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La Sirenetta・2
ふと気付くと、目の前に黒いサングラスをかけておかしな髪型をした知らない人の顔があった。

「ひっ…!?」

「あらよかった、気が付いたのね?傷が痛むでしょうけどちょっとだけ我慢して頂戴」

そう言うとその人は安心したような笑みを浮かべて、何か柔らかい物でフランの体を擦り始めた。よく見れば周りは真っ白なもので覆われていて、触れてみるとふわふわとした感触が心地好い。

「…何これ…」

「あら、泡風呂は初めてかしら?」

「あわぶろ?」

「こういう風に泡をいっぱい浮かべたお風呂のことよ」

にこやかに説明してくれたその人をよく観察してみると、人魚のような尾鰭が無く代わりに二本の足がある。何故だかわからないが人間の住む家にいるようだ。
訳がわからないけれど悪いようにはされないようなので大人しくしておいた。
体を流し終えふわふわした布でフランの髪を拭きながら、その人はぺらぺらと喋り続けている。

「あなた、覚えてるかしら?酷い台風で砂浜に打ち上げられてたのよー。傷だらけだったからってうちの人が連れて帰ってきたんだけどびっくりしちゃったわ、人魚なんて本当にいたのねぇ」

つまりあの時の竜巻か何かで巻き上げられた自分は、海面に叩き付けられた後砂浜に流されたらしい。それをどこかの誰かが見つけて拾ってきたのか。
今更になって不安が胸を支配したけれど、見ず知らずの人にそんなこと打ち明けられるはずがない。
きゅっと唇を噛み締めたのには運よく気付かれなかったようで、そうこうしてるうちに傷の手当てをされ人間と同じようなものを着せられた(この人が言うにはワンピース、だって)。あら、と小さく口にしてその人は首を傾げる。そして何か思い付いたようにどこかへ走っていって、しばらくすると椅子のようなものを持って戻ってきた。

「どうやって連れていこうかと思ったけれど、車椅子があってよかったわ。さ、これに座って座って」

「…どこに…行くんですか?」

まだこの人が味方と決まった訳じゃない、断れば何をされるかわからないから大人しく従いつつ、それでも気になったから口に出してみた。まさか珍獣としてどこかの怪しい場所に連れていかれるのではないだろうか。

「あなたを助けた人のところよ、あの人からあなたのことを頼まれたの」

警戒しているのが簡単に伝わったらしく、その人はうふっと笑って首を傾げてみせた。わざわざ助ける、という言葉を使ったということは敵じゃないと思っていいんだろうか。

「私はルッスーリア、ルッス姐さんって呼んで?」

「やですー、なんか気持ち悪いですー」

「まっ、失礼しちゃうわ」

ぷんぷんという効果音が付きそうな怒り方だ。でも車椅子とやらを後ろから押しながら楽しそうに話をするルッスーリアさんを見ていると悪い人じゃない、むしろいい人だと思った。少なくともフランに対する敵対心は感じない。

「それにしても可愛いわあ、ちゃんとお化粧してあげたらもっと綺麗になるわね!」

「…何ですかー?それ」

「まあ、お化粧も知らないの?」

知らないから聞いたのにびっくりされてしまった。だって人間の文化なんてよく知らない。専属の教師がいろいろ説明してたような気もするけど真面目になんて聞いたことがなかった。こんなことなら少しは真面目に勉強すればよかったかな。

「着いたわ、この部屋よ。…入っていいかしら?」

話しているといつの間にか立派な扉が目の前にあった。あっという間に感じたのはきっと話がとても楽しかったからだ。楽しかったと感じるということはもうルッスーリアさんに対する警戒心はすっかり失せてしまったらしい。
それにしても、わざわざ陸に打ち上げられた魚よろしく倒れていた自分を拾って、しかも研究施設に送り付けるでもなくこんな待遇をするのはどんな人間だろう。

「……入れ」

「はいはーい」

二拍程置いて聞こえた低い声。なんとなく聞き覚えがあるような気がした。
ルッスーリアさんが機嫌よく返事をして扉を開ける。

「具合はどうだぁ?」

振り返ったその姿に瞠目する。
そこにいたのは、ずっと遠くから見つめ続けていた銀の人だった。

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