく虎若が、次いで乱太郎が手を挙げる。

「いったいぜんたいどうして?」
「好きかなぁって」
「そりゃ、好きだけどさ」

 姿絵をもらって、胸ときめかせる関係でもない。むしろこうも本人そっくりだと、監視されているようで落ちつかない。

「それにしても、乱太郎は絵が上手いんだね」

 言うと、乱太郎はえへへと頬を掻く。この生々しさでは夜中に口を利きそうだ。「どうしたら止まった的を外せるんだ、器用だな」などと言いそうでいやだ。

「天井裏に貼って、厄除けにするよ」
「へへ、……えっ?」

 乱太郎には悪いが、こればかりは譲れない。これを手元に置くのは無理だ。
 喜三太がぱっと話に割り込む。

「螢火せんせー! 木の枝はぼくが置きました!」
「ごめん、ゴミだと思って庭に投げちゃった」
「ひ、ひどい」

 ごめんごめんと平謝りの螢火が、ふと疑問を口にする。

「なんで、木の枝?」
「螢火先生、この間木の枝を美味しそうに食べてたじゃないですか〜」

 そんな、牛馬のような真似をしただろうか。傍らで「食費がかかんないっすね」と言うきり丸はさておき、螢火はそんなものを消化出来ない。
 しばらく思案したが、ひとつ思い当たる。先日、甘草の根を齧っていたのを見られていた。

「喜三太、あれは根だし、根ならなんでも好んで食べるわけじゃないよ」

 そもそも甘草の根も好んで齧っていたわけではない。口寂しいのと、在庫処分である。
 そうなんですか、と首を傾げる喜三太に、そうなんですよ、と答えておく。

 団蔵がさっと手を挙げる。

「おれが馬糞を置いたんです!」
「団蔵、私は馬糞を食べないよ」
「おれだって食べませんよ!」

 それはそうだろう。

「馬糞は火薬になるから」
「うん?」

 うん、こ? と囁き合う三治郎と金吾の頭を平手で叩いておく。

「螢火先生は狙撃手でしょ?」
「そうだよ」

 覚えていてくれたとは感激である。

「火縄銃には火薬が必要ですよね」
「うん」
「馬糞は火薬の原料ですよね」
「原料のひとつになるね」
「だから、馬糞があったら嬉しいかなって」
「……うん?」

 うん、こ? と再び囁き合う三治郎と金吾の尻に蹴りをいれておく。懲りない連中である。

「駄目だお手上げだ庄左ヱ門! これはどういうことなの?」

 要領を得ないので、庄左ヱ門に助けを乞う。

「ドクササコにひどいことをされた螢火先生を慰めようの会です」

 庄左ヱ門が答えた。

「慰めようの会なのに罠があったのは?」

 螢火が至極当然の疑問を口にすると、は組が全員にんまりと意味深な笑みを浮かべて、すすすすと後退りで去っていった。

「な、なんだったんだろうか」

 中庭に馬糞と残されて、螢火は一人つぶやいた。






[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
無料HPエムペ!