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忍びも歩けば棒に当たる
孤独のおやつ


 穏やかな陽気の昼下がりである。委員会活動帰りの喜三太としんべヱが、暖かな陽射しを楽しみながらグラウンドを歩いていると、木陰に螢火の姿を見つけた。

「あ、螢火先生だ」

 しんべヱがぽつりと呟くと、喜三太もそちらを見る。

「あ、ほんとだ」

 何してるんだろ、と喜三太が首を傾げた。
 先日、二人でお散歩中に迷子になったとき、忍術学園に向かう途中であった螢火に助けられて以来、二人は螢火によく懐いている。螢火も螢火では組随一危なっかしい二人を、何かと気にかけている様子であった。

「聞いてみよっか」
「そうしよ〜」

 螢火せんせー! と駆け寄ってくる二人に、螢火は片眉をあげた。

「しんべヱ、喜三太」

 どうしたの、と螢火は咥えていた木の根のようなものを口から離した。齧っていたのか、歯型があちこちに残っている。

「螢火先生、何食べてるんですか!」

 人一倍食い意地の張ったしんべヱが目を輝かせた。

「これ? これね、甘草って言って薬なんだけど」
「ええっ!? 螢火先生、お体の調子がよくないんですか?」

 喜三太が心配そうに螢火の顔を覗き込む。

「いや、甘いからたまに齧ってる」

 甘いんですか!?!? と顔中をヨダレまみれにしたしんべヱが、螢火の手ごと甘草の根をぺろりと呑み込んだ。

「ぎゃーちょっと手が!?」

 螢火はしんべヱの口から手を抜く。手はベロベロのヨダレだらけである。

「美味しい?」

 と、喜三太がしんべヱに問うと、しんべヱは渋い顔をして地面に甘草をぺっと吐き出した。

「変な味〜」

 うええ、としんべヱは口の中の唾液を地面に何度も吐いた。こらこら行儀の悪い、と螢火はしんべヱをたしなめる。

「ほのかに甘いでしょ?」

 どうだ、と言わんばかりの螢火に、しんべヱは大きく首を横に振った。

「まずいです!!!」
「美味しくはないけど、甘いでしょ?」
「まあ、確かに健康に良さそうな強烈な薬臭さとハーモニーをなす甘みが……」

 そうでしょー、となぜか螢火は嬉しそうだ。

「でも、まずいですよ」
「慣れると癖になるんだよねぇ」

 手についたヨダレをしんべヱの装束で拭いながら螢火が言った。

「螢火先生!!」

 いつになくしんべヱが真剣な表情で螢火に詰め寄る。

「こんなのおやつにしちゃ駄目です!」

 気圧された螢火が一歩後ずさった。

「いいですか螢火先生、おやつっていうのは、甘くて、とろけて、ジューシィで、ハッピーな気持ちになれるようなものじゃなきゃだめです!」
「はい」

 勢い良く言われるものだから、思わず素直に頷いてしまう。

「そういうわけで!」
「そういうわけで?」

 螢火と喜三太が並んで、神妙な面持ちになる。

「おもちを食べに行きましょー!」

 と、しんべヱが元気よく宣言した。



******


 餅のような顔をして餅にかぶりつくしんべヱを見て、螢火は内心に「共食い」という言葉がふっと浮かんだが、辛うじて口にはしなかった。
 しんべヱの隣に座っている喜三太も、幸せそうに餅をかじっている。頑なに持って行こうとしたナメ壺は、螢火が再三頼み込んで部屋に置いてこさせた。

 学園に来た当初に、事務員から外出の際の届出や心得を説かれたのだが、手順を踏むのが煩雑で外出を控えていた。それが、しんべヱと喜三太が「おもちを食べに行ってきまーす」と事務室前で叫ぶと、小松田が「はぁい」と笑って答えて、幾ばくかの署名をして終了だったので、こちらが笑えてきた。そんなにゆるくていいのだろうか。

「今度から、もっと外出しようかなぁ」

 休日に師に会いに行ってもいいなぁ、と思案する。いや、中途半端な真似をするなと叱られそうだ。やめておくか。

「螢火先生、おもち食べないんですか?」
「食べるよ。……だからその物欲しげな顔はやめて」

 しんべヱの顔を押し退け、自分の皿を確保する。油断も隙もあったものではない。

 思案の種といえば、この店である。街道沿いの旅人の多い場所で、近場に労働者向けの旅籠があるせいか人相の悪い男が多い。女、まして幼子を連れた若い女など物珍しいようで、先程から頬のあたりに刺すような視線を感じる。
 しかし、餅菓子は文句なく美味しいのでさっと食べて帰るか、と螢火は皿を手にした。

 マイタケのーー、ーーが、ーー戦が、

 品がいいとは言えない雑踏の中で、剣呑な単語を耳が拾う。あたりを伺えば、ちょうど背後の壁際の席に座る男たちが、何やら密談を交わしているようだった。

「螢火先生、どうしたんです?」

 急に黙りこんだ螢火に、喜三太が不思議そうに声をかける。

「うん? ちょっとこの席、風が入るなあって。代わってくれる?」
「いいですよ」

 快く代わってくれる喜三太に餅菓子を一切れ分けると、しんべヱがひどく不満そうな顔をするので、しんべヱの皿にも餅菓子を置く。
 密談を聞くためにわざわざ席を代わるなど、忍者の心得には反するが、この喧騒では耳を澄ませたところで会話の内容など拾えない。ならば、風体と表情を窺った方が得るものが多い。
 深く笠を被った二人の男を、螢火はさっと観察した。年の頃はどちらも三十にいかぬほどで、片方は手拭で口元まで隠している。覗き見える目つきは鋭く、さっぱりした身なりを見ても出稼ぎの労働者には見えない。
 露出した目元は瞬きが多く、隣の男と言葉を交わしながら時折眉が寄って下がる。怒っている、というよりも、かなり苛立っているようだ。
 対して、隣の男は緊張感なく餅菓子に手を伸ばしている。もう一人の男より一回りほど若く、思慮も浅そうだ。口布の男の怒りが強くなったときに、上まぶたが上がり、少し怯えたような表情はするが、あとは特に何ということもなく弛緩している。
 あまり噛み合っていない二人組だ。私が口布の男の立場であったら、あまりの噛み合わなさにもう一人の男を怒鳴りつけてしまいそうだなぁ、と考える。

「螢火先生?」

 喜三太が、螢火の視線を辿って後ろを向きそうになったので、螢火は二人の男に聞こえないように「後ろを見るな」と囁いた。

「え、後ろ?」

 ぐるりとしんべヱと喜三太が男たちの方を見たので、螢火は餅菓子を吐き戻しそうになった。時折、は組のアホさ加減をわすれるのだ。

「やってくれるなぁ」

 会話の続きのように、螢火はゆるい笑顔のまま低く唸った。二人の男とばっちり目があったしんべヱと喜三太は、きゃあと小さく悲鳴をあげる。向こうも口布の男はしんべヱと喜三太に気づいたようだった。

「ドドドドドクササコの凄腕忍者だ!」
「それと、その部下!」

 ドクササコ城といえば、照星を擁する佐武衆と反目しあっているのは周知である。顔も名も売れていない螢火であるが、向こうから見られぬようにしんべヱの大きな影に隠れる。

「ドクササコは、あちこちと戦をする悪い城なんですよ」

 しんべヱが声をひそめて解説してくれる。この乱世に善いも悪いもないが、何かと火種になる城であることは確かだ。叩けばきな臭い埃がいくらでも出る。

「しかたない。そっと帰ろうか」

 皿に残った餅をひょいひょいとしんべヱの口に放り込み、席を立つ。防寒に被ってきた被衣で顔を隠した。

「ええー! ドクササコの凄腕忍者が何を企んでるか調べないんですか?」

 喜三太がそう言うので、螢火は苦笑する。

「私一人で君たち二人は庇えないよ。それに、顔を覚えられたくない」
「どうしてですか?」
「ドクササコは師と因縁があるからね」

 行こう、と二人の手を引く。
 二人の男の前を通り過ぎた時に、笠ごしに視線を感じて、螢火の首筋に冷や汗が流れた。このまま帰してくれぬかとも思うが、無理な相談だろうか。互いに見て見ぬふりをして痛み分けとはならぬだろうか。

 餅屋を出てしばらくして、背後から「お嬢さん」と声をかけられ、螢火は軽く瞑目した。




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あきゅろす。
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