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コウタの場合
幼馴染敬語攻×男前受
※少し長め


この世界には番と呼ばれる自分にとって唯一の存在がいる。番の匂いは各々によって違い、まれに苦手な匂いであることもある。


「コーちゃん。」

 そう言いながらずっとコウタの後ろをくっついてきた幼馴染。人見知りが激しく滅多なことでは笑わず、唯一母親同士が友人で交流の多かったコウタにだけは、良く笑顔を見せてくれた。

「ぜったいもどってくる。オレ、コーちゃんのつがいになる。コーちゃんまってて。ぜったいまっててぇー。」

 そんな中、急に親の仕事で遠方に行くことになった幼馴染が鼻水やら涙やら涎やらでぐちゃぐちゃにした顔を押し付けながら必死に残していった言葉。
 番という制度が世の中にあると知ってから『コーちゃんのつがいになる。』と言うのが幼馴染の口癖だった。同い年なのに、幼馴染を手のかかる子供の様に思っていたコウタはグリグリ押し付けてくる頭を撫でながら約束したのだ。

「わかった。ちゃんとクーのことまってるよ。」

 まってるから、と何度も伝えれば、小さい手でゴシゴシ顔の涙を擦りとり、まだ涙が零れそうな目をしながら幼馴染は珍しく真剣な表情を浮かべた。

「やくそくだよ。」
「うん。やくそく。」

 小指を絡めて、最近覚えた指切りをすると、親に手を引かれながら幼馴染はコウタが見えなくなるまでずっと手を振っていた。



カランッ

「っしゃいませー。」
「また食べたくなってな。いつもの奴頼むわ。」
「煮込みハンバーグ定食ですね。お待ち下さい。てんちょー、にこはん定一つー!」

 馴染みの客がいつも頼む食事はある程度頭に入っている。それでいて、他の客への心配りを忘れない。水が無くなっていれば注ぎに行くし、食べ放題のパンもバスケットが空になっていれば厨房から焼きたてを補充する。
 内装はアレだが食事は安くて旨いと評判の店は、昼間から沢山の客で賑わっていた。そんな店のホールを一身に任されているのがコウタだった。

「相変わらず働き者だな。俺と番にならないか?」
「あー残念。匂いが分かんないですねー。」

 水を渡した途端、捕まれた腕をやんわりと引き抜く。こうしたやり取りも戸惑っていた最初に比べれば随分慣れたものだ。

「コター、もっていけー。」
「はーい。」

 カランッ

「お待たせでーす。っしゃいませー。あーっと、そこ片付けるんで少し待って下さい。」

 鉄板の上で香ばしい匂いと湯気を立てるステーキを、これまたお馴染みの客へと運び、再び響いた店のベルに、慌ててそちらへと足を伸ばす。
 ふと鼻に届いた香りに、コウタは僅かに顔を顰めた。

「……コーちゃん?」
「え?」

 第一印象は無駄に整った、不愛想な茶髪の男。そんなイケメンに、まさかの「コーちゃん」呼びをされ、コウタの眉間に更に深く皺が刻まれた。

「俺、クーゼです。覚えてますか?」

 眼鏡越しに見えるエメラルドグリーンの瞳が、記憶の中でひたすら自分の後ろにくっついてきた少年のものと被る。

「え?クーゼ?」
「コタ、出来たぞー。」
「あ、はーい。わ、悪い。とりあえず、そこ、座ってて。」
「分かりました。」

 記憶の姿とはあまり結びつかない程身長の大きくなった体を、店の窓側の席に収めるクーゼ。
 その彼の身体からふわりと香る匂いに、コウタはまた顔を顰めた。
 平日の今日は昼が過ぎれば、店も落ち着きを取り戻す。クーゼは誰が見ても綺麗な作法で、静かにコウタおススメの照り焼きハンバーグ定食を食べ終えていた。しかし、店を去る様子はない。
 もちろんその理由をコウタは嫌でも分かっていた。

「てんちょー、休憩してきまーす。」
「分かった。」

 『蜜柑亭』のイメージカラーでもあるオレンジのエプロンを脱ぎ、コウタは店で待つクーゼのもとへと向かった。

「コーちゃん、仕事落ち着いたんですか?」
「まぁーな。外、出る?」
「分かりました。」

 僅かに距離を置いて、コウタはクーゼと共に店の裏へと回る。辺りを確認し、誰もいないと分かったところで、コウタは頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「……あー、マジか。マジなのか。」
「やっぱりコーちゃんは良い匂いですね。」

 唸るコウタを余所に、クーゼは店に入ってきた時のクールな表情を崩し、笑顔を浮かべている。その体からは爽やかな檸檬の香りが隠すことなく発せられており、その匂いにコウタは唇を噛みしめた。

「コーちゃん。」
「ちょ、ちょっと待て。そ、それ以上はストップ。」
「どうしてですか?やっと、この国に来ることができたんです。そしてコーちゃんを見つけることができました。……つ、番を抱きしめたいと思うのは普通ですよね?」

 距離を縮めようとするクーゼに、コウタは慌てて体を起こすと、大股でクーゼから離れる。その姿に、クーゼは首を傾けた。

「た、確かに、番が出来たのは嬉しいけど……お前だってのが、びっくりで……。」
「どうしてですか?俺、ちゃんと約束しましたよね?戻ってきますって。」

 笑顔から真剣な表情へ変わった番に、僅かに胸が高鳴る。しかし、コウタにはクーゼに近づけない理由があった。

 それは昔のこと。コウタは母親の作る蜂蜜檸檬水が大好きだった。必ず後ろにくっついてくるクーゼとも好んで飲んでいた。しかし、クーゼが引っ越した後、一人で蜂蜜檸檬水を飲んだところ涙が止まらなくなったのだ。幼い自分が体験した初めての別れ。クーゼと一緒に飲むことの多かった蜂蜜檸檬水は、香りと共にそれらを思い出させる。
 その日から、コウタは檸檬の匂いが苦手になってしまったのだ。幼い頃から染みついた苦手意識は、目の前の番から発せられた爽やかな檸檬の香りにしっかりと反応してしまう。

「コーちゃん?」
「あー、うん。その……。」

 コウタが戸惑っているのが分かったのか、クーゼはそれ以上近づくことはない。そのかわり、寂しそうな表情を浮かべていた。
 そんなとき、クーゼの懐から携帯の音が鳴り響く。

「はい。え?あ、分かりました。今すぐ戻ります。はい。多分、問題は設計の方かもしれません。向こうは少し仕事が雑でしたから。とりあえず、資料集めておいて下さい。とくにBプランの……。」

 自分が理解できない専門用語を話し続けるクーゼに、コウタは思わず見とれてしまった。
 細身のグレーのスーツが似合い、身長も高く、絶対一般受けするだろう二重で彫りの深い顔、眼鏡に隠れてはいるが綺麗なエメラルドグリーンの瞳、サラサラな茶髪、入店してきたときの不愛想な表情であっても、きっとモテたに違いない。
 昔の面影はあるが、昔とは違う大人になったクーゼ。

「……ん?……コーちゃん?」
「え?!あ、し、仕事戻るんだろ?早く行けよ。」
「行きますけど、コーちゃんはこの仕事何時に終わりますか?今も前の家に住んでますか?」
「あー……終わるのは片付けもして二十三時くらいかな。さすがに家は出たよ。」
「分かりました。俺もそれくらいには仕事終わると思うので……終わったら連絡下さい。」

 内ポケットから出した名刺に何かを書いたかと思うと、コウタに恐る恐る差し出してきた。
 コウタが逃げると分かっているのか、その距離は遠い。長い腕を精一杯伸ばし渡された名刺を受け取り、コウタは会社へ戻るクーゼを見送った。

 そのときから、クーゼは閉店間際になると必ずコウタの店を訪れるようになった。イケメンが店の端で静かに飲んでいる姿は、今では『蜜柑亭』の名物だ。時折誘い目的で近付く者もいるが、慣れているのかクーゼは軽くあしらう程度で揉め事になることはない。
 そして、片付けが終わりコウタが店を出ると待ち構えたかのように出迎える。

「お疲れ様です。」
「うん。」
「明日はお店、お休みですよね?」
「うん。」
「……じゃあ、今日は俺の家に泊まりませんか?」
「あー……うん。」

 並んで歩く二人の距離はまだ開いていた。いつもはクーゼがコウタの家まで一緒に歩くだけ。
 とても、二十四歳の番同士とは思えない交際を継続中だ。それでも、回数を重ねることでうっすらと香るくらいなら匂いに慣れてきたコウタは、軽い気持ちで止まることを了承した。

「本当ですか?!」
「え?本当だけど。」
「そ、そうですか。良かったです。……良かった。」

 思いのほか、喜ぶクーゼから檸檬の香りが強くなる。その香りを避けるように、無意識で距離を広げれば、クーゼが『あっ』という顔をして、匂いが弱くなった。

「すいません……。」
「いや、俺の方こそごめん……つい無意識で。」

 微妙な雰囲気のまま、コウタの家に着く。適当に泊まる準備をしてアパートの階段を下りようとしたとき、下で待つクーゼが首を何度も振ってため息を零す姿が見えた。
 その姿は普段無表情なのが嘘のようにコウタの前で笑顔を絶やさないクーゼとは違う。落ち込んだような寂し気な背中に、コウタはチリッと胸が痛んだ。



「お、お邪魔します。」
「どうぞ。」

 クーゼの家は、コウタのアパートからかなり離れた場所にある高層マンションの一室だった。聞けば、実はクーゼの両親は独立し、新たな会社を立ち上げており、このマンションは持ち家の一つなのだそうだ。将来的にはクーゼがその跡継ぎになる。今は修行として子会社で働いているらしい。

「……ドラマすぎるだろ。」
「あ、コーちゃんはそのソファーに座ってて下さい。荷物は向こうの部屋を使っていいので。」
「え?部屋?」
「はい。俺、その部屋は使ってないんです。ベッドもありますから。」

 クーゼの指差す扉を開ければ、そこにはベッドと簡単な家具が置かれていた。一介のサラリーマンらしからぬ家に、改めてクーゼの金持ちぶりが分かる。
 床に適当に荷物を置くと、言われた通りソファーへと身を沈めた。

「たまに弟が泊まりに来るんです。大学が近いみたいで。」
「へぇ……。」

 話している間も、クーゼは手際よくツマミらしい食事を作っては、テーブルに並べていく。飲食店で働いていながらも、料理は全く出来ないコウタにとって、魔法のような手さばきだった。

「うわ、旨い。」
「コーちゃん、生ハム好きですよね。とりあえず三種類用意しました。あと、ディップもあるので、ちゃんと野菜も食べて下さい。」

 先にどうぞ、という言葉に甘えて、綺麗な琥珀色のウィスキーを舐めながら、生ハムを摘まむ。絶妙な塩気と溶けるような甘さに、出されたものが明らかに高い品物だと分かった。
 これも食べてください、と出された胡瓜もアボカドディップが旨く手が止まらない。旨い酒とツマミに、クーゼが横に座る頃には、コウタはほんのり頬を染めていた。

「料理上手だなー。」

 普段は割と男前だと言われる顔に、溶けたようにほんわりとした笑顔を浮かべ、近くのクーゼを見つめる。こうやってちゃんとクーゼと視線が合うのは初めてのような気がした。

「練習してましたから。」
「れんしゅー?なんでだ?クーゼなら必要ないだろ。」
「まずは胃袋を掴まないといけないと教わりました。」

 ソファーに身を埋め、少し熱い体を冷たい皮に預けていたコウタは、笑顔で話し続けるクーゼが少しずつ距離を詰めているのに気づかない。

「あー、それなぁ。俺の母さんも同じこと言ってた。胃袋を掴めば、こっちのものだーとかなんとか。」
「そうです。コーちゃんのおばさんに教えてもらいました。好きな食べ物も、お酒に弱いことも。」
「クーゼ?」

 二人の距離は普段なら、絶対コウタが逃げるところまで近づいていた。ゆっくりと、刺激しないようにクーゼは長い腕を伸ばし、その中にコウタを閉じ込める。

「コーちゃんが……コウタが慣れるまで待つべきだけど、さすがにこれは誘っているようにしか見えません。」
「……え?クーゼ?」
「駄目だって、何度も何度も我慢して香りだって必死に抑えてました。でも……。」

 徐々に強くなる檸檬の香りに、アルコールで僅かに揺らいでいたコウタの意識が覚醒し始めた。確実に近づいてくるクーゼの顔と香り。眼鏡越しに自分を見つめるエメラルドグリーンの瞳に、嫌でも自分の香りが増幅するのが分かった。

「ク、クー……んぅっ!」

 がぶり、と噛まれるようなキス。慌てて開いてしまった唇からクーゼの舌が入り込み、抵抗する言葉を塞がれる。アルコールであまり力の入らない腕はしっかりと押さえつけられ、そのままソファーに体が倒された。

「ん、ぐ……ぅ、クー……んぅ。」

 全く離れない唇に、鼻から呼吸するしかないコウタは、嫌でも充満する檸檬の匂いを吸い込むこととなり、眩暈がしそうだった。
 母親の作る蜂蜜檸檬水はこんなに、甘く興奮させる匂いではない。同じ檸檬の匂いでも、クーゼの匂いと記憶の匂いは全く違っていた。

 全然違う、と頭が理解した瞬間、番の匂いに全身が反応し始める。
 震える手でクーゼの背中を抱きしめ、恐る恐る自分から舌を絡ませた。

「っ!……こ、た……っ。」

 自ら動いた途端、クーゼの匂いが更に強くなる。
 どれほど、舌を絡ませ続けたか分からない。クーゼが離れた後も、濡れた唇を閉じることも、口端から頬、そしてソファーへ流れる唾液を止めることもできず、コウタは荒い呼吸を繰り返した。

「はぁっ、はっ、バカや、ろっ……はぁっ。」
「コーちゃん、愛してます。俺と番になって下さい。」
「っ!このタイミングで言うなっ、馬鹿クーッ!」

 コウタを組み敷いたまま、檸檬の香りを強く振り撒くクーゼがコウタの拳によって床へと沈むまであと少し。


終わり


コウタ:二十四歳。居酒屋で働くが料理は下手。檸檬が苦手。
クーゼ:二十四歳。幼い頃からコウタが大好き。実は無理矢理コウタの国の支社に転勤してきた。

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