[携帯モード] [URL送信]
ハルの場合A
ハルとユーグの過去話。番と判明するまで。(500000リク)

この世界には番と呼ばれる自分にとって唯一の存在がいる。番の香りはどんな相手でも惹かれずにはいられなくなると言われている。その瞬間は突然訪れる。


「はい、おみやげあげる。」
「ふんっ、おまえのかったものなんていらない。」

 不愛想な表情で差し出された、甘いお菓子のお土産をハルは乱暴にユーグへと押し戻す。連休中、ハルの両親は忙しくどこにも出かけることができなかったのに、幼馴染のユーグは有名なテーマパークへ行ったらしい。悔しさと寂しさでハルは結局お土産を受け取ることはできなかった。

「おい、あやまれよ。お前がこわしたんだろ。」
「っ……か、勝手に倒れたのがわるいんだよ。別に俺はわるくない。」

 修学旅行で自分達で絵付けした模様がパッキリ二つに割れてしまった皿を持ちながら、今にも泣きそうな顔をするカヅキに申し訳ない気持ちを抱きながら、ハルは同じく壊れてしまった自分の皿を握りしめ、視線を床へと落とす。
 そもそも、ハルが机にぶつかってしまったのは、廊下でこっそりこちらを伺っている同級生のせいなのだ。しかし、友人達に責められるのは自分だけ。
 カヅキを慰めながら冷たい視線で自分を叱るユーグに腹が立つ。結局一度も謝罪の言葉を口にしないまま、カヅキがハルを許してくれた。

 昔から何故一緒にいるのか分からないほど、ユーグとハルは気が合わない。それでも一緒にいるのは、小学校で出会ったカヅキがいるからだった。カヅキとは気が合い、何時間でも馬鹿なことで話し続けられる。趣味や好きなことも似ているため、本当に楽しいのだ。
 家が近所でなければ、両親同士が仲良くなければ、趣味も好きなものも正反対、会話も無言が多く成り立たないユーグと関わることはなかっただろう。


「番かぁ……俺はいらないなぁ。」
「カヅキはほしくないのか?」
「うん。だって会えるかどうかも分からないのに、期待しててもね。」

 中学生になり、徐々に周りも自分も番に興味を抱く頃、ふと話題になった番の話。優しく、周りからも人気のあるカヅキから出た言葉に、ハルは目を丸くした。

「会えるかわからない?」
「そうだよ。先生や大人たちは番の話をするけど、結婚してない人もたくさんいるからね。ユーグはほしい?」
「別に今はほしいと思ってないな。」
「だよね。ハルは?」
「……ほしくない。」

 誰が番だったらいいのに、など楽しそうに話し合う周りとの意見の違いに、ハルは二人にばれないよう唇を噛み締めた。

「ただいま。」
「おかえり、ハル。今日パパ帰ってくるって。ごちそう作ってるから楽しみにしててね。」
「ん。」

 軽く化粧をして、嬉しそうに台所に立つ母親。きっと今夜の食卓に並ぶのは父親の大好物ばかりだろう。どれほど仕事が忙しくても、ハルの両親は互いが揃う時間を大切にする。ハルより夫や妻を優先することも多々あった。しかし、ハルが不満を抱いたことはない。例え勘定の種類が違っても、愛されているという自覚はあるからだ。
 番を持つ幸せを両親を通じて感じているからこそ、今日のカヅキとユーグの言葉がハルには信じられなかった。

「ハルは進学先決めたのか?」
「まぁ。」
「ユーグ君やカヅキ君と一緒なんだって。」
「相変わらず仲良いな。」
「ち、違うっ。俺とカヅキが先に決めてて、後からユーグが真似してきたんだよ。」
「受からないことには意味ないからな。ちゃんと勉強しろよ。」
「分かってる。」
「ハルは頭がママ似だから心配してないけどな。」
「本当ね。パパに似ないで良かったわ。」
「おい、ちょっとはフォローしろよ。」
「だって、そのままじゃない?」
「ごちそうさま。」
「もういらないの?」
「ん。」

 心配そうな母親に大丈夫と笑い、ハルは自室へと引き籠った。
 普段なら、微笑ましく見れる番同士の夫婦の会話が今のハルには辛かったのだ。

「番、か……。」

 楽しそうな両親と、冷めた反応の友人達。自分はどちらになるのか。その夜全く眠れず、酷い隈を作った顔を両親には心配され、友人達には笑われ、散々な日となった。



 母親譲りの暗記力で見事に第一志望に合格したハル。もちろんカヅキやユーグも無事に合格しており、三人ともクラスは分かれたが昼休みになれば当たり前のように食堂に集まっていた。

「あれ?ハル、ユーグは一緒じゃないの?」
「知らね。」

 母親お手製のお弁当を手に一人で現れたハルに、カヅキが首を傾ける。
 ユーグより飯だと言わんばかりにカヅキの前に座ると、食堂が僅かに騒めいた。その声に、ハルの眉間に自然と皺が寄る。
 カヅキは出会った頃より男らしくなった精悍な顔立ちや灰緑色の穏やかなそうな瞳のおかげか、真面目そうな印象を受ける。細身なくせに身長も少しずつハルを追い越してきた。
 一方ハルは、緑色の大きなアーモンドアイや、母親似の日焼けしにくい白い肌によって、昔と変わらず中性的な雰囲気を漂わせていた。
 高校に入学すれば、番を見つける者もちらほらと現れる。また、番と公言していなくとも、明らかに番同士だと分かる者もいる。色々と興味が尽きない高校生達にはそれらは格好の話題のネタだった。
 常に一緒にいるハル達も例外ではなく、どちらかが番ではないかと噂されているのだ。
 一人先に黙々と弁当を食べ続けているハルに、カヅキは僅かに近づいて匂いを嗅ぐ。その瞬間ざわめきが大きくなった。

「おい。」
「残念。今日も匂わないなぁ。」
「番に興味ない奴が何言ってる。」

 相も変わらずカヅキは番に対して興味はない。今の行動もわざとだと知っているハルが箸を止めることはなかった。

「あ、ユーグ。遅かったね。」
「悪い。」

 遅れて現れたユーグが座るのはもちろんカヅキの隣。
 昔はまだ不愛想ながら表情があったユーグだが、成長すればするほど鋭くなっていく一重の青い瞳が不愛想さを強調させていた。生徒の中にはその表情がクールで格好いいなどと話している者もいたが、ハルからすればユーグが格好いいなど気持ち悪い表現以外のなにものでもない。

「授業終わるの遅かった?」
「いや。」

 いつの頃からか、ユーグがハルの隣に座ることはなくなった。隣に座られるよりは、斜め前にいる方が視界に入れなくていいので助かるのだが。
 一方で、また騒めきが強くなった学食。話している内容は、やはり『どちらが』番なのか、というものだ。

「告白で呼び出されただけだ。」
「うわ、また?今度は番だった?」
「いや。」

 高校生になる頃から、番の匂いに気付くようになる。それは、何度も教えられてきたことだ。
 しかし、色々と興味が出始める高校生。番かもしれない、という気持ちが高ぶって『匂いを感じたように錯覚する』ことも多々あった。

「そんな簡単に番に出会えたら、皆苦労しないよね。」

 ハルにしたのと同じように、ユーグの匂いを嗅いだカヅキ。煩くなる声を無視して、ユーグも昼飯を食べ始める。
 翌日はカヅキが呼び出され、同じ会話が続くことになるのだが三人はまだ知らなかった。



 変化のない毎日が続いていたある日のこと。

「……んー。」

 部活もせず、のんびりと布団の中で休日の朝、というより昼を迎えたハルは、寝ぼけ眼を擦りながら階段を下りようとした。

「……ん?」

 しかし、その足を止めたのは、普段家からは香るはずのないジャスミンの匂いに気付いたからだ。両親は互いの匂いを大切にするため、芳香剤など匂いが強いものは使わないはずだった。
 嫌な、とても嫌な予感がハルの胸に過る。
 そう言えば、今日は両親が隣の、ユーグの両親を招いて昼食会を開くと話していた。

「……まさか、な。」

 動けぬまま香りを吸い込むたび、体がジワリと熱くなる。これ以上吸い込んではいけない、と頭が警告を鳴らしているのに、ハルの足は進むことも戻ることもできず、立ち尽くしていた。
 どうしよう、どうすればいいのか、と混乱していると、匂いが更に強くなる。階段下に現れた人物を視界に入れたハルは、その匂いの強さに目を見開いた。

「……っ。」

 階段下でこちらを見上げる相手も、普段は無表情な顔に驚きの表情を浮かべている。

「ユーグ君、ハル起きてそう?」
「……いや、ちょっと見てきます。」

 リビングから聞こえたハルの父親の声に、僅かに肩を揺らしたユーグだったが、青ざめた表情でこちらを見下ろすハルから視線を逸らすことなく、その足を階段へと進めた。
 一歩、また一歩と近づくたび、ジャスミンの香りが咽るほど強くなる。

『番は運命の出会いだから、一度出会うと離れられないんだよ。』

 母親を愛おしそうに見つめながら、まだ幼い自分に教えてくれた父親の言葉が頭を過る。

「……ユー……んっ。」

 いつの間にか目の前まで来ていた、番の名前呼ぶ前に、ハルは唇を初めて感じる熱に塞がれた。

「っ……、んぅっ。」

 舌で口をこじ開けて歯列や口蓋を舐められ、逃げようとする腰をしっかりと抱きしめられる。いつの間にか部屋の扉に押し付けられたまま、深いキスや初めて感じる強い番の匂いにハルは涙を滲ませた。

「や、っ……ぅ。」

 ピチャッ、チュッ

 声を出そうにも、角度を変えて塞がれ、舌を押し付けられてしまう。抵抗しようとユーグの腕を掴んでいたハルの手は、次第に自分の方へ引き寄せるものへと変わった。
 互いの唾液を交換するように絡め、口端から零れたものさえもユーグの舌が拭い、腰に甘い刺激が走る。
 ユーグがようやく唇を離したのは、ハルの父親の声が再び廊下に響いたときだった。

「ユーグ君?」
「っ!」
「……すいません、やっぱり起きません。」
「仕方ないね、ハルは寝るのが好きだから。下りてきて、ご飯食べよう。」
「…………はい。」

 階段下からは自分達の姿は見えてはいないだろうが、下で互いの両親がいる空間で自分達がしていた行為に気付き、ハルは真っ赤に顔を染める。そして、全く慌てる様子を見せず、平然と返答するユーグを睨み付けた。
 そんなハルの視線に、ユーグは不愛想な表情を浮かべたまま、静かに階段を下りて行った。ユーグの姿が見えなくなった途端、身体の力が抜けて床へとへたり込む。

「……っ、はぁっ、はっ。」

 僅かに汗ばむ体に嫌悪しながら、ハルは乱れた息を必死に整えた。濡れた唇を何度も服で擦る。
 嘘だ、まさか、なんで。そんな言葉ばかり頭に浮かぶのに、嬉しいという感情が止まらなかった。膝を抱えながら、溢れ出る涙をズボンに染み込ませる。

 番に出会えるのが、こんなに嬉しいなんて知らなかった。知りたくなかった。

 まだ廊下に残るジャスミンの香りから逃げるように自室へと戻ると、ハルは再び布団を被り目を閉じた。
 同じ頃、ユーグがハルの両親に今夜ハルの部屋に泊まりたいと提案していたのだが、それを知るのは夕方、出てこないハルへ夕食を持っていくという口実で、部屋へ入り込んだユーグに襲われたときだった。


終わり


リク:ハルたちがお互いが番だとわかったときのお話

のの様、ありがとうございました。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!