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エイジの場合A
@の続き。

 この世界には番と呼ばれる自分にとって唯一の存在がいる。たとえ運命であっても、番を認めるかは当人同士次第。



 匂いに酷く敏感になった、とエイジは嫌でも思う。
 教室の花瓶に飾られた花、校舎の花壇、近所の花屋、甘い花の香りを少しでも感じると、無意識に体が強張るのだ。

「エイジ、おはよ。」
「あ、うん。おはよう。」

 まだアノ香りに満ちていない教室に入れば、いつも通り手を振って友人が迎えてくれる。しかし、エイジには周りから様々な視線が遠慮なく突き刺さっていた。

『格好いい転校生に、初日で番が見つかった。』

 転校生というイレギュラーな存在で、明るく人当りがよく、昔より一層男らしく格好良くなったミナトに、番が気になる年頃である生徒達の注目が集まるのは必然。
 そんなミナトが初日からエイジを追いかけたことで噂は一気に広まり、違うクラスの人達も興味本位で『噂の番』を見に来ることもしばしば。
 あまり注目されることに慣れていない、むしろ苦手なエイジにとって、不躾な視線達は苦痛そのものだった。

「え?アレがそうなの?」
「うわ……マジか。ただのデブじゃん。」

 クラスメイト達は、エイジ達の関係に口を出すことなく見守ってくれるようだが、学校中がそういうわけではない。むしろ、エイジを蔑む方が多かった。

「あいつら……エイジ、大丈夫か?顔色悪いぞ。」
「……ん。大丈夫だよ。」

 自分の代わりに外の生徒を睨み付けていた友人に、慌てて首を振る。

「つーか、番がエイジで何が悪いんだっつーの。なぁ?」
「はは、それはどうかな。」

 友人の言葉に、嫌でもミナトのアノ言葉が脳裏を過った。ぎこちなく笑うエイジに、友人は僅かに顔を顰める。

「エイジは自分を卑下しすぎだって。俺はむしろエイジが番だったら良かったって思うのに。」
「え?!何それ、冗談……っ。」

 不貞腐れたような友人の言葉に、思わず吹き出したエイジだったが、突然教室を満たした強烈な甘い花の匂いに、その笑顔も引き攣ったものへと変わった。
 視線も思わず、机へと下げる。視界の端に友人以外の靴が映り込んだ。

「何。浮気?」
「あ?ミナト、何言ってんのお前。エイジが浮気するわけないだろ。なー?」
「……。」

 ミナトの視線は、他の誰よりも強くエイジに突き刺さる。何より、甘すぎる花の匂いがエイジは苦手だった。
 何も話せないエイジに、ミナトは小さくため息をつくと無理矢理奪い取ったエイジの隣の席に座る。そんなミナトの行動に、友人からは呆れたような声が零れた。

 それから間もなく担任が現れ、いつもの授業が始まった。

「エイジ、見せて?」
「……う、うん。」

 教科書がまだ揃ってないミナトは、初日からこうやってエイジと机をくっつける。距離が近くなれば近くなるほど、匂いが強くなるのだが、エイジは落ち着かなくなる気持ちを必死に抑え授業に集中していた。
 もちろん、ミナトも真面目に授業を受けているので、特に何かをしてくるわけではないのだが。


「エイジ、一緒に飯食おう。」
「う……うん。」

 昼休みは有無を言わさず、笑顔のミナトがエイジの手を引く。強引すぎる行動に、エイジは慌てて自分のお弁当を手にした。もちろん、友人もクラスメイトも番として認めている二人の行動に口を出すことはない。
 ミナトに導かれるまま着いたのはいつもの裏庭だった。

「エイジ、こっち。」
「う……。」
「エイジ?」

 ミナトが座るのは、数日前にエイジが倒れ込んだ木の下だ。二人で昼食をとるとき、ミナトはわざとなのかいつもこの場所を選ぶ。
 その度、エイジの体はミナトに押し倒された恐怖で動かなくなるのだが、それでも強引に隣へと座らされた。

「今日も弁当?」
「うん。」
「自分で作ってんの?」
「うん。」
「ふーん……よ、っと。」
「えっ?!」

 ぎこちない動作で弁当を食べ始めるエイジだったが、突然自分の膝にミナトの頭が乗せられ、驚いて食べかけていた唐揚げを落としてしまう。

「あー。勿体ねぇな。」
「ちょ、汚いっ。」
「大丈夫だろ、三秒ルールだって。」

 それを長い手で摘みあげ、ミナトが頬張る。エイジがあたふたしている間に、それはしっかりと飲み込まれてしまった。
 寝転がったまま、自分のパンを頬張り始めたミナトに、エイジは結局何も言えず、再び弁当を食べ始める。

「エイジは大学進む?」
「うん。」

 会話と言ってもミナトの質問にエイジが「うん。」か「しない。」で答えるだけ。

 こんな自分と一緒にいても、きっとミナトは幸せになんてなれない。

 柔らかな髪の感触と、ミナトの熱を脚に感じながら、周りの景色を見ながらエイジはなんとか弁当を全て食べ終えた。
 弁当箱を隣に置いた途端、ふと自分を見上げているミナトと目が合う。

「……っ。」

 顔が膝元にあるため、癖で顔を伏せれば嫌でもミナトの顔が視界に入り、エイジは落ち着きなく視線を彷徨わせた。

「なぁ、さっきの唐揚げさ。」
「うん?」

 やっぱり土でもついていたのだろうか、とエイジが思ったとき。

「間接チューだよな?」
「……っ!!」
「あ、匂い強くなった。」
「ひっ!」

 ミナトの言葉を理解した途端、嫌でも自分の顔に熱が集まるのが分かった。同時に、ミナトの顔がお腹に押し付けられ、腰に腕が回される。

「や、やめっ……。」

 制服越しに呼吸を感じ、エイジは慌てて体を起こそうとするがミナトの力に叶うわけがなく、正座を崩した中途半端な姿勢でエイジは行き場の無くなった手を宙にわたわたさせた。

「はぁ……良い匂い。幸せ。」
「っ?!」

 ミナトのくぐもった声に、エイジはその手を地面へと落とす。

『ブタジみたいなやつがつがいだったらどうしよう……。はずかしいし、こまる。』

 そうミナトは自分に告げたはずなのに、どうしてそんなことを言うのか。

 突如動きの止まったエイジに、ミナトが顔を上に向ければ、泣きそうな顔をしたエイジと目が合った。

「……嘘つき。」
「嘘なわけないだろ。なんで嘘だって思うんだよ。」
「……僕は、聞いたんだから……。」
「エイジ……。」

 その頬に手を伸ばそうとしたミナトだったが、エイジに顔を反らされ、顔を顰める。

「どうやったら信じてくれるんだよ。」

 ミナトの悔しそうな声が、混乱しているエイジに届くことはなかった。



終わり。



膝枕と間接チューはできるけど、進まない二人です。

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