フィースの場合
爽やか人気者攻×穏やか受(90000リク)
この世界には番と呼ばれる自分にとって唯一の存在がいる。番は傍にいるだけで幸せと言われるが、その実態は当事者のみ知ることである。
もともと幼馴染だったあいつが番だと分かったのは、十七歳のとき。まさか幼い頃から互いの裸も恥かしい失敗も知り尽くしていたあいつが番だなんて思いもしなかった。
「フィーが番だって分かってたら、違う高校なんて行かなかったのに。」
「ダリア……。」
初めて番だと分かったとき、別々の高校に通って会わなくなったうちに逞しく、一段と格好良くなったダリアに抱きしめられながら、そんなことを言われ、本当に幸せを感じていた。
一緒な大学に行くために、親が驚くくらい必死に勉強だってした。
なんとか合格して、同棲も始まって、何もかも幸せだって思ってた。でも、ダリアは違ったのかもしれない。
「今日もアルバイト?」
「うん。ごめん、遅くなる。」
「分かった。ご飯は?いる?」
「んー、夜食出るから今日はいいかな。」
今日も、だろと言いたくなるのを必死に抑えて、折角の休日に午前中からバイトへ出かけるダリアを見送る。
姿が見えなくなっても、抹茶の残り香が鼻を擽った。
「うーん。あいつに限って浮気なんてしないと思うけど。それに番で浮気とかありえないだろ?俺ならしないよ。」
「う、浮気してるとかは思ってないから。ただ、前より一緒にいる時間が少ないな、って……。」
「え?何?番がいない俺への嫌味?」
「違うから!ラトには良い番が絶対見つかるよ。」
「……どうかな。」
香りが残る部屋にいるのが辛くて、同じ講義で仲良くなったラトを食事に誘った。ラトはダリアと同じサークルに入っているから、自分達が番だって知ってる。
だから、たまに話を聞いてもらっていたが、番の話をすると時折変な顔をするのだ。
「俺にいるんだから、ラトだって……。」
「まぁ、番なんて見つけられたら幸運なんだから、期待はしてないしね。それに見つけたって、俺が相手じゃなぁ。」
「ラト?」
「あ、ほら。ちゃんと働いてるじゃん。」
「……あ。」
何かを隠すように話を反らしたラトが気になったが、道路を挟んだ向こう側で楽しそうに笑って接客する姿を見つけて、口元が緩んだ。
カフェの雰囲気に合わせたギャルソン姿で、店内を歩き回ってる。忙しそうだけど、誰からも好かれる笑顔を絶やすことはなかった。
「満足した?」
「……まぁ。」
実は、少しだけ、ほんの少しだけ、ダリアを疑っていた。だから、バイト先を知っていたラトに無理を言って連れてきてもらったのだ。
しかし、安心した反面、大好きな笑顔をお客さんに何の躊躇いもなく見せる姿に胸がチクッと痛む。
「それにしても、相変わらずタラシだな。」
「……。」
客が腕に触るのにも笑顔で対応するダリアを見ながら、呆れたようなラトの声で、更に胸が痛んだ。
ダリアは見た目も格好良いが、人当りも良く、誰にでも優しいし親切なため、他学部にいる自分にも噂が聞こえてくるほど人気だった。
そんな男の番が自分だと知るものは大学内では少ない。
入学前に「信用した相手しか番であることを明かさない」と約束したため、表立って言わないのもあるが、理学部で才色兼備なダリアと、文学部で平々凡々な自分では釣り合わないのだろう。
それなのに、打ち明けた相手は口々に「やっぱり」と言われるのだから不思議だった。
「……ラト、ごめん。やっぱり帰りたい。」
「あー……だな。悪い、嫌な思いさせた。」
「俺が行きたいって言ったんだ。ラトのせいじゃないから。」
楽しそうに客と話す姿を見るのが辛くなり、強引にラトの分も支払って店を出た。
とぼとぼ歩きながら、ダリアの笑顔を思い出す。
「……ラトなら番がどんなことしたら嬉しい?」
「どんなこと?……うーん、想像でしかないけど、そばにいたりとか、匂いを感じたりするだけで俺は多分嬉しいと思う。」
「他には?」
「他に……あ。相手からチューしてくれたり、抱きついてきたり、とか?」
「っ!」
ラトの言葉に、一瞬にして顔が赤くなるのが分かった。ラトもにやにやしているから、わざとそんなことを言ったのだろう。
「お、俺は本当に真剣に悩んでっ。」
「俺も真剣に考えた結果だけど?あー、風呂上がりに膝に乗っかって抱きつかれたらと堪んないだろうな。」
「う……。」
「冗談だよ、冗談。そんなことしなくても、ダリアはフィースといるだけで幸せだって。」
グシャグシャと髪を掻き回されながら、ラトの言葉が頭の中を何度もリピートされていた。
『相手からチューしてくれたり、抱きついてきたり……。』
「うー……。」
部屋のソファーで頭を抱えながら、フィースはひたすら唸っていた。
確かに、キスも抱きしめられるのも、全部ダリアからしてきてくれる。高校のときも、ダリアが足繁く自分のもとへ通ってきてくれたのだ。
今、離れる時間が多いと感じるのは、きっとダリアからの接触が少なくなったからなのかもしれない。
ガチャッ
「ただいまー。」
「あ。お、おかえりなさい。」
「ん、ただいま。」
玄関からダリアの声が聞こえ、フィースは慌てて玄関へと向かった。いつも通り、ダリアの上着を受け取り、ふわりと香る抹茶の匂いに目を細める。
「お風呂沸いてるよ。」
「ありがとう。フィーはもう入った?」
「うん。」
きっと疲れているだろうと思い、風呂だけでなく、冷蔵庫の中にはダリアが好きな冷たいレモン水も準備してあった。
「残念。一緒に入りたかったのに。」
「……っ。」
荷物を置き、本当に残念そうに風呂場へと向かうダリアの後ろ姿に、ラトの言葉がまた脳裏に響いた。
微かに聞こえ始めた水音に、フィースは拳を握りしめる。何度か唾を飲み込んだ後、勇気を振り絞って脱衣所へと向かった。
「ダリア……。」
「ん?何?」
「お、俺も一緒に入ろうか?」
「……はぁ?!」
ガッタンッ!ガタタッ!バシャッ。
驚きの声と共に、何かがぶつかって倒れる音が浴室に響いた。フィースが慌てて浴室の扉を開ければ、ダリアが床に尻もちをついた形で倒れている。
「ダリアッ?!だ、大丈夫?……っ。」
「大丈夫大丈夫っ。濡れるから、ほら出て出てっ。」
全裸で倒れているため、見慣れたはずのダリアの身体も、そしてアレも視界に入った。思わず赤面してしまったフィースを、追い出すようにダリアは扉を閉めてしまった。
「ご、ごめん。」
「本当に大丈夫だから、フィーは先に寝てていいよ。」
「……うん。」
少し濡れてしまった床を拭き、フィースは一人でベッドへと寝転がった。二人一緒に寝ることが前提で購入したダブルベッドは、一人で寝るには大きすぎる。ひんやりとした冷たさも、一人しかいないことを実感させられるようだった。
「はぁ……。」
やはり、ラトが言った内容を自分が実行するには無理がある。そもそも、ラトとダリアが一緒な考えな訳がないのだ。
馬鹿なことをしてしまった自分が恥ずかしくて、フィースは体の全部を布団で包んだ。
「フィー。俺を入れる気ないだろ。」
「……あ。」
そのままうとうとしていたら、頭の上から声が聞こえるとともに、抹茶の香りが届いた。
ごそり、と顔だけ布団から出し、ベッドの端に座るダリアを見上げる。
昼間見たお洒落なギャルソン姿ではなく、ダボダボなスエット姿で、普段はワックスでしっかり立たせている前髪もまだ僅かに濡れてぺちゃんこだ。
このダリアだけは、自分だけが見れる特別な姿。
そしてもう一つ、フィースだけが見れる姿がある。
「……フィー?」
「ダリア……キス、したい。」
「……いいよ。」
布団を剥がされ、ダリアの顔が近付いてきた。普段はここで目を閉じてしまうのだが、このときはどうしてもキスする瞬間のダリアの顔が見たくて、目を開いたままにする。
「んっ。」
「目、閉じないんだ?」
「……見たい、から。」
「っ……だからっ。」
抹茶の香りが一段と強くなり、自分でも体が熱くなるのが分かる。顔を手で覆いながら耳を赤くするダリアに、フィースはゆっくりと腕を伸ばした。
「ダリアは、俺のだよね?」
この香りも、互いの息が触れるくらいの距離も、自分がダリアと番の証だ。自分だけのものなのだ。
あの客とは立場が違う。
「……あーもう。明日講義だけど、知らないからな。」
「うわっ?!……え?何?」
強引にパジャマを脱がされ、首筋にダリアの唇が触れる。急の出来事に、頭が追い付かず、慌ててダリアの髪を引っ張るが、唇は首筋から鎖骨、胸へと降りて離れなかった。
「ダリアッ!明日午前から講義がっ!」
「誘ったのはそっちだろ。もう無理限界。」
「キスしたいって言っただけだろ?」
「それが誘ってるっていうんだよ!」
「んぁっ。」
必死の抵抗もかなわず、フィースは翌日講義を休み、ラトに泣く泣く代返をお願いすることとなった。
終わり。
フィース:十九歳。穏やかな雰囲気が人気。本人は気付いていない。天然誘い受け。
ダリア:十九歳。爽やかイケメン。実は二人で暮らす家を建てるため高校から資金を溜めている真面目っ子。
リク:モテモテな番の攻めに不安になる受けが、攻めを誘って返り討ちにあう
新見様リクエストありがとうございました。
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