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エイジの場合
転校生×ぽっちゃり

 この世界には番と呼ばれる自分にとって唯一の存在がいる。運命の人ともいえる番だが、中には様々な理由で番と出会うことを望まないものもいた。



 番なんていらない。
 エイジがそんな風に思うようになったのは、小学校のある事件からだった。
 それまでたった数十軒しか家がない集落に住んでいたため、近所に住む人々と仲良く伸び伸びと過ごしていたエイジだったが、親の仕事の関係で都心へと引っ越すこととなった。

「は、はじめまして。よろしくおねがいします。」

 誰も名前を知らない同級生達の好機に溢れた視線を一身に受け、震える手を握りしめてなんとか挨拶の言葉を絞り出したが、酷く緊張していたのを今でも鮮明に覚えている。
 なんとか初日の行事を終え、親の迎えを早く早くと待っていたそのときだった。
 自分が通った通路側にかけてあった同級生の鞄が落ちてしまったため、慌てて鞄を拾い上げ、その同級生の机へと戻す。

「ごめんなさい。」

 自分が何か悪いことをしたら、ちゃんと謝ること。それは近所に住んでいたお爺さんの口癖だった。専らそれは番の妻へと示されていたのだが、それをエイジが知ることはない。

「……。」
「?……あ、あの。」

 自分を見つめたまま、何も喋らない同級生に、エイジは居心地の悪さを覚えると同時に、彼の大きな眼が細められたことに嫌な予感がした。

「うわ、ブタがしゃべった。」
「……え?」
「ぶはっ、ミナトおまえなぁ……すげぇにてるけどさーっ。」
「あははははっ。」

 一瞬彼が何を言っているのかエイジには理解できなかった。しかし、彼の言葉を聞いた途端、一斉に教室が笑いに包まれたことで、ようやく自分の体形のことを揶揄したのだと分かる。
 田舎で伸び伸びと過ごしたエイジは、周りの大人達に勧められるがまま美味しいご飯を沢山食べてきたため、所謂ぽっちゃりとした体形だったのだ。
 その後すぐに母親が迎えに来たため、エイジは逃げるように教室を飛び出した。

「うわ、ブタジ、そんなにごはんたべるんだ?まだふとるき?」
「ブタジはしるのおそすぎ。あしひっぱるな。」

 次の日も、その次の日も、ミナトは飽きることなくエイジを『ブタジ』と呼び、からかい続ける。人気者のミナトの行動に、次々と賛同するものが現れ、エイジの名前を呼ぶ同級生は殆どいなかった。
 最初は抵抗していたエイジだったが、それが相手を更に刺激するのだと分かってからは、曖昧な返事で交わし続ける。両親が心配性だと知っていたため、相談することなく必死に耐えていた。

 そんな地獄の生活が小学校生活が続いていたある日、担任の先生が番を見つけたため、退職することとなり、最後の授業として、番とは何かというテーマで話すことになった。

「番と出会えるかは誰も分かりません。もしかしたら、隣の机の人が番かもしれない。番と出会えることは本当に幸せだって思えるから、皆さんにもいつか大切な番ができるように僕は願ってます。」

 幸せそうに笑う先生を見て、エイジも思わず笑顔を浮かべる。

 自分にも、こんな風に一緒に笑ってくれる番が見つかるといいな。
 そんなことを考えていた放課後。

「なー、ミナト。おれもつがいはほしいけどブタジはやだな。」
「おれもおれも。ブタジみたいなやつがつがいだったらどうしよう……。はずかしいし、こまる。」

 いつも通り早く家に帰ろうとしていた矢先、聞こえてきたミナト達の言葉にエイジは頭を金槌で殴られたような衝撃を受けた。

 ぼくがつがいだったら……いや、なんだ。こまるんだ。

 震える足を叱咤しながら逃げるように家へと帰ったエイジは、一人自分の部屋で布団に包まり、ご飯も食べずに泣き続けた。
 考えてもみなかったのだ。番になれば幸せになれる。お互い喜ぶものだと思っていた。

 でも、でも、自分は違う。自分の番は先生のように幸せそうに笑ってくれることなんてないんだ。

 零れた涙で冷たくなった枕に顔を押し付けながら、エイジは悟る。

 つがいなんていらない。つがいなんてつくらない。ふこうになるつがいなんてみたくない。



 それから月日は流れ、エイジは高校二年に進学した。相変わらず体つきはぽっちゃりとしていたが、小学校のように体形を揶揄するものはおらず、「ブタジ」という仇名もいつの間にか消え去っていた。

「エイジー、なんか今日転校生くるらしいぜ?」
「へぇ。」
「どんな奴かなー。つーか、誰かの番とかになんのかな?」
「そんな簡単に出会えたら、皆番になってるって。」

 高校生となれば、生徒の中には番の香りを見つけ、幸せそうに寄り添う者もちらほらと現れる。
 有名なのは入学後一ヶ月で番を見つけたという三年生のギリとリースだろう。入学式当日から顔立ちや性格で人気の的であったギリ。当時は本当に学校中が二人の話題でもちきりになったらしい。三年経った今でも理想の番として生徒達の羨望の眼差しを受けていた。

「……エイジは番ほしいとかないのか?」
「僕は……番はいらないかな。」

 友人の言葉に、チクリと胸が痛む。

 だって、僕が番になったら、相手が不幸になるから。

 喉元まで出かかった声を必死に飲み込み、エイジは誤魔化すように笑った。
 何か言いたそうな友人を遮ったのは、担任の声。

「おはよう。噂は知ってると思うが、今日からこのクラスに転校生が来る。もともと、この辺りに住んでたらしいから、お前ら仲良くしてやれよ。」
「はーい。」

 誰が来ても興味のないエイジは、1時間目の授業の教科書をパラリと捲った。

「……ん?」

 教科書から仄かに花の匂いがする。きつくはないが、優しい甘い香り。不思議に思って、何度も教科書を捲ってみる。今まで教科書からこんな香りがしたことは、一度だってなかった。

「さぁ、入りなさい。」
「……っす。よろしくお願い……しま……。」

 花の香りが更に強くなり、エイジは何度も瞬きをする。教科書を捲る手を止め、手の甲を強く抓った。

 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。なんで、なんで。この香りって。どうして現れたんだよ。どうして不幸になるのに。

 強く手を抓り続けるエイジは、教室が静かになっていることも、香りが強くなっていることも気が付かない。

「……おい。」
「……っ。」
「……なぁ、あんたさ。」

 突然近くに聞こえた声に、思わず顔を上げた瞬間、エイジは更に顔を青ざめさせた。

「…………え?……ブタジ?」
「なっ!!」

 ガタッ

 相手の顔を見た途端、体が反射的に動いてエイジは教室を飛び出した。必死に足を動かして走る。誰もいない廊下にエイジの足音だけが響いていた。
 あまり運動に慣れていない体からは、汗が吹き出し、前髪が額に張り付く。学校の裏庭に着く頃には、倒れ込むように近くの木へと凭れ掛かった。急な運動をしたためか、心臓がバクバクと激しい音で動いているのが分かる。

「うそ、だっ……なんで……ど、して……っ。」

 汗だけではない、水が頬を伝い次々と地面へ零れ落ちていく。

 自分が一体何をしたというのか。番はいらないと言ったのに。よりによって。よりによって……。

「はぁっ……んで、逃げんだよっ!」
「っ?!」

 聞きたくなかった、記憶にあるよりも低くなった声。やはり紛れもなく鼻を擽る香り。
 ぐっと心臓が締め付けられるような感覚に、エイジはフラフラな体を起こして逃げようと足を進めた。しかし、それよりも早く腕が掴まれ、その体は強引に地面へと押し付けられた。

「やっ……嫌だっ。はな、してっ。」
「っ?!」

 体重は明らかに自分の方が重いのに、馬乗りのような姿勢で自分を押さえつける細い腕から逃げることができない。互いの汗のせいか、教室以上に強く感じる香りに、エイジは瞳からボロボロと涙を零した。

「んで、泣くんだよっ。お前、俺の番だろ?!嬉しくねぇのかよっ。」

 以前よりも、男前に、絶対モテるだろう顔立ちになった彼を視界に入れる勇気はなく、きつく瞼を閉じる。
 彼の言葉は、エイジの胸の棘を一層深く突き刺した。

「……って……おま、えがっ……僕が、番は……嫌だって、嫌だ……ってっ!」

 言ってたのに、と泣き続けるエイジに、ミナトは目を見開く。そこでようやく、幼い自分の最悪な行為に小さく舌打ちした。
 押さえつけていた手を、泣き続けて真っ赤になった頬と目じりへと伸ばす。

「……あ、あれは違う。違うんだ。」
「ち、違わない……僕は、聞いたんだからっ。」

『ブタジみたいなやつがつがいだったらどうしよう……。はずかしいし、こまる。』

 指さえも嫌々と顔を振って拒否していたエイジは、気付く余裕もなかった。自分に跨っている相手が、寂しそうな、でも、少し興奮したような目で自分を見ていることに。

「っ、くそっ……相変わらず、かわいすぎんだろ。」

 小さく呟かれたミナトの言葉の意味を、エイジは後からじっくりたっぷり時間をかけて知ることとなる。


終わり


エイジ:十六歳。ぽっちゃり系男子。本人は気づいていないが、程よくふくよかな体や、丸くて大きい瞳がマスコットのようで可愛いと言われている。
ミナト:十七歳。転校生(地元に帰ってきた)。昔から実はエイジが気になっており、好きな子ほど苛めたい願望に負けた過去がある。


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あきゅろす。
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