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アキラの場合
真面目攻×ひねくれ受

 この世界には番と呼ばれる自分にとって唯一の存在がいる。番の香りはどんな相手でも惹かれずにはいられなくなると言われている。


『“あの”ミツに番が出来て学校を休学するらしい。』

 その噂を耳にするたび、アキラは胸が苦しくなっていた。

『アイツが番じゃなくて良かった。』

 あのとき、つい自分が口にしてしまった言葉に振り返ったミツの顔が今でも忘れられないのだ。
 睨み返してはきたものの、振り返った直後は酷く傷ついた顔をしていた。普段から無表情か不機嫌な表情ばかりだったミツが初めて見せた違う顔。
 何も考えずに話すため、いつの間にか相手を傷つける言葉を発してしまうのはアキラの悪い癖だった。

 番になりたくないって思われるのはきっと自分の方だ。

 その日も後悔したまま自宅へ帰ったのだが、次の日からミツが学校を休んでしまったため、結局今も謝罪できていない。
 そして、学校に広まった番の話題。普段ならば『祝福』すべきことだったが、生徒達はミツの番が『誰』なのか、なぜ休む必要があるのか、と違った興味を引く話題となっていた。

「アキラー、お前聞いたか?ミツの話。」
「……あー、うん。」
「本当だと思う?」
「んー……うん、まぁ。」
「おい、ちゃんと人の話聞いてる?」
「んー。」

 やはり思い浮かぶのはあの傷ついた顔。アキラは適当に返事をしながら拳を握りしめた。

「……ったく、あ!カヅキ先輩だ。」

 反応の薄いアキラに首を傾げていたクラスメイトが、ある人物を見つけて思わず顔を赤らめる。
 アキラがゆっくり視線をそちらへ向ければ、そこには学校でも人気の高い先輩の姿があった。
 すらりとした細見にも関わらず、180pは超えているらしい身長、穏やかなで優しそうな灰緑色の瞳、綺麗な鼻筋が特徴の整った顔立ちで、一家全員が格好いいと専らの噂だった。何よりまだ番が見つかっていないと言うのが、彼が後輩の人気者である一番の理由だった。

『番は互いに適齢期にならなければ、特有の匂いを発しない』

 これは番制度を学ぶ上で一番最初に教えられる項目の一つ。つまり番が自分よりも年下の場合、相手が適齢期になるまで匂いが分からないということになる。
 既にカヅキ先輩自身は適齢期に入っているが、校内に番はいない。それはもし学校内にカヅキ先輩の番がいるとするならば、同級生や上級生ではなく下級生ということになるのだ。

「はぁ……格好いいよなぁ。俺はミツよりカヅキ先輩の番が誰なのか気になるわ。」
「んー。」

 しかし、アキラはカヅキの存在が苦手だった。優しそうなあの瞳に、自分の悪い部分を全て見透かされるような気がしてしまうからだ。

「……っ!」

 つい、ジッと見つめていると、カヅキが突然こちらを振り返った。視線が重なった気がして、アキラは慌てて視線を机へと戻す。

「こっちにカヅキ先輩が来るなんて珍しいのに反応薄いなぁ。……あ、アキラはカヅキ先輩に興味ないんだったか。」
「まぁ、興味はないけど……。」

 今はカヅキのことより、ミツの方が気になるのだ、とは言えず、アキラは頬を冷たい机へとくっつけた。木のいい匂いがして、自然と瞼が落ちていく。

 やっぱり今度ミツの家に行って、謝ろう。



「……え……んで。」
「なにな……う……まさ……。」

 このまま授業まで眠ろうと決めたアキラの耳に、周囲のざわつきが届く。その声は徐々に大きくなっていた。

「……ラッ、おい、起きろっ。」
「んー……。」

 体をゆすられるのだが、どうしてかアキラは机から香る木の匂いが心地よくて瞼を開けられない。

「……よ。俺が……ら。」
「……んーっ……や。」
「大丈……。」

 頬に誰かの手が触れる。ひんやりとした感覚に、無意識に顔を摺り寄せてしまう。すると、頭上から笑い声が聞こえた。
 こんな穏やかな声で笑う人など友人にいただろうか。

「……だ、れ……?」

 必死に重い瞼を開けると、ぼやけた視界の中で灰緑色が映る。
 この色どこかで……。

「君の番だよ。やっと出逢えた。」
「……がい?…………え?」

 鮮明になった世界で、恐ろしく近くで微笑むその人物にアキラは目を見開いた。

「え?」
「カ、カヅキ先輩っ!今の言葉って本当ですか?!」

 興奮気味な友人の声が遠くの方で聞こえる。
 机から香っていたと木の香りが彼からするのか。なぜこんなにも胸が高鳴るのか。
 なによりも、どうして人気者の彼が自分に満面の笑みを浮かべているのか。

「カヅキ先輩の番がアキラなんですか?!」
「そうみたいだね。アキラ?君からすごくいい匂いがする。」

 クン、と首筋に鼻を近づけられ、アキラは顔を朱に染めた。その途端、なぜかぶわっと木の香りが強くなり、体の力が抜ける。まるで木天蓼を得た猫のような酩酊した心地に、アキラの中で恐怖が生まれた。

「ち、近づかないでっ。」
「アキラ?!お前カヅキ先輩に何て言葉を……っ。」

 友人が懸念するのも分かるけど、人気者のカヅキ先輩と、ひねくれ者の自分。立場が違いすぎて、本当に番なのか自信がない。

「あぁ、ごめん。きっと俺が匂いを強くしちゃったから、戸惑ってるんだよね。」
「……っ。」
「大丈夫。本当にアキラ君は俺の大切な番だよ。」

 また近い、と思った瞬間に頬に触れた熱。周りから聞こえる騒ぎ声と共に、アキラだけに聞こえる声で「大事にする」と囁かれ、心から湧き上がる本能的な嬉しさに涙が零れた。

 ミツも、こんな風に幸せを感じていればいいな。


終わり

アキラ:十六歳。基本的に不器用。カヅキの真っ直ぐな視線が苦手。

カヅキ:十八歳。番に興味はなかったが、アキラを見つけてからは番一筋となる。アキラの泣き顔が好き。

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