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忍びも歩けば棒に当たる
プータロー忍者


 突然、学園長の庵に呼びつけられた山田伝蔵と土井半助は、嫌な予感に気を塞いだ。すると、妙に机の上の本や書類が気になって、二人が学園長のもとへと重い腰を上げたのは、事務員の小松田優作が二度目の催促に来た後だった。

「ああ、また、妙なことを思いついたのに違いないんだ……」

 土井先生がぼやくと、山田先生が「まあまあ、まだそうと決まったわけではなし」と取りなすが、その口ぶりは自信なさげだ。
 はあぁ、と重い溜息をつく土井先生の背を押すようにして、学園長の部屋の前で膝をついた。

「学園長先生、山田伝蔵とーー」
「土井半助です」

 入りなさい、と言われ、二人は障子をひく。いつも通り、座敷にちんまりとすわる老人が、どことなく困ったような顔をしているのを見て、山田先生と土井先生は顔を見合わせた。

「教育実習生を迎えようと思っているんじゃがーー」

 開口一番、それである。
 駄目です!! と、二人の声がぴたりと揃った。

「ただでさえ授業が遅れているのに、そんな余裕はありません!」
「学園長、今度は誰の頼みを安請合いしたんです……」

 教育実習生に良い記憶はない。そのうえ、成績の悪い一年は組の追試に補習授業、委員会活動を支えつつ、右も左もわからぬ教育実習生の面倒を見る余裕はない。

「ダメと言われても、もう請け合ってしまったしのう。これは学園長命令である」

 そう言われては二の句が継げない。肩を落とす土井先生が、涙交じりに問うた。

「どうして一年は組なんです……、教育実習生なら、成績のいい一年い組か、上級生の方がいいはずでしょう?」

 ふうむ、と学園長は顎を撫でる。

「実は、最初は、教育実習生ではなく職員として雇ってくれと頼まれたんじゃ。昔からの友人のひ孫が、あっちへふらふらこっちへふらふら落ち着きのない娘さんらしくてな、どうか面倒を見てやってくれんか、と」
「それで、良いとおっしゃったのですか?」
「わしにも面子があるからのう……つい」
「つい、じゃないですよ!」

 とうとう山田先生も悲鳴をあげる。

「とは言え、ふらふらしてる娘御を雇うほど、こちらも人手不足ということでもなし、とりあえず教育実習生として預かって、その間に一年は組のよい子達全員にテストで100点をとらせることが出来たら、雇おうと言ったのじゃ!」

 良い考えじゃろう? と学園長は胸を張る。

「一年は組の生徒たちが100点をとることなど、天地がひっくり返ってもありえんからのう!」

 わははは、と笑う学園長に、二人はぐうと唸った。事実である。事実であるが、釈然としない。全く釈然としない。
相手が学園長でなかったら、殴っていたかもしれない。

「それで、その教育実習生の名前はなんと言うのですか?」

 山田先生が尋ねると、学園長ははてと額に手をやった。

「あやつはなんと言っていたかのう、そう、確か、すず姫とかーー」

 ひめ、と二人の口から同じ単語が溜息のように漏れる。

「ひ、ひめってどういうことですか! もう忍者ですらないじゃないですか!」
「学園長、さすがにそれはちょっと……」

 慌て、呆れる二人に、学園長ははばんと手のひらを向けた。

「学園長命令である!!」


 ーーそういうことになった。




 ・・・・・・・・・・・・・

「螢火」

 名を呼ばれ、螢火は硝石を砕く手を止め、ついと視線を上げた。いまだに慣れぬ不気味な面相がこちらを見下ろすのを見て、ぱっと立ち上がる。

「ご隠居殿から手紙だ」

 はぁ、と曖昧に笑いながら手紙を受け取り、中を改める。子供の落書きのような殴り書きがしたためられていた。

「見慣れない暗号だ」
「暗号ではありませんよ、ご隠居は近頃手が震えるんです。歳ですから」
「……読めるのか?」
「まあ、なんと、ーーか……」

 螢火の顔色がさっと変わる。

「良くないことが書いてあるらしいな」

 言われ、螢火はうぅんと呻いた。

「照星せんせぇ……」
「なんだ」
「端的に申しますと、いつまでもふらふらしてないで忍術学園で働け、と、書いてあります」
「…………なに?」
「ご隠居が、私に、ぷらぷらしてないで忍術学園で先生になれ、と。もう決定事項だから、先方に失礼のないようすぐ出立しろ、と」

 螢火は曖昧な笑顔のまま、手紙のうえにさらさらと黒色火薬を落とした。

「燃やして無かったことにしましょう」
「両腕まで無くなるからやめておけ」

 本気か冗談かわからぬ無表情でたしなめられ、螢火はしぶしぶ袋に火薬を戻す。
 一粒とて落とさぬように丁寧に袋に戻してから、螢火は泣き声まじりの悲鳴をあげた。

「ぷらぷらて!!! 照星師のもとでそれなりにきちんとやってるつもりだったのに! あんまりじゃありませんかね!?」

 硝煙で痛めがちな喉で叫ぶものだから、げほげほと思いきりむせる螢火に、照星の哀れみの視線が注がれる。

「ふらふらしているのは確かだろう」

 あちこちで雇われる師について、あちこち渡り歩いているのは事実なのだ。慰めにもならぬ慰めに、螢火の嘆きは一層深くなる。

「照星師まで私のことをプータローみたいに言うのはやめてくださいよ!」

 すっかり拗ねた螢火の肩を、照星が諦めろ、という風に叩いた。

「で、どうする?」
「どうするって……もちろんお断りしたいですよ……」

 したいですけど!! と、螢火は手紙を握る。

「ご隠居のことだから、私が断ったら先方に無礼だ、顔に泥を塗ったと大騒ぎしかねないんですよ! そんな弱みを握られたら最後、あれよあれよと言う間にご隠居の友人のひ孫とかそういうのに嫁がされてしまう……」

 でもイヤなものはイヤだ!! と喚く。

「それに、ひいおじいさまの頼みとあっては……」

 常に精悍とは言えぬ表情を一層困った様子にしてため息をつく螢火に、照星は「ならば、行って来ればいい」と言った。
 螢火は怪訝な目つきで、口をぽかんと開けた。

「え、師父、まさか私を捨てるおつもりですか!?」

 縋り付いてくる螢火を、照星は慌てて引き剥がした。

「誤解を招く言い方はよせ」

 たまたま通りかかった兵卒が、見てはいけないものを見たような顔でそそくさと通り過ぎていく。
 はあ、と照星は息を吐いた。

「忍術学園とは私も付き合いがある。それに、素晴らしい先生方のたくさんおられることだから、おまえにとっても有益だろう。一筆書いてやるから、挨拶がてら勉強してきなさい」



 ーーそういうことになった。



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