[携帯モード] [URL送信]
La Sirenetta・3
「…具合はどうだ?」

何も言わず呆けたようにじっと見つめ続けるフランに、聞こえなかったと思ったのか同じ言葉がかけられた。はっと我に返って答えようとしたけれど、喉が緊張に引き攣って上手く声が出ない。

「…ルッスーリア、茶を淹れてやってくれ」

「何がいいかしら?」

「何でもいいだろぉ」

「わかったわ、ちょっと待っててね」

その人がそう言って視線を送ると、ルッスーリアさんは何かを察したようにちらっとこちらを向いてウィンクを残して去っていった(…ような気がする)。
ぱたんと扉が閉まる音と共にその人が目の前まで歩いてきて、目線を合わせるように膝を着いた。

「前に会ったよな」

じっと顔を覗き込まれて、恥ずかしさに俯きながらもこくりと頷く。すると不意に伸びてきた右手が顎のラインをなぞって頬を撫でた。

「なんであんなところに倒れてたんだぁ?」

「……嵐で…気を失って、気が付いたら」

「そうかぁ。傷は?」

「…大丈夫ですー」

「ならいい」

そのまま深緑の髪をくしゃっと撫でて、その人はふっと柔らかな笑みを浮かべた。
胸の奥がきゅうっと狭くなる。真夜中の海でずっと見つめていたあの笑顔だ。

「…それだけですかー?」

「ん?」

フランがそう投げかけると、その人は頭の上に疑問符を浮かべて首を傾げた。

「や、だから…もっと聞かなきゃならないところあると思うんですけど」

「例えば?」

「ほら…ミー、人間じゃないですし」

「そりゃ見ればわかる」

「だったらなんで、」

「話通じれば問題はねぇだろ」

ぽかん、と効果音が付きそうな風に口を開けてその人をまじまじと見つめた。
そういう問題なのだろうか。なんというか、ルッスーリアさんもそんなに大きな反応じゃなかったけど、動じない人だ。普通なら人魚なんて見つけたらいい見せ物にしたり研究材料にしたりとかしそうなものだけれど。

「傷が治るまでここにいるといい」

「…いいんですかー?」

「いいも何も、このまま放っておく訳にもいかねぇだろぉ」

思いもしない言葉に目を見開く。それともすぐ海に帰るかと問われ慌てて首を横に振った、あんな飛び出し方をして今更帰れるはずもない。
ずっと膝を着いていて膝が疲れたのか、その人は立ち上がるとフランの背中と尾鰭に腕を回して軽々と抱き上げた。俗に言う、姫抱きというやつで。
一気に高く不安定になった体勢に慌てて相手の服を掴んでしがみつく。

「あ、あの」

「あ?」

「名前…」

名乗っていないし、教えてもらっていない。ずっと遠くから眺めていたけれど何を言っているかまでは聞こえなかったから、もしかしたら一緒にいた人が呼んでいたのかもしれないけれど知らなかった。
ああ、と納得したような表情でその人が答えた。

「スクアーロだ。スペルビ・スクアーロ」

「鮫…ですか」

「お前は?」

傲慢な鮫、なんだかすごい名前だ。フランに対する態度や仕草からはとてもそんな風に思えない。

「フランですー」

「覚えやすくていいな、呼びやすいし」

そのまま近くにあったふかふかのソファーに下ろされて、それと同時に先程出ていったルッスーリアさんが何かたくさん物が乗った調度品をからからと押して戻ってきた。

「ルッス姐さん特製のドルチェを持ってきたわよー」

「いい年して自分で姐さんとか言うんじゃねぇ」

「スクちゃんたら相変わらず冷たいわぁ、でもそんなところもス・テ・キ!」

「気色悪ぃぞぉ」

そんな風に軽口を叩きつつその人は隣に座って準備を手伝い始めた。
目の前に並べられたものがどれも珍しくてあちらこちらへと目移りする。ふわふわとした柔らかそうな生地が甘い香りのする純白にコーティングされているものや、チェス板のような模様のクッキー(前にベルフェゴールが食べていたと思う)、それからカップに注がれた綺麗な茶色の飲み物は何だろう、とてもいい香りがする。

「遠慮無く食べて、ルッス姐さん自信作よ」

「見た目はこんなだが料理の腕はなかなかだぜぇ」

「見た目がこんなって何よ!」

先程からスクアーロさん(で、いいのかな)がルッスーリアさんをずっといじっているけど、喧嘩する程仲がいいってことにしておこう。
試しに目の前にあったクッキーを口にしてみたら、さっくりと軽い食感の後程好い甘みが舌の上に広がる。口飽きしない上質な味わいに自然と笑みが溢れた。

「……美味しい」

ぽつりと呟いて、ふと二人がいつの間にか喧嘩を止めて自分を見つめていることに気付いて顔を上げた。

「やっと笑ってくれたわね、安心したわ」

「そっちの方がいいじゃねぇか」

そこで初めて、さっきの喧嘩はただのふりで、二人が自分を気遣ってくれていることに気付いた。ずっとどうしたらいいか気を遣ってあれこれと手を焼いてくれていたのだ。
今思えば、随分と久しぶりに笑った気がした。

「…ありがとうございますー」

髪を撫でてくれたその人の手の温もりが酷く心地好かった。

[*前へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!