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止まると死ぬパルスのツナ


 そうなんですよねえ、とジラは頷く。

「前のご主人様もおっしゃっておりました。私を商談に連れて行くと、不思議と良い条件が決まるって」

 それは本当だ。それもあって前の主人にはいたく可愛がられた。どこに行くのにもつれて行かれたし、奴隷にもかかわらず給金までもらっていた。聞いていたクバードがへえと隻眼を見開く。

「いっぺん、賭場でも行ってみたらどうだ」

 ジラは首を振る。

「それが駄目なんですよ。私利私欲が絡むとどうしても上手くいかないんです」
「じゃあなんだ、おまえは周囲に幸運をばらまくだけか? なんか妖精みたいだな」
「そんなことありませんよ、私におこぼれが無い相手には発揮されないし、私への還元を怠ると三倍返しで不幸になります」
「……妖怪かよ」

 クバードは顔をひきつらせた。10秒で妖精から妖怪に降格とは。

「じゃあ、ジラは正真正銘のアゲマンなわけだ」

 クバードが言うと、がしゃあ、と茶器を皿に落とす音がした。使用人の習性で弾かれたようにそちらを見る。現主人たるシャプールが、顔を真っ赤にして震えていた。

「何を言うクバード! お、おおおおおれは確かにジラの幸運に救われたが決してそのような関係にあったわけではない!!」

 クバードとジラは互いに変な顔をする。傍らで茶を飲んでいたナルサスが、涼しい顔で口を開いた。

「シャプール卿、おぬしがどういう想像をしたのかはあえて追求しないでおくが、あげまんは「上げ間」の転訛だ。間は運気や巡りあわせのことで、決して女性器のことではない。もちろん2人がこの語源を知って使ったとは考え難いが、一般的な“幸運を呼び込む女性”の意で単語が使われたことは文脈から推定することが出来る。シャプール卿はいい歳をして男女の性的な交わりに対して奇妙なまでに鈍感なくせに敏感で、言い方は悪いが少々薄気味悪いな。これは私の個人的な知的好奇心で聞きたいのだが、シャプール卿は女性に縁が無いからそうなのか、それともそうだから女性に縁がないのか?」
「ナルサス卿、おぬしは二言三言余計なことを言わんと気が済まぬのか!」

 シャプールがこめかみに青筋を浮かせた。ナルサスは困惑気な顔でジラの方を見る。

「どこが余計だったと思う?」
「全部ですね」

 ジラが言うとナルサスは驚いた顔をした。聞いていたクバードは腹をかかえて笑った。

「そうだ、おまえはそんなだからいつまでも独り身なのだ」
「そういうおまえも未婚だろうが!」
「おいおい、おれは止まり木を必要としないパルスの鷹。飼い慣らされぬ孤高の猛禽。飛び続けなければ死んでしまう男なんだよ」

 うっとりとそう言うクバードに、ジラは思わず口中でうわあと呟いてしまった。またもやナルサスが口を開く。

「鷹とて止まり木は必要だ。アズライールやスルーシを見れば分かることだろう。それに、飛び続けなければ死んでしまうということも無い。止まると死ぬのはマグロだ。絶えず泳いで口とえらに水を流し込むことで呼吸しているからな」

 それを聞いてシャプールはふんと鼻を鳴らした。

「だ、そうだ。止まると死ぬパルスのツナと呼んでやろう」
「なんでツナだよ! マグロでいいだろ! ……いや、どっちにしろそんな呼び方はやめろ!」

 いい歳をしてくだらぬ言い合いをする二人を後目に、ジラはナルサスに尋ねた。

「ナルサス様、どうしてここでお茶を飲んでいるのです?」
「ダリューンの陛下大好き病の発作が起こって鬱陶しかったから逃げてきた」
「……そうですか」


 


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