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テノの場合
ワイルド系獣人×ワンパク系獣人

 この世界には番と呼ばれる自分にとって唯一の存在がいる。番が存在する種族には、主に人、獣、獣人、植物、植人が挙げられており、番の組み合わせは様々である。



 セイリュ国はその国柄、多くの獣人が共存しており、他国から移住してくる者もいる。そのため、会社の多くは能力至上主義だ。あまりに働きすぎる国民を案じた王族により、国営の企業は土日は必ず休日にするという法律まで定められていた。
 そのため、セイリュ国では金曜日になれば仕事に疲れた国民が居酒屋に集まる光景が当たり前となっている。

「ぷはーっ。うめぇ。テノ、やっぱり仕事終わりのビールは最高だな。」
「そうっスね!」

 ビールを飲みながら、ヒョウ柄の尻尾を揺らして喜ぶ先輩に負けじと、テノもピンッと薄茶色の兎耳を立てながら琥珀色の液体を空にした。喉を通る苦さが心地よい。

「そういやお前、明日誕生日なのに俺と一緒で大丈夫なのか?」

 思い出したように伝えられた先輩の言葉で、テノは初めて明日が自分の誕生日だと気づいた。
 最近、初めて任された仕事に振り回され続けていたため、日付感覚も乏しくなっているのかもしれない。

「あー、別に誕生日とか気にしてないんで。でも今日は誕生日祝いに奢ってくれるんスよね?」
「はぁ?!まぁ、仕方ねぇな。奢ってやるよ。」
「っしゃース!」

 新たに運ばれてきたビールで乾杯し、店主の作った旨いツマミで腹を満たす。今日はどれだけ飲んでもタダということ以外は普段通りの金曜日だった。

「じゃーなぁ。気を付けて帰へよぉー。」
「先輩の方が心配ッス……。」

 妙に盛り上がって普段以上に飲んでしまったため、ほろ酔い千鳥足の先輩をなんとか運転手を宥めたタクシーに乗せて見送る。
 自宅の住所は伝えてあるため、最悪家族がなんとかするだろう。
 一方、先輩以上に飲んだにも関わらずザルに近いテノは僅かにだけ目尻を赤く染めた程度だった。
 先輩を乗せたタクシーが見えなくなると、その足で適当にアパート近くのコンビニで追加の酒とつまみを買い足し、通いなれた我が家へと到着した。

 テノは先輩とは違い、ハクコ国で兎の獣人の母親と人の父親から生まれている。尻尾だけが兎の母親と違い、しっかり耳が見えているテノは昔から耳を隠す帽子が必須だった。
 比較的受け入れられている中心部であれば、そこまで隠す必要もなかったのだが、テノの家族が暮らす地域では、まだ獣人に対しての距離感が消えておらず、耳を圧迫されるためテノが帽子を嫌がるたびに母親と父親が悲しい顔をしていたのを覚えている。
 小・中・高校は、値段も高く痛みも伴う耳尾消し薬を飲みながらなんとか通ったが、高校でセイリュ国の話を聞いていたテノは、休日も学校帰りも休むことなく働いたバイト代と旅立つ当日に父親から渡された資金を手に、両親のもとを去ったのだ。


ピリリリリッ

 家の扉を開けた途端、タイミングよく携帯が鳴った。携帯の時刻は零時を示している。

「もしもし。」
『もしもし。テノ?元気?』
「うん。元気だよ。母さんは?体、壊してない?」
『大丈夫よ。テノ、お誕生日おめでとう。』

 電話越しでも分かる嬉しそうな声を聞き、テノも自然と口元が緩んだ。

「ありがとう。」

 ハクコ国には一度も帰っていない。だからテノと両親が繋がっているのは、この携帯だけだ。
 身一つでセイリュ国を訪れたテノを暖かく迎えてくれた会社で初めてもらった給料を携帯に変え、すぐに電話番号とメールアドレスを書いた手紙を送った当時を今でも鮮明に覚えている。

『もう二十六になるのね……。会社の方々に迷惑はかけてない?』
「かけないよ、もう働いて七年になるんだから。」

 毎年同じ会話をしているのはテノの気のせいではないだろう。それから両親や、獣人ではなく人として生まれた弟の話など世間話をし続けていたのだが。

「ヘックシュッ!」
『テノ?もしかして外にいるの?』
「あー、うん。まぁ、すぐに家に入れるけど。」

 セイリュ国の夜は寒い。しかし、電話に気をとられていたテノはつい扉をあけたまま会話してしまっていたのだ。それに気が付くと、途端に体に冷えを感じる。

『ちゃんと体温めなさい。風邪でもひいたらどうするの。一人暮らしなんだから、気を付けないと駄目よ。』
「わーかってる。わかってるよ。」
『……まったくもう。』
「明日……あ、今日か。今日は休みだからゆっくり寝るって。」
『そうしなさい。じゃあ、お母さんも明日早いから寝るわね。』
「うん、お休み。また電話する。」
『そう言って最近テノがしてきた試しがないわ。』

 まだブツブツ呟いている電話越しの声を切る。携帯の時刻は零時半になっていた。

「……もう二十六か。本当、早いよなぁ。」

 番が見つかるのは二十代前半がほとんどと言われている。しかし、それは主に出会いの多い『人』の場合だ。獣人や植人の場合は二十代前半でも見つからない、むしろ一生番と出会えない者がの方が多かった。
 なによりあまり見た目が人と変わらない植人とは違い、一部獣化した部分がある獣人は、セイリュ国は別として、他国では獣人であることを隠し、人里離れた、交流の少ない土地で暮らす者も多い。そのため、出会いも少なく、番を見つけることは本当に稀と言われている。
 実際、獣人の多いセイリュ国でも、他国から移住してきた者が多いためか、番を見つける獣人は少なかった。

「あー、寒い。早く飲も。」

 テノは冷えた体を温めるべく部屋へと入り、炬燵の電源を付ける。部屋着でもあるジャージへと着替え、まだ冷えている酒とツマミで酒盛りを再開しようとしたそのとき。ふと窓を見て、洗濯物が干しっぱなしになっているのに気が付いた。

「げっ。凍る凍る。」

 セイリュ国の夜は寒い。寒いったら寒い。もうすぐ寒気到来となる今、一時的に氷点下まで到達することもあるのだ。
 暖かな炬燵から出ることは名残惜しかったが、凍ってビチョビチョに濡れた洋服を再度洗濯する手間を考え、テノは薄い部屋着のまま窓を開けた。

「……ん?」

 慌てて服を取り込む傍ら、隣の部屋に明かりがついていることに気が付く。

「新しい人、来たんだ。」

 数か月前から、誰の気配もなかった隣にようやく住人が現れたらしい。つい出来心で、テノはその明かりの近くへと足を進めた。
 しかし、その足はすぐに止まることとなる。なぜなら、自分の髪に染みついたアルコールの匂いでも、洗濯用洗剤の匂いでもない、何かが鼻を擽ったからだ。

「珈琲……の匂い?あれ?でも、今珈琲なんて淹れてな……。」

 ガララッ

「何で紅茶の匂いが……え?」

 立ち止まっていたテノの耳に、隣の窓が開く音と共に男の声が聞こえる。同時に、珈琲の匂いが強くなり、テノは目を見開いた。ぶわっと体中に、アルコールでは感じることのない熱さが駆け巡る。

「……う、嘘、だろ?」
「っ、まさか……。」

 訳が分からぬまま洗濯物を握りしめていたテノは、隣のベランダの手すりから顔を出した男と視線が合った。

「ひっ。」
「……。」

 無精髭を生やしてはいるが、精悍な顔立ちで、明らかにテノより年上の男。同じく目を見開き、テノから目をそらすことはない。
 男の黒髪からは、同じく黒の犬耳がピンと経っていた。

「……俺はナズナ。お前の名前は?」
「っ……テ、テノ、ッス。」
「そっち、行っていいか?」
「……ッス。」

 今まで聞いた中の誰よりも低い声、そして強く香り続ける珈琲の匂いに、テノはもはや頷くしかない。

 ピンポーン

「……は、はい。」

 すぐ部屋に響いたインターフォンに、怖々と扉を開ければ、自分と同じくジャージ姿のナズナが立っていた。
 体格や身長はテノをすっぽり包める程大きく、珈琲の香りに煙草の匂いが混じる。

「……間違いないよな?」
「た、多分……わわっ!」

 男が扉を閉めたと思った瞬間、突然体を抱きしめられ、テノは思わず腕を突っ張った。

「何で嫌がる。」
「それは、その……。」

 実は、テノは煙草の匂いがあまり好きではないのだ。社会で働く上で、その匂いに触れないことはないのだが、これほど近くで強く煙草の匂いがするのはいくら番と言えど耐えられそうにない。

「煙草の匂い、苦手なんッス。」
「……。」

 先程見た鋭い視線が怖く、腕を突っ張ったままテノの視線はナズナのサンダルへと向いたまま。

「……はぁ。」
「すいませんっ。」

 静かな空間に、ナズナのため息がやけに大きく聞こえた。慌てて更に頭を下げたテノだったが、抱きしめるのを止めた手で顎を持ち上げられ、強引にナズナと視線が合わせられる。

「……仕方ねぇから、止めてやる。でも、今日はこれくらいさせろ。」
「んんっ。」

 顔が近い、と思ったときには無理矢理唇が重ねられていた。僅かに苦い舌で口内がなぞられていく。あまりの気持ち良さに、テノは思わず突っ張っていた手を握りしめた。
 苦手なはずの煙草の匂いが、こんなに近くからするのに、それ以上に強く香る珈琲の匂いに、心のそこから幸せを感じる。
 しかし、それも最初のだけ。これだけと言いつつ何度も何度も角度を変えて舌を吸われ、絡められ、挙句に甘噛みされて、ナズナの唇が離れると同時にテノはぐったりと玄関に座り込むことになる。


終わり

無精髭のド―ベルマン系犬獣人攻め×ワンパクだけど実は寂しがり屋兎獣人受け。

テノ:二十六歳。兎の獣人。大きい音と煙草の匂いが苦手。
ナズナ:三十歳。犬の獣人。テノの隣人。技術者としてセイリュ国へ移住してきた。ヘビースモーカー。

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