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ルドルの場合:番外
Halloween企画:お菓子編

 10月31日はハロウィン。街はオレンジや紫のハロウィン色に包まれている。
 ハロウィンと言えば仮装に悪戯。イベントと言う名のもとに、売り上げを伸ばそうと様々な店が活気に溢れていた。それはルドルの働くバーも例外ではない。


 カランッ

 普段よりも賑やかなBGMが流れる店内に、新たな訪問者を告げる鐘が鳴った。

「い、いらっしゃいませ。」
「こんばんは……随分可愛い恰好だね。」
「あ、えぇ……まぁ。」

 前髪を後ろへと流し、いつものシルバーフレームを外して笑ったセブの唇から少し尖った歯が見える。仕草や口調はいつもとそれほど変わらないが、光沢のある黒のタイトスーツを身に纏い、色気を増大させたセブに、ルドルは恥ずかしそうにはにかんだ。

「マスターも本当イベント好きだよね。顔に似合わず。」
「顔は関係ないですよ。楽しんだもん勝ちと言うでしょう?」

 セブの訪問で厨房から顔を覗かせたマスターはフランケンシュタインをモチーフにした仮装のまま、見事な手さばきで料理に勤しんでいる。

「ルドル君、これ、一番のテーブルにお願いね。」
「は、はい。」

 渡されたのはジャックをモチーフにしたカボチャグラタン。これもハロウィン時期限定の料理だが、見た目よりも味が美味しいと評判だ。冷めないうちに、取り皿と一緒にルドルは楽しそうに会話する魔女と魔法使い仮装のカップルのもとへと料理を運ぶ。

「特製カボチャグラタンになります。……あ、飲み物をお作りしましょうか?」
「ありがとう。じゃあ……狼少年のおススメでお願いしようかな。」
「あ、えっと、はい。お待ち下さい。」

 ルドルの格好を見つめ、魔女が柔らかく微笑む。彼らの会話を邪魔しないように、ルドルは頭を下げてバーカウンターへと向かった。

「……へぇ、狼少年のおススメか。」
「……そ、それはマスターが勝手に……。」

 カウンター席で頬杖をつきながら、普段はないハロウィンメニューを見ていたらしいセブが楽しそうに笑うため、ルドルは更に顔を赤くして視線を下げる。

 普段本日のおススメや季節料理が書かれているボードには、ドリンクメニューとして目立つ文字で『狼少年のおススメ』と表記されており、それは間違いなく、灰色狼の耳と尻尾を付けて働くルドルを示していた。
 恥ずかしがりながらも、ルドルは魔女の仮装をしている女性のイメージに合わせた少し甘めだが鮮やかな桃色のカクテルを作る。
 仕上げに蝙蝠のマドラーを添えて完成だ。

「お、お待たせしました。」
「ありがとう。」

 出来上がったカクテルを魔女は一口飲み、いつも店に来るときに好んで飲む酒をベースにしていると分かったのだろう、嬉しそうに目を細めた。
 もちろん、セブにも言われる前にいつものソルティードックを差し出す。

「やっぱりルドル君をここに誘ってきて正解だったよ。」
「そ、そんな……まだまだ、で。」

 縁に綺麗に飾られた塩を舐める仕草に、ルドルがぎこちなく視線を彷徨わせたそのときだった。


 カランッ

「い、いらっしゃいませ……あ。」

 鐘の音に、ルドルは慌ててそちらへと視線を動かす。訪問者を認識したルドルは、思わず顔を綻ばせる。
 その表情を満足そうに見つめると、全身黒ずくめのスーツ姿の男は専用席へと腰を下ろした。

「若。」
「全て終わらせてある。問題ない。」

 一瞬だけ雰囲気を変え、視線と短い言葉だけで全てを悟る二人を見て、ルドルは改めて自分の番が“普通”ではないことを感じる。
 怖い、と感じないのは嘘になるが、それ以上にこの番の匂いに包まれる幸福感が勝ってしまうのだ。

「は、はい。」
「ん。」

 ウィスキーを差し出せば、ジャスは何の躊躇いもなく口に含む。この行為がジャス達にとって、なによりも分かりやすい信頼の証なのだとルドルが知るのは近い未来の話。


「あ、そういえば。ハロウィンと言えば、例のアノ言葉知ってます?」
「言葉?」
「トリックオアトリート。お菓子くれなきゃ悪戯するぞ、ってやつです。」
「……あぁ。」

 一杯目のソルティーからワインへと切り替えていたセブの台詞に、ジャスがルドルへと視線を移す。ルドルは相変わらずおどおどしながらも一生懸命店を歩き回り、本日何杯目か分からない狼少年のおススメを作っていた。

「……ど、どうかした?」

 綺麗な淡いブルーのカクテルをミイラ男の仮装をした客へと手渡し、まだ自分を見つめていたジャスへと視線を合わせる。

「……ルドル。」
「な、何?」
「トリックオアトリート。」
「…………え?」
「ないなら、悪戯してもいいよな?」

 カウンター越しに固まって動かないルドルに、ジャスが今日は髪に隠れている証のピアスへと指を伸ばそうとしたそのとき。

「は、はい。こんなの、で、よければ……っ。」

 その手に渡されたのは、ジャックをモチーフにしたクッキーだった。透明なラッピング袋から見えるそれらは、既製品にしてはいびつだ。

「これは?」
「つ、作ったんです。言われたら、わ、渡そうかなと思って。」

 頬を赤く染め、僅かに番の匂いをゆらめかせるルドル。ジャスは手渡されたクッキーをジッと見つめた。

「あ、も、もしかして甘いのとか駄目だ、った?前、チョコ食べてたから大丈夫だって、勝手に思って、その……。」
「いや。まさか、あるとは思わなかっただけだ。」
「よ、良かった。」

 ようやく安堵したようにふんわり笑うルドルは、狼耳も相まって普段より幼い。
 そのルドルの前で包みを開けると、ジャスは一口でクッキーを頬張った。

「……ど、どうかな?」
「旨い。」

 カウンターを挟み、明らかに番同士だと分かる甘い雰囲気を醸し出す二人を邪魔するものなどこの店内にはいない。こともない。

「若だけずるいですね。ルドル君、トリックオアトリート?」
「あ、は、はい。セブさんもどうぞ。」

 セブの言葉に、ルドルは何の迷いもなくカウンター下から同じ袋を取り出した。もちろんそこにも、同じ形のジャックが笑っている。

「ありがとう。」
「……。」

 それから、客に同じ言葉を言われる度に、はにかみながらクッキーを渡すルドルを、ジャスは静かに見つめ、もう一つクッキーを噛み締めた。


終わり


リクエストキーワード:
@ルドルからジャスへ
A手作りお菓子
B甘々な雰囲気
C実は沢山作ってましたオチ

ありがとうございました。

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