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忍びも歩けば棒に当たる
夕陽を射る


 螢火せんせぇ〜お願いがあるんすけどぉ〜、と擦り寄ってくるきり丸に、螢火は思い切り胡乱気な顔をした。

「いやだ」
「聞いてくれたっていいじゃないですか!」
「……やだ」
「螢火先生!!」

 泣き声混じりになるきり丸に溜息をつく。芝居とわかっていても無視ができないのは、そろそろは組に影響されてきたのかもしれない。

「聞くだけ聞くけどさぁ……」

 そう言うと、きり丸は泣き真似をして顔を押さえていた手をパッ離し、輝く笑顔で螢火の手を握った。

「さすが螢火先生、話がわかる」

 まだお願いを聞くとは言っていないのだが。

「今、町に旅回りの曲芸一座が来ていて、そこで射的の屋台が出てるんですけど、それがまたあくどいやつで、小さな子供の小遣いを巻き上げてるんですよ。許せませんよね?」

 きり丸が螢火に詰め寄る。

「ほぉん、それで、いくら儲かる算段よ?」

 螢火が聞くと、えへへへへ、ときり丸は含み笑いをした。

「参加料銭一枚で、的を倒したら銭三枚っす」
「意外と地道」
「ドケチはビタ銭一枚を無駄にしないんです」

 至言である。螢火はのろのろと立ち上がった。それを見たきり丸が意外そうに目を丸くする。

「やってくれるんですか?」

 馬鹿かと一蹴されると思い、次の手を考えていたきり丸がそう問うた。

「君から頼んどいてそりゃないよ」

 螢火は「それに」と言葉を続ける。

「狙撃手として、的を射ると名のつくものに背を向けるわけにもいかない」

 気がする、と螢火が言うと、きり丸がおお!と歓声をあげた。

「かっこいいぜ螢火先生! でもアホって言われません?」
「……そんなこと言うなら協力しない」
「あ、嘘ですぅ螢火大先生、ヨッ天才スナイパー! 室町のゴルゴ13!」
「おだて文句が適当すぎて腹立つ」
「面倒くさいなぁ! 早く行きましょう!」

******

 大慌てで小袖を着込んだので、帯のあたりがごそごそする。歩きながら何度となく身をよじる螢火を、きり丸が不思議そうに見上げた。

「何やってんすか?」
「急いで着物を着たせいで違和感が……町中で脱げたらごめん」
「そのときは見物料とるんで大丈夫です」
「マジで? いくらとれるかな?」
「なんでノリ気なんですか!」

 もう! と怒るきり丸の私服は、あちこち擦り切れて継ぎ宛てがしてある。アルバイトだ銭稼ぎだと忙しそうにしているが、いったい何にお金を使っているのだろう。
 町は人出が多く、活気がある。旅一座も来ているというので、そのせいもあるのかもしれない。
 あ、あれ、ときり丸が人の少ない一角を指差す。射的ののぼりが虚しくはためく出店があった。散々荒稼ぎして人が寄り付かなくなったのだろうか、暇そうな親父が一人店番している。

「おじさん、一回いいですか?」

 螢火が愛想良く尋ねると、親父は大儀そうに立ち上がると紙鉄砲を5本、螢火に渡した。

「銭一枚だよ。的を倒したら銭三枚」

 親父が大きな声でそう言うので、通行人が面白そうに螢火ときり丸の方を見た。また騙される姉弟が、と哀れみを帯びた視線も受ける。
 螢火は「ああ紙鉄砲なんて子供のとき以来かしら」などと言いながら、親父の分厚い手のひらに銭を一枚落とした。
 螢火は紙鉄砲を受け取り、出店に背を向けて道端の木立に向けて一度撃つ。丸められた紙はぽこんと軽い音をたてて木の枝にあたり、地面に落ちた。玉も軽く、押し出す力もさして強くない紙鉄砲では、薄作りとはいえ木の板でできた的を倒すのは難しいだろう。

「あー! もったいない!」

 思わず紙玉を拾いに行くきり丸を、螢火がアホなことするなと諌めた。
 そしておもむろに懐から長紐を取り出すと、勇ましく襷掛けにする。出店の射的で遊ぶにしては、あまりに本気すぎる出で立ちと真剣な横顔に、さしものきり丸もちょっとひいた。

「きり丸、薬込役を頼むね」

 言うやいなや竹筒を的に向ける。ぽこん、と軽い音がして、紙玉が的のちょうど上端に当たった。的はぐらりと揺れるが、倒れはしない。

「残念だったね、お嬢さーー」
「きり丸、次!」
「は、はいっ!」

 手渡された紙鉄砲を受け取り、素早く次弾を撃つ。矢継ぎ早に差し伸べられる螢火の手のひらに、きり丸はせっせと紙鉄砲を手渡した。その間、螢火の目は的から一切離れない。

 ぽこん、ぽこん、ぽこん、と弾が当たるたびに的の揺れは大きくなり、渡された紙鉄砲を使い切ったとき、ぱたりと的が倒れた。

「やったぁー! おーい、おっちゃん、約束通り銭三枚!」

 手を突き出すきり丸に、店番の親父は苦い顔をして銭を投げ渡した。

「あらぁ、運が良かった。今日はいい日みたいだから、もう一回挑戦してもいい?」

 にこやかに螢火に言われ、親父は少しぎこちない笑顔で螢火に次の紙鉄砲を渡した。
 紙鉄砲を渡された途端に、螢火の表情が一変する。

「きり丸」
「あいよ、任せろ!」

 すぱぱぱぱんっ、と立て続けに紙鉄砲の音がして、的が倒れる。二度目ともなればきり丸の薬込役も堂に入ってきた。

「おじさん、もう一回」

 螢火が悪辣に笑み、親父に銭を渡す。親父はむっつりと不機嫌そうにきり丸に銭三枚を、螢火に紙鉄砲を渡した。
 周囲には野次馬が出始め、小遣いを巻き上げられた子供たちが的に弾が当たるたびに歓声をあげる。

「ちょっとお嬢さん、弟さんに手伝わせるのはズルだろう。次からやめとくれよ」

 そう言って竹筒に紙玉を詰める親父に、きり丸が食ってかかる。

「おうおう、どこに紙鉄砲を手渡しちゃいけないって書いてんだ?」
「書いてないけど……」
「じゃあ、いいだろ! それともこの店は姉弟仲良く遊ぶこともできないのかよ!」

 きり丸がすうと大きく息を吸い、周囲に喚き立てた。

「この出店はひでぇ店だ! 的を当てると勝手にルールを追加されるぞ! まともに遊べない出店だぞ!」

 親父は慌ててきり丸の口をふさいだ。

「わかった、わかった、手伝っていいから」

 ふっふん、と得意気に勝ち誇るきり丸に、螢火はウワアと顔をしかめてみせた。

「なんて子供だ」
「螢火先生こそ、大人気なく本気出しちゃって」
「もう帰る」
「あ、嘘です。螢火先生すてき」

 その後も文字通り螢火が紙鉄砲を百発百中するものだから、親父の顔色はどんどん悪くなっていく。きり丸の財布が銭でぱんぱんになった頃、とうとう親父が「イカサマだ!」と叫んだ。

「なんだとおっちゃん!」

 きり丸が親父をきっと睨むが、出店を潰されそうな親父も一歩もひかない。

「痛い目あいたくなかったらさっさといねや!」

 何か言い返そうとするきり丸を、螢火がおさえた。

「潮時かなぁ、帰ろうか」

 お世話様、また来ますね。と言う螢火に親父が二度と来るな! と怒鳴る。

「おいコラ、イカサマで稼いだ銭は置いていけ!」

 何をぅ! ときり丸が財布を抱え込む。

「ガキと女が、調子に乗りやがって……!」

 ずい、と親父が一歩前に出た、が、ドカンバキンとものすごい音とともに射的の屋台を薙ぎ倒して顔から倒れ込んだ。屋台の天幕を引き破り、店番の親父を押し倒して現れた小松田秀作に、きり丸も螢火も唖然とする。

「ちょっとぉ、螢火さん、出門票にサインしなかったでしょ! 外出届も出てませんよ!」
「あ、ああーー???」

 そうだったろうか。覚えていない。しかし、とにかく助かった、と螢火はきり丸を抱えてさっさとその場を後にした。背後から「出門票にサイン〜!」と間延びした声が聞こえた。


******

 帰途で嬉々として銭を数えるきり丸に、螢火は「帰ってからにしなよ」と苦言を呈する。行儀が悪いし、落としたらどうするのだろう。

「そんなにお金貯めて、何に使うのさ」

 何の気無しに問うと、きり丸は真面目な顔で「授業料払うんすよ」と答えた。え、と螢火は言葉に詰まる。

「授業料、自分で稼いでるんだ……」
「オレ、親いねぇから」

 螢火は銭を数えるきり丸の項を見下ろす。

「めちゃくちゃ偉いね」
「あー! ちょっと! 同情なんてやめてくださいよ!」
「同情はしないけど、協力はするよ」
「マジっすか!!」
「法と倫理に反しない範囲で」
「ええー!?」
「私に何させるつもりだった!?」

 慌てる螢火にきり丸が「冗談っすよ」と笑った。

「螢火先生ってさ、お姫様だったんでしょ? じゃあ金持ちだったんだな」

 ああ、と螢火は息をつく。

「そりゃ、そのへんの家よりは贅沢な生活してたけど、やりたいことも出来ない窮屈な暮らしだから、金がないのとおんなじだよ」
「でも、ないよりあったほうがいいでしょ?」
「まあね。でも、私は今のほうが楽しいよ」

 螢火は苦笑して、きり丸に財布をしまわせる。

「昔は戦のために領民から絞りとった金で飯を食ってた私が、今は戦に力を貸して金を得てるんだから、ちょっと面白いと思わない?」
「そうっすか?」

 螢火は、そうだよと目を伏せた。自分が十のとき、果たしてきり丸のように自分のことを自分で決めて努力出来ていただろうか、とぼんやり考える。
 地には夕日で出来た影が長く伸びていた。自分のものに比べてきり丸の影が随分小さいので、螢火は細い溜息をついた。



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