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ルドルの場合
年上執着攻×年下ビビり平凡(8000リク)

 この世界には番と呼ばれる自分にとって唯一の存在がいる。番が出来れば、互いの生活も大きく変わる。


 カランッ

 BGMが静かに流れる店内に、新たな訪問者を告げる鐘が鳴る。その音に弾かれるように、ルドルは拭き続けていたグラスから視線を入口へと向けた。

「い、いらっしゃいませ。」
「こんばんは。大分慣れたみたいだね。」
「い、いえ。まだまだ、です。」

 バーテンダーにしては、声も小さく口籠るルドルの声に、ルドルがいるカウンターへと座った男は、シルバーフレームの眼鏡で縁どられた一重の目を楽しそうに細める。

「そうかな?随分手馴れてきたと思うけど。」
「そ、そんな……ことは。」

 以前働いていたバーが突然閉店し失職していた中、偶然見つけたこの店で飲んでいた自分をマスターに雇ってくれるよう進言してくれたのが、この男だった。

「セブさん、大切な従業員をナンパしないで下さい。今、ルドル君に抜けられたら困るです。」
「マ、マスターッ」
「ナンパだなんて心外だな。まぁ、ルドル君くらい可愛いなら、番じゃなくても抱けそうだけど。」
「セ、セブさんっ?!」

 厨房から聞こえたマスターの台詞に、セブの温厚な表情が一瞬だけ獲物を捕らえた獣のように変わった気がして、ルドルの背に冷や汗が流れた。

「冗談だよ。ルドル君、いつものお願い。」
「は、はい。」

 既に準備し始めていた、いつもの、ソルティードックをセブの前に置く。

「どうぞ。」
「ん、ありがとう。」

 慣れた動作でグラスを揺らすセブは、この店の常連客の中でも少し違う雰囲気があった。気にはなっていたが、相手から話さない限り関わらないのが、ルドルなりの接客ルールだ。

「相変わらず綺麗な仕事だね。」
「あ、ありがとうございます。」

 美味しそうに口づけるセブに、ルドルも思わず口元を緩ませる。自分が作ったカクテルを褒められるのは本当に嬉しかった。
 見た目も平凡、体力も頭脳もずば抜けたものはなく、ついつい口籠ってしまう声と臆病な性格から、就職活動をしても断られる会社ばかり。唯一採用してくれたのが以前働いていたバーだった。
 そこでカクテル作りにのめり込み、気が付けば拙い接客でもルドルのカクテル目当てに来てくれる客がいるほどまで上達したのだが、そこで突然の閉店である。

「ほ、本当に、セブさんには感謝してます。」
「俺もまさか、ここまで美味しいお酒を出してくれる子だとは思ってなかったから。いい拾い物だったよ。」
「ひ、拾い物って……。」
「拾い物は冗談だけど、美味しいのは本当だから。俺の好みもちゃんと覚えてくれるしね。」
「あっ……す、すいません。」

 ペロッと塩を舐める舌が厭らしく思えて、ルドルは赤く染まった顔を伏せる。
 基本的に塩辛いものが好きなことは、頼む料理や好む酒で気付いていた。そのためルドルはセブがソルティードックを頼むときは、必ず塩を多めに縁に付けるようにしていたが、まさか気づかれていたとは思わなかったのだ。

「なぜ謝る?気配り上手はいいことだ。上司に君の爪の垢を飲ませてやりたいよ。」
「そ、そんな……。」

 ルドルが常連客の好みを覚えるようにしているのは、それ以外で自分に魅力がないと知っているから。目立った顔立ちでもなく、会話上手でもない、そんな自分にできるのは、客が美味しいと思うお酒を出すことだけだから。

 ピリリリリッ

「あ、ごめんね。」 
「い、いえっ。」

 突然響いた着信音に、セブが静かに店を出る。
 セブがいなくなったことで、嫌な緊張が解け、ルドルは安堵の息を吐いた。セブと話していると、楽しい反面、自分の手の内を全て晒されてしまいそうで怖くなる。

 数分後、少し焦った様子のセブが珍しくツケで店を出ていった。支払する時間も惜しい程の何かがあったらしい。

「あれ?ルドル君、それ、セブさんのじゃない?」
「え?……あ。」

 マスターの指差す先には、セブが良く吸っている銘柄の煙草とお気に入りだと以前話していたジッポーライターが落ちていた。

「今度来たときでも大丈夫でしょうか?」
「うーん、セブさんヘビースモーカーだからなぁ。一応追いかけてみてくれる?間に合わなかったら預かっておこう。」
「わ、分かりました。」

 あれだけ急いで出ていったセブに追いつける自信は全くないが、とりあえず、という気持ちでルドルは店を飛び出す。

 急いでいるなら、きっと車かな。ここから一番近い大通りは……。

「はぁっ……は……あ、いた!」

 辺りを注意深く確認しながら大通りへと向かっていたルドルの視界に、見慣れたスーツ姿が映った。予想通り車を呼んだらしい。黒い車がセブの目の前に止まっている。

「せ、セブさんっ、忘れ物が……。」

 車の中に入ろうとする姿に、慌ててルドルが叫んだそのときだった。

「……あれ?」

 ふわっと苺のような強い香りが漂い、ルドルは足を止めて辺りを見回した。近くにはもちろん八百屋はない。

「若、どうかしました?……あれ、ルドル君?」
「……あ!あ、あのセブさん、忘れ物が……っ?!」

 セブの声にルドルは我に返り、車へ駆け寄るが、セブの背後で見えた男の姿にその足をもう一度止めた。
 苺の匂いが一段と強くなる。
 車に乗っている男が纏う雰囲気は、明らかに一般の、普通の会社に勤めているような人間ではなく、ルドルから離さない強い視線は、まるで黒豹のように鋭い。

「……。」
「ルドル君?」

 セブの声が遠くの方で聞こえる。ルドルの中で、恐怖と嬉しさが入り混じって、その場から動けなかった。

 この匂いは。だって、この匂いは。

「セブ、そいつをこっちへ……いや、いい。」
「おい、ジャス……え、まさか……。」

 ゆっくりとした動作で、しかし確実に、男が車を降りてルドルへと近づいてくる。
 現れたのは濃いグレイのスーツを纏った、体格のいい黒髪の男だった。ギリギリ百七十センチあるルドルを悠に越えている。

 逃げたい。怖い。でも、でも。

 男の醸し出す威圧感に、足が竦みそうになる。捕食される、そう思えるほど強い視線はルドルが逃げるのを許さないだろう。
 同時に感じるのは、甘い、強い苺の香りに、喜ぶ本能。

「……っ。」
「逃がさねぇよ。」
「ふ、ぅっ?!んっ。」

 近い距離に一歩下がったその時、伸ばされた手でルドルの頭が固定され、無理矢理口内に熱いものが捩じ込まれた。

「んむっ、う……っ。」

 一層強く自分を包む香り、口腔内を蹂躙する熱、何より目を反らせない強い瞳。全て現実だが、頭が受け入れきれない。

「……ぷは、っ……はぁ、はっ。」
「まさかこの歳で見つかるとはな。」

 ようやく口が離れ、零れる唾液を拭うこともできず、ルドルは必死に酸素を取り込んだ。それでも、口内にまだ舌が這わされているようで、顔が熱くなる。

「奴らが来ますっ!」
「ちっ……あぁ、今行く。こいつも連れていく。」
「え?!お、俺、仕事がっ。」
「仕事だ?」
「ひっ!」
「ジャスッ!」

 焦ったようなセブの声に、ルドルは男によって強引に車へと押し込まれた。

「ま、マスターが……。」
「ごめんね、ルドル君。マスターにはこっちから連絡しておくよ。」
「し、仕事……。」

 スモーク張りの窓から流れる景色に未練を残すルドルだったが、腰へと巻き付けられていた腕に体を引き寄せられ、今の現状を思い出した。

「俺の隣で仕事の心配か。いい度胸だな……ルドル。」
「っ!」

 耳元で囁かれた低い声は、少し怒気を含んでおり、嫌でも体が強張る。もはや、横に視線を移すことはできなかった。

「若の番ならいいのに、と思ってたけど……本当に番だとは思わなかった。」
「わ、わか……?」

 助手席で先程よりも穏やかな声色で話すセブの台詞に、聞きなれない言葉が混じり、ルドルは首を傾ける。

「ジャス、だ。」
「え?……ひぃっ!!」

 セブの返事を待っていると、顔を無理矢理男の方へと向けられ、頬をべろりと舐めらた。

 く、食われる。

 青ざめるルドルを余所に、ジャスは頬から首、首から項へと舌を這わせていく。

「……最初は良いホテルがいいか。セブ、さっさと始末しろ。」
「それは流石に……って、分かりましたよ。」

 後部座席との仕切りが急に現れ、セブの声が全く聞こえなくなった。車のエンジン音だけが聞こえる空間で、ジャスの指がルドルのシャツの中へと入っていく。

「せ、セブさ……んむっ。」
「次俺以外の名前を呼んだら、ここで突っ込むからな。」
「つ、つっこ?!」

 恐ろしい脅し文句と共に離れた唇が、再び首筋へと舌が這わされ、もちろんルドルが伸ばした手は、ジャスの手が絡められていた。





 カランッ

「あ……い、いらっしゃいませ。」

 鐘が響き、入り口へと顔を向けたルドルはその顔に僅かに朱を混じらせる。薄暗い店内でそれに気づいた者はいなかった。

「ロック。」
「あ、はい……じゃ、なくて、う……うん。」

 何の、と尋ねる必要はなく、キープしている高級ウィスキーを小さめの氷をグラスに入れて差し出す。
 目の前の、男が座るその場所は、もはや誰も座ることがない専用席となっていた。
 常連客達は、男の出現に一部の者は静かに店を出る。それ以外は気配を消しグラスを傾けていた。

「ちゃんと付けてるな」
「……っ、う、うん。」

 突然伸ばされた指が、自分の耳朶に、正確には耳朶につけられた赤い石へと触れる。
 仕事に復帰するための条件の一つがこの石だった。
 それ以外でも、新たに常連客となり、後ろで静かに酒を飲んでいる男がジャスの部下だということにも気付いている。

『ジャスは執念深いし、嫉妬深い。それは諦めてね。』

 ジャスが現れるようになってから、あまり顔を出さなくなっていたセブが、ピアスを見て笑った台詞が頭から離れることはない。

 カウンター越しに強い視線を向けられ、ルドルは甘い苺の匂いに唾液を飲み込んだ。



終わり


ルドル:二十三歳。平凡男子バーテンダー。基本的にビビりな性格。

ジャス:二十七歳。次期組長。若頭。番の出現を諦めていた中でルドルが現れ、執着・溺愛する。

ぽる様リクエストありがとうございました。

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