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モリの場合
王族×使用人/少し長め

 この世界には番と呼ばれる自分にとって唯一の存在がいる。他種族間でも番が存在するため、匂いが番を判断する全てだった。



 それはとある朝のこと。

「……カルガ様、そろそろお支度を。」
「……。」

 扉をノックするが、主からの返答はない。蜜月、というのは表向きで、番が出来たばかりの王族は大抵が役に立たなくなるだけの話だ。
 幼き頃より無表情で淡々と仕事をこなしていたカルガですら、番と出会ってから重要な仕事や打ち合わせ以外は番に宛がわれた部屋から出てこない。同性では珍しいことだが、番に卵殻があると分かってからは、陛下公認で小作り中なのだ。

「……今日は駄目そうだな。」
「申し訳ありません」

 モリは、後ろで少し疲れた表情を浮かべる事務官へと頭を下げた。王族の精力を知っている者同士、カルガに番が出来てからはこのやりとりは恒例行事となっていた。
 モリ自身としては、長年使えてきたカルガの幸せにうれしくて仕方ないのだが、時折現れる事務官達の表情を見ると少し申し訳ない気持ちになる。

「モリのせいではない。今回は特に、卵殻を持つ番様だ。カルガ様が夢中になるのも分からぬわけではない。」
「そうですね。あまり物事に関心を持たれなかったカルガ様が夢中になるほどとは……やはり番様の力はすごいですね。」

 卵殻があると判明したときのカルガを思い出し、モリは笑顔を浮かべた。あれほど喜び興奮して陛下へ報告しているカルガは、モリが仕えて初めて見るものだったのだ。

「では、私は仕事に戻る。もし、カルガ様が出てこられることがあれば、今夜のハクコ国の方々との晩餐会について再度打ち合わせをしたいことがある、と伝えてほしい。」
「カルガ様も晩餐会のことはご承知されていますので、今日中にはお伝えできると思います。」
「よろしく頼む。」

 忙しそうに戻る事務官を見送り、モリは再び主がいつ現れても大丈夫なように物品の補充や点検を始めた。

「浴室の物品が少なくなっています。すぐに補充を。ローションも追加して下さい。」
「分かりました。」

 行為の後、必ず体を清めたいと希望される番のため、カルガが自ら番を浴室に運ぶことが多く、番が使用人の介入を拒むため、浴室での物品不足はモリ達使用人の命とりとなるのだ。
 もちろん入浴後の冷たいレモン水も補充すみである。
 他の使用人に指示しながら、カルガが自分達を呼ばずとも、全て用が済ませられるよう支度を整えると、モリは主と番の夫婦生活を営んでいる寝室へと頭を下げて部屋を出た。

「モリ。」
「ホトリさん、お疲れ様です。」

 カルガの部屋のすぐ傍にある使用人部屋へと戻れば、先に仕事が終わっていたホトリがお茶を飲んでいた。手招きされ、モリも近くのポットからお茶を汲んで隣へと座る。
 ホトリには王室仕え見習いのころから厳しく、ときに優しく指導された。カルガの使用人へ昇格したのも、第一王子に仕えるホトリの推薦があったからと聞いているため、モリにとっては師匠に近い存在である。

「カルガ様、無事に番様が見つかり本当に良かったね。」
「はい!リュウ様が来てから笑われることが大変多くなりました!」
「こら、声が大きい。」
「あ……すいません。」

 勢いよく立ち上がってしまった自分が恥ずかしくなり、モリは慌ててゆっくりとした動作でもう一度椅子へと腰かける。何かに興奮するとつい声が大きくなってしまうのは、ホトリからも何度も注意されるモリの癖だった。

「主の幸せな姿に喜びを感じるのは使用人として当たり前だから、今回は許してあげよう。」
「す、すいません。」
「そういえば……モリはもう番を見つけたの?」
「え?い、いえ……俺はまだ。今はカルガ様に仕えることが一番の幸せですから。」

 突然の話に、モリは顔が赤く染まるのが分かった。昔から王室に仕えることだけが目標だったモリにとって、番の捜索は二の次、偶然出会えればそれでいいとすら思っていた。そのためか、番に仕える知識は豊富でも自分のこととなるとどうしても羞恥が勝ってしまうのだ。

「カルガ様もよい番様を見つけられたのだから、モリもそろそろ動いてみたら?そろそろ二十四歳になるよね?」
「そ、そうですが……今は、大事な時期だからこそ、カルガ様達のことを第一に考えたいんです。」

 ホトリには第一王子に仕える前から番がいると聞いている。相手の詳細は不明だが、時折番休暇をとっていることから仲が良いのは想像に容易い。一方のモリは、来月で二十四歳、つまり番を見つけるギリギリの年齢が近づいてきていた。
 顔を真っ赤にして俯くモリに、ホトリは困ったように頭を撫でる。

「まぁ、番との出会いは運命だからね。本当なら卵殻を持つ番様のために、同じく卵殻のある者が近くに入ればよいのだけれど。」
「……そ、そうですね。」

 チリンッ

「……っ!」

 ふと、響いた鈴の音に、モリは慌てて立ち上がった。使用人たちは主の鳴らす鈴の音色や音程を聞きわけることができる。今響いたのは間違いなくカルガの鈴だった。

「す、すいません。ホトリさん。」
「あぁ。カルガ様か。珍しいこともあるな。」
「失礼します!」

 あの音色が鳴るなんて……。何か不手際でもあったのだろうか。

 カルガは身支度をほぼ一人で行うため、あまり鈴が鳴ることはない。だからこそモリも一人でも不自由なく過ごせるよう、最善の注意を払って準備している。しているつもりであった。
 焦る気持ちを必死に抑え、数刻前とは違う気持ちで扉をノックした。

「カルガ様、失礼いたします。」
「……入れ。」

 静かな返答に怒気は感じられない。モリがゆっくりと扉を開ければ、番がカルガに横抱きにされた状態でこちらを見ていた。
 寝巻を着ているにも関わらず、除く首筋には赤い痕がいくつも散りばめられている。入浴後のためか、ほんのりと赤い頬が更に情事後の雰囲気を強くさせていた。しかし、それに動揺するモリではない。
 それよりも、二人の時間を邪魔してしまった何かへの不安の方が強かった。

「何か不都合がございましたでしょうか?」
「いや。リュウがこの果実を気に入ったらしい。明日も準備できるか。」
「ちょっ、カルガッ。」

 これ、とカルガが指差した皿は既に空だったが、部屋全体の物品を記憶しているモリには直ぐにそれが分かる。

「果実……白桃ですね。今は丁度旬でございますので、もちろん御用意致します。そのままでも美味しいですが、氷菓子にしても美味しいかと。」

 今の時期の白桃は最も甘味が強く、生で食すのも美味だが、冷やしてシャーベットにするのもおススメだと料理人からは情報はもらっていた。

「それも準備しておけ。」
「かしこまりました。」
「あ、あの……すいません。ありがとうございます。」
「番様が謝られる必要はありません。喜んで準備させていただきます。」

 顔を真っ赤にして頭を下げる番に、王族ならば当たり前の命令であったため、お礼を言われることに少し驚きながら、モリは笑顔を浮かべる。

 カルガ様は本当によい番様を見つけられた。

「カルガ様、明日の準備について、再度確認したいことがあると伝達をいただいております。」
「分かった。」

 カルガからはそれ以上の言葉はなく、モリは静かに部屋を去った。もちろんすぐに向かうのは厨房である。きっと料理人もカルガからの依頼に喜ぶに違いない。
 もともと白桃には微量だが媚薬が入っており、卵の生成を促進する作用もあるため、卵殻がある番へ好んで出されるのだが。
 嬉々として先程の希望を厨房へ依頼し、再び使用人部屋へと戻ろうとしたそのときだった。

「あ、見つけたかも。」
「え?本当ですか……って、ちょっと!」
「わっ……え?!何っ?!何っ!」

 突然体が宙に浮き、モリは目を見開く。廊下で声を荒げるなど使用人として言語道断なのだが、それでも頭が状況に追いつけなかった。

 ガチャ

「モリ?そんな大きな声を……え?」
「ホ、ホトリさんっ!」

 声に気付いたホトリが使用人部屋から出てきたのだが、モリの後ろを見つめたまま動かなくなる。いつも、何があっても平静を保つ彼には珍しいことだった。

 何、何がどうなってるんだよ。

「どうした、騒がしい……ぞ?」
「どうされまし……た?」
「モリ、騒がし……。」

 騒ぎを聞きつけたらしいカルガや事務官、護衛達が集まる中、皆が皆、同じくモリの後ろを見つめて固まる。人だかりの中心で、モリは冷や汗が首へ伝うのが分かった。
 固まる首を必死に動かし、自分を俵抱きしている人物へと視線を移すが、見えるのはプラチナの柔らかそうな髪のみ。しかし、その髪色は人物を予測するのに十分な情報だった。
 なぜなら、現在王城でその髪色を持つ人物は一人しかいない。

「イセ。お前は何をしているんだ。」
「え?何って、愛しの番君を抱き上げてるだけだよ。」
「それは、抱き上げてるというのか。」
「んー、まぁ?」

 今集まっている人物で、唯一対等に喋れる存在のカルガの質問に、銀髪の男が楽しそうに笑った、らしい。モリには体の振動しか判断する材料がないのだ。
 イセ、と呼ばれる存在になぜか俵抱きされている自分。それよりも、重要なのは、先ほど会話で普通に混入していたある言葉だった。

「……番?……うわぁっ!」
「そうだよ、番君。だから、君の名前が知りたいんだけど。」
「ひっ……。」

 視界が回転し足が地面についたかと思えば、後頭部しか見えていなかったイセの顔が間近に迫る。ハクコ国の王族特有とされる銀髪、銀色の睫や眉毛、何よりも透き通るような白い肌に一際目立つ、藍色の瞳がしっかりとモリを見つめていた。逃がすつもりはないらしく、モリの両肩にはイセの手が乗せられている。
 カルガが精悍な印象を与える美形だとすれば、イセは爽やかな、しかし儚げな印象を与える美形だろう。そんな彼に見つめられ、一瞬顔が火照るが、モリは直ぐに表情を曇らせた。

「わ、私はイセ様の、つ、番じゃありません……。」
「……何を言ってるの?」
「す、すいませんっ。でも……。」
「でも?」

 イセは穏やかな表情を崩さないが、モリはビリッとした悪寒が背中に走るのが分かった。もちろん、自分達の様子を伺う周囲が、モリの言葉に動揺していることも分かっていた。それでも、言わなければいけないのだ。なぜなら。

「で、も……に、にっ。」
「に?」

 既にモリに藍色の瞳を見る勇気などない。何度か唇を噛みしめると、モリは絞り出すように声を漏らした。

「匂いがしま、せん……。わ、からない、です。」
「……え?」

 俵抱きされても、手を伸ばせば触れられる距離の今も、モリには何の匂いも“感じない”のだ。
 匂いで番が分かる。それは幼いころから教え込まれる常識だった。互いに匂いを認めて初めて番と分かるのだ、と。
 申し訳なさに、モリは唇を噛みしめて床を見つめていた。
 このまま土下座して許されることではない。一国の王子に番間違いなどと屈辱的な行動をさせてしまったのだ。もはや城勤めなど無論、真っ当に働くことすらできないだろう。否、自分だけの問題ではなくなり、国同士の争いに繋がることも……。

「……カルガ、どういうこと、これ。」

 イセの言葉に、モリは体を強張らせる。
 しかし、次にモリの体に与えられたのは、数分前と同じ浮遊感だった。しかし今度は俵抱きではなく、まさかの横抱きだ。

「可愛い。可愛すぎる。本当、可愛い。サクラ、今すぐ帰ろう。早く結婚準備しないと。」
「イセ様、さ、さすがに今すぐは無理ですよ。我々の我儘を暖かく受け入れて下さったルガ国王の顔に泥を塗るつもりですか!それに、番様はルガ国の使用人ですよ?そんな簡単に手続きなど……。」
「やっぱり?でも、無理。こんな可愛い子と離れるなんて絶対無理。」

 何度も背中を撫でられ、頭上で続けられる会話に、モリは訳が分からなかった。今にも泣きそうな顔で周囲を見渡せば、優しく微笑むホトリと視線が合う。

「ホ、ホトリさんっ。」
「モリは……番様は知らなかったのですね。ハクコ国の方々は嗅覚に大変優れていらっしゃるので、番同士の匂いも微量なんだそうです。」
「……へ?」
「そうそう、だからモリは俺の大事な、大切な番だよ。」

 ポンポン、と優しく太腿を叩かれながら、口調の変化したホトリの言葉をゆっくりと頭が理解していく。

「……え?」
「……やっと、やっと見つけたんだ。間違えるわけないよ、モリ。」
「……っ!」

 誰もが魅了されるに違いない、満面の笑みを浮かべるイセに見つめられ、モリは顔を真っ赤に染め上げた。
 その後大至急行われた会議により、満場一致で承認されたモリは、数日後にはハクコ国へ嫁ぐこととなる。



終わり

モリ:二十三歳。ルガ国第二王子カルガの専属使用人。
イセ:二十五歳。長年探しても番が自国にいないため、ルガ国を訪れていた。

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