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チトセの場合
イケメン×ゲーマー平凡

 この世界には番と呼ばれる自分にとって唯一の存在がいる。番との出会いは突然であり、必然でもある。


「チトセ、今日うち来ない?今日こそ武器完成させようぜ。」
「行く!」

 最後の授業が終わり、部活に向かうもの、足早に帰宅するもの、様々な生徒が行きかう教室で、某ゲームの狩り仲間でもある友人の言葉に、チトセは満面の笑みを浮かべた。
 クラスでも平凡中の平凡、しかもゲーマーなチトセにとって、顔良し成績良し人当りよしの三拍子が揃っているにも関わらず、同じゲーマーとして仲良くしてくれる友人。
 一人でもモンスターを倒すこともできるのだが、効率よく素材を集めるなら気の知れた仲間で狩るのが一番早い。友人はチトセの知る中でもかなりの上級者だったため、誘いに乗らない手はなかった。



「あれ?」
「どうした?」

 友人の家に着いた途端、家の前に止まっている車に友人が顔を傾ける。

「兄貴が帰って来てるから珍しいなーって。」
「え?兄貴いたんだ。」
「もう家出てったし、全然帰ってこないけどな。」
「いいなー。俺一人っ子だし兄貴とか憧れる。」
「そうか?うるせぇだけだぜ?ただいまー。」
「お邪魔します。」

 友人の家にはよく来ていたのだが、兄弟がいるなど初耳だった。普段通り、まだ両親の帰って来ていない家に、チトセは僅かな緊張と共に足を踏み入れる。もしかしたら兄が出てくるかとも思ったが、家の中は暗く静まり返っている。

「先に部屋上がってて。飲み物持ってくる。」
「ありがと。」

 勝手知ったる足取りで、チトセはいつも通り二階へ上り、友人の部屋の扉へと手を伸ばした。
 ふと、隣の部屋に視線が移る。言われたことはなかったが、おそらくここが兄の部屋なのだろう。

「う?」

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、爽やかなライムの香りがした気がして、チトセは首を傾ける。まわりを見渡しても、芳香剤のようなものは見つからなかった。

「チトセ?何してんの。さっさと入れば?」
「あ、うん。」

 きょろきょろ見回すチトセだったが、背後から聞こえた友人の声と甘酸っぱい匂いのする飲み物に鼻をひくつかせる。

「なにそれ?」
「蜂蜜レモン。最近のかあちゃんの新作らしい。結構旨いんだぜ。」

 満面の笑みを浮かべる友人に、先ほどの匂いはこれだったのか、と友人そっくりの美人な母親を思い出しながら、チトセは友人のために部屋の扉を開けた。


「罠設置。」
「ありがと。」
「後ろ来てるぞ。」
「うん。」
「よし、倒した。素材集めとけよ。」
「助かる……おっ、やっと集まったー。」
「おー、お疲れさん。」

 部屋に籠って、ひたすら狩り続けること数時間。手際よく補助してくれる友人のおかげでようやく腰の装備以外を作成することができた。

 コンコン

「ん?兄貴かな。」

 一息ついたと同時に部屋にノックの音が響く。扉へと向かう友人へと視線を向けたチトセは、友人の背越しにいつの間にか夕暮れの赤にそまった空に気付き、壁かけ時計を確認した。

「うわ、もうこんな時間か。早く帰らなきゃ……ん?」

 ゲーム機を片付け始めたチトセの鼻に、再びあのライムの香りが届く。友人が持ってきた蜂蜜レモンは既に飲み干していたはずだ。

「兄貴?」

 首を傾けながら帰り支度をしていた背中に、不思議そうな友人の声が聞こえる。挨拶をしなければ、と振り返った先にいたのは、美形な友人を髪の色を変えて大人っぽくしただけとも思えるそっくりな顔。その亜麻色の瞳は、チトセの姿を凝視していた。
 同時に、部屋に満ちてくるライムの香り。

「……え?」

 どくっ、と胸が鳴り、チトセはようやくその香りの正体に気が付いた。おそらく友人の兄も分かったに違いない、否、チトセが番だと確信している。

「兄貴?」
「っ、あ、あぁ……母さんから、今日の夕食は外行くかって連絡があった……友達か?」
「そう。すげぇ気の合うゲーム仲間。」

 友人の声に、ようやく我に返った兄だが、一度友人へと戻した視線を再びチトセへと向けてきた。ライムの香りに、僅かに頬を赤く染めていたチトセも友人の存在を思い出し、慌てて姿勢と表情を真面目なものへと変える。

「は、初めまして。チトセです。」
「こいつの兄貴で、ムカイだ。」
「チトセー、いくら初めて会うからって緊張しすぎだって。どうせそんなに帰ってこないんだから。」
「あ、うん。」

 にこやかに笑う友人の手前、兄が自分の番だとは言い出せず、チトセはぎこちない笑みを浮かべるのに必死だった。

「……じゃあ、俺帰るわ。暗くなってきたし。」
「本当だ。気をつけてな。」
「うん。じゃ、じゃあ。」

 すでに準備していた鞄を握りしめ、チトセはこれ以上匂いを嗅がないよう息を詰めると、友人の前に立つムカイの側を足早に通りすぎた。嬉しくて抱きつきそうになる衝動を握りしめた手に力を入れることでなんとか抑える。

「それじゃ、また狩りやろうぜ。」
「ま、またな。」

 友人が当たり前のように玄関までついてきたため、ムカイがチトセを追いかけてくることはなかった。
 何も知らず手を振る友人が玄関扉で見えなくなった途端、チトセは家の前で力なく崩れ落ちる。立ち上がろうにも今体験した衝撃がすごすぎて、手が震えてしまった。

「う、嘘だ……。」

 座り込んでしまったのは、他にも理由がある。

「嘘じゃない。」
「……っ。」

 玄関から出た途端、ライムの香りが強くなるのが分かったのだ。予想通り、地面しか映っていない視界に、少し汚れたスニーカーが入り込む。
 顔を上げれないチトセの脇にムカイの腕が差し入れられたかと思うと、玄関に停められていた車の後部座席へと強引に押し込まれた。

「んっ、ぐ。」

 狭い車内。扉が閉じられた途端、競るように重ねられた唇は、かさついているものの熱く柔らかい。

「ん、ふ……。」

 息苦しさに口を開けば、口内に舌が侵入し、チトセのそれと強引に絡められた。止まらない口付けに、固く閉じていた瞳を僅かに開ければ、至近距離で揺らめく亜麻色と視線が合う。
 友人と似た顔。しかし、にこやかな友人のものとは違う、大人びた、熱を持った強い瞳。舌は激しく口内を嬲るくせに、チトセの藍色の髪を撫でる手は優しかった。

「チトセ……チトセ……。」
「ぅ……イ、さ……。」

 唇が離れても、口端、頬、こめかみ、首筋と次々に触れてくる熱。触れるたびに名前を掠れた甘い声で囁かれ、ライムの香りに満たされた車内で、チトセはムカイの服を握りしめた。
 しかし、これ以上は進めないと判断したムカイはゆっくりと自分の体をチトセから離すと、まだ自分の裾を掴んでいる手を解き、その手に自分のポケットから取り出したものを握らせる。

「家の住所教える。勝手に入っていいから。明後日から出張だから俺はいないけど、チトセなら気にしないし。」
「え?」
「あと、チトセの家にも挨拶に行くから、住所教えて。」
「へ?」
「高校卒業したら、一緒に暮らそう。あいつと一緒だよな?だったらあと一年か……クソなげぇ。」
「……い、一緒……。」

 困惑するチトセを余所に、ムカイは顎を触りながら真剣な顔であれこれ呟き続ける。これは友人も何かに夢中になったときによくしていた動作だった。

「ふはっ。」

 顔ばかりでなく動作も似ている兄弟に、チトセは思わず吹き出してしまう。突然笑い出したチトセに、ムカイは眉間に皺を寄せて目をパチパチ瞬かせた。これまた友人と同じ動作に、チトセの笑いは止まらない。

「何で笑うんだ?」
「あははっ、だって、兄弟そろって同じ動きするから、ははっ。」
「……。」
「ふくくっ、あははっ……っ、あ、そ、その……本当に似てて……ご、ごめんなさい。」

 自分の笑い声だけが響く車内に、チトセはようやくムカイの表情に苛立ちが混じっていることに気が付いた。友人に似た美形な顔は不機嫌な顔をすると怖さも増幅され、高揚していた気分も急降下する。
 落ち着かず視線を彷徨わせていたチトセに、ムカイは小さくため息をついた。

「悪い。怖がらせたな……似てるのは兄弟だから仕方ねぇけど……。」

 俺の前で違う男の名前出すなよ、と低い甘い声を耳元で囁かれ、チトセは顔を真っ赤に染め上げる。友人とは違う、しっかり声変わりした低い大人びた声、充満するライムの香り。チトセが何度も首を縦に振るのはそう時間がかからなかった。


終わり


チトセ:十七歳。これといって特徴のない体系と顔だがゲームに対する熱は人一倍。ゲームがないと生きていけない。
ムカイ:二十四歳。近所が羨む美形家系の長男。外資系会社勤務のため出張が多い。実は童貞。


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あきゅろす。
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