ユッカの場合
年上攻め×年下受け(55555リク)
この世界には番と呼ばれる自分にとって唯一の存在がいる。昔からの知り合い同士で番となることもあり、それにより関係性が変化することもある。
『ユッカ。ごめんね。』
『嫌だっ、何でだよっ。』
『こればかりは仕方ないんだ。』
『うっ、ぐすっ、じゃあ、たまにはちゃんと帰ってきて。』
『わかった。ちゃんと休みをもらって帰ってくるよ。』
『や、約束だからなっ。』
『うん。約束な。』
頭を撫でる大きな手が離れていく寂しさに、零れ落ちる涙を我慢することなどできなかった。
心の中ではユッカもちゃんと分かっている。名誉ある仕事に選ばれた彼を、皆と同じように笑顔で見送らなければいけないことを。
それでも、一人っ子のため兄として慕っていた彼の存在が、自分の日常生活から消えることが辛くて寂しくて、約束と絡めた小指を強く握りしめた。
それが、七年前の話。ユッカが十一歳のことだ。
「ユッカ、ちょっと買い物に行ってくれない?」
「えぇー。」
「えぇー、じゃない。暇なら手伝いなさい。もうすぐ一人暮らしするんでしょ?今からそんな怠け者でどうするの。」
「……分かったよ。」
母親に促されるまま、ユッカは大量の食材名が書かれたメモと共に家を出た。近場の八百屋へ向かう途中で、彼の家を通る。無意識に彼の部屋に視線を移すが、かつて彼がユッカに手を振っていた窓は七年間開かれることは殆どなく、開かれていたとしても彼の親が空気の入れ替えをしているだけだった。
「……嘘つき。」
帰ってくるって約束したのに。
今日も主のいない部屋を見送り、ユッカは膨大な量の食材を手に自宅へと戻った。
「ただいまーっ。」
「おかえりなさい。助かったわ。」
「何この量。めちゃくちゃ疲れたし。」
三人暮らしにしては多すぎる量に、疲れた腕をさすりながらソファーで寛いだ。そんなユッカを見ながら、母親がたくさんの食材を冷蔵庫へと詰めていく。
「ごめんね。今日は特別だから。」
「特別?」
「そうよ。まだ内緒だけど。」
「ふーん。」
にこにこと笑う母親に、ユッカが問い詰めても恐らく秘密を打ち明けないだろうと分かり、ソファーへと寝転がる。
今日は何かあっただろうか。両親や自分の誕生日ではまずないし、何かの記念日だという記憶もない。考えても全く理由が浮かばないまま、ユッカは瞼を閉じた。少し疲れているのは、あの夢を見たからかもしれない。
彼がユッカのもとを去ってから、頻回に夢で再現される別れの場面。最初はその度、起きると涙の痕が残っていたのだが、七年も続くと涙を流すことはなくなり、苦しさと疲労感が残るだけとなっていた。
瞼を閉じると思い出すのは今日も締まっていた窓。
「……兄ちゃんの嘘つき。」
『ユッカ。ごめんね。』
『嫌だっ、何でだよっ。』
『こればかりは仕方ないんだ。』
『うっ、ぐすっ、じゃあ、たまにはちゃんと帰ってきて。』
『わかった。ちゃんと休みをもらって帰ってくるよ。』
『や、約束だからなっ。』
『うん。約束な。』
嘘つき。全然帰ってこないくせに。約束だって覚えてないんだろ。俺はずっと待ってるのに。
「……ちゃ、の……そつき。」
夢の中で去っていく彼を見送っていたユッカだったが、杏のような甘酸っぱい香りに包まれる。落ち着くような、胸が高鳴るような、不思議な香りに、ユッカは思わず顔を綻ばせる。
これが彼のものならいいのに。彼が番ならずっと傍にいてくれるのだろうか。
「に、ちゃ……。」
「……カ。」
「……ッカ。」
誰かが自分の名前を呼んでいる気がする。でも、目覚めてしまったらこの香りが無くなるかもしれないと思うと、どうしても目を開けられなかった。
香りを求めて、その温もりに顔をすり寄せたところで違和感に気付く。自分はソファーで一人で寝ていたはずなのだ。温かいものなんて近くにあっただろうか。
「んー……?」
「あ、やっと起きた。」
「…………え?誰?」
部屋の眩しさに耐えながらなんとか目を開けると、自分を見下ろしている男と視線が合った。
父親ではないその人物に、ユッカは眉を潜める。同時にいつの間にか膝枕されていることに気付き、慌てて体を起こした。
「ユッカ?あんた何馬鹿なこと言ってるの。」
背後から母親の呆れたような声が聞こえる。まだ夢の残像から逃げ出せていないユッカだったが、驚いた表情を隠しもしない男を改めて見つめ、目を見開いた。
「…………え?サクラ兄ちゃ、ん?」
「そうだよ。ただいま、ユッカ。」
「やっと起きたわね。ほら、ユッカも手伝いなさい。今日はお祝いパーティよ。」
視界の端に見えたのは、大量に料理が盛り付けられたテーブル。そして、彼の両親。
どうやら今日買った大量の食材は、このパーティ用だったらしい。
ようやく状況が理解できてきたユッカだったが、優しく自分を見つめるサクラが、記憶の中より、体つきも表情も男らしく、何より大人びていたことに驚きと、妙な羞恥を覚えた。
ユッカの記憶にあるサクラは、今の自分と同じ十八歳のお兄ちゃんだ。しかし、今のサクラは『お兄ちゃん』ではなく、しっかりとした大人の男。
「っ!!」
「え?ユッカッ?!」
大人の男、と認識した途端、ユッカの顔が熱を持つ。そんな自分の顔を見られたくなくて、母親達が止めるのも聞かず、慌てて自分の部屋へと駆け込んだ。
「……んで、今更っ。」
扉を閉め、力なく座り込んでしまった体をベッドに預けて顔を伏せる。
未だに胸の高鳴りが収まらず、グシャグシャと乱雑に髪の毛を掻きむしった。きっと昔の自分なら、離れたばかりの自分なら、素直にサクラに抱き着いて再会を喜んだだろう。しかし、今のユッカは喜びよりも羞恥の方が勝っていた。
コンコンッ
「ユッカ。」
『ユッカ。』
「……っ!」
控えめなノックの後に昔と変わらず優しいサクラの声が聞こえ、ユッカは思わず頭を掴む手に力を込める。サクラは知っているはずだ。ユッカの部屋の扉に鍵がないことを。
ユッカの予想通り、返答がなくても扉はゆっくりと開かれた。それと一緒に、夢で嗅いだ杏の匂いが鼻を擽る。
「……ユッカ。怒ってる?」
「……。」
俯いた視界にサクラのつま先が見え、膝が折られる。きっと今顔を上げれば、目の前にサクラの顔があるのだろう。
更に強くなった杏の香りに、ユッカの視界が涙で滲んだ。
「……。」
「…………っ?!んぐっ!」
沈黙が部屋を包んだかと思った瞬間、突然顎を掴まれたかと思えば、視界いっぱいにサクラが映り、口内に熱が捻じ込まれた。驚いたユッカが慌てて二人の間に手を突っ張ったが、顎を掴む力が更に強くなり、中を舐める舌の動きも激しいものへと変わる。
「や、っ……んっ、む……ヤメッ。」
ヌチュ、ピチャッと言葉を発しようとするたびに、舌で押さえつけられ、徐々に息が苦しくなった。先程とは違い、苦しさで歪んだ視界に、記憶にある優しい眼差しではなく、強い光を帯びた瞳が自分をしっかりと捉えているのが分かる。
何度も舌を絡みとられては噛まれ、痛みに逃げては絡まれ、唾液を大量に注がれる。ユッカにそれを飲み込む余裕はなく、無理矢理親指で拡げられた口端から次々喉へ伝っていった。
「っ、ふ……も、やっ。」
「声、下まで聞こえたら、誰かがここに来るかもね。」
「っ!」
「俺は見られてもいいけど、ユッカは?」
唇が触れたまま恐ろしいことを告げられ、ユッカの体が強張る。そんなユッカに、目を細めたサクラが再び口付けを再開した。
何度も唇を吸われ、舌を噛まれ、サクラが離れる頃にはユッカの体から力が抜け落ちていた。とろり、とした視線を彷徨わせ荒い息を赤い唇から何度も吐き出す姿に、サクラは同じく赤くなった唇を舐める。
「まさかユッカが俺の番だったとは思わなかったな。こんなことなら、もっと早く帰ってくれば良かった。」
「……つ、がい?」
「ユッカも分かってるだろ?俺から匂いがするの。」
唾液で濡れた口端を親指で拭われる瞬間、ふわっと杏の香りが漂う。
「……ユッカは就職決まってたよね。早く断りの連絡いれて、後は上に言って番の申請もしないと……。両親には今話したし……。」
口付けだけで、ぐったりとしていたユッカは、サクラが何かを呟いていることを聞き取ることができなかった。ただ、頭を撫で続けてくれる手が変わっていないことに安堵する。
「……あぁ、そういえば俺が分からなかったお仕置きを忘れてた。」
「……え?……いだぁっ!!」
自分を見下ろすサクラの瞳が怪しげに揺れ、首元へと移動したと思った瞬間、鎖骨付近に激しい痛みが走った。思わずそこに顔を埋めているサクラの髪を握りしめる。歯を立てられた部分を今度は何度も舌で舐められ、傷が擦れる痛みにユッカの視界が再び涙で滲む。
「痛いっ、兄ちゃ、やめてっ!」
「声、聞こえるよ。」
「っ!……ぃ、た……んっ。」
舐めては吸われ、痛みでボロボロと涙が零れ落ちた。
服からギリギリ見えない部分に真っ赤な噛み痕とキスマークがしっかり刻まれた後、ユッカは“嬉しすぎて泣いた”とサクラに誤魔化されたまま、両親の前で番となった報告をすることになる。
終わり
ユッカ:十八歳。一人っ子のため、幼い頃よりサクラを兄として慕っていた。
サクラ:二十五歳。ハクコ国第四王子専属使用人として働いている。実は腹黒。
リク:近所のお兄さんが番だった子の話
ミソ様リクエストありがとうございました。
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