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居酒屋わたり
穏和紳士攻×純情腹黒受(444444リク)


「いらっしゃいませ。お久しぶりですね、琉生さん。」
「最近仕事が忙しくてさぁ。渡さん癒してよー。」
「またまた。琉生さんならそういう方いらっしゃるでしょう?」
「まぁ、いないわけではないけど。」

 人当りが良いと評判の琉生だが、仕事とプライベートは完全に分けたいタイプで、仕事終わりにたいして仲が良いわけではない会社の先輩後輩と飲むなどありえない。飲むなら一人でゆっくりちびちびと。
 そんな琉生が家の帰り道に見つけた、こじんまりとした居酒屋。席はカウンターだけで、和モダンな内装に、わりと種類の多いツマミ。小さな居酒屋にも関わらず、日本酒は店主の趣味で様々な都道府県から取り寄せており、日本酒好きな琉生にはたまらない。
 何より、穏和で優しい雰囲気を醸し出す、店主の渡が琉生のお気に入りだった。

「今日のおススメは?」
「美味しい鰤が入ったので、鰤大根はおススメですね。」
「じゃあそれと、漬物盛り合わせと、たこわさと、茸と混ぜご飯とー。」

 細身の外見とは違い、大食漢な琉生はカウンター奥で座っていた男性がこっそり視線を移すほど、大量にツマミを注文すると、最近のお気に入りである日本酒を熱燗で頼む。
 料理ができるまでに、と出されたお通しは、ミョウガと胡瓜の酢の物。これもまた絶品だ。

「ん、美味しい。渡さん、やっぱり俺の嫁にならない?」
「うーん、難しい注文ですねぇ。」

 ミョウガの苦味が効いた甘酸っぱい味を噛みしめながら、琉生は渡へ妖艶に微笑んだ。琉生は自分の顔が整っていることを知っているし、その顔を使って仕事をとってきたこともある。女性なら、ほとんどが頬を赤く染めてきた笑顔を渡に振りまくが、渡が反応を示すことはなかった。

 琉生が同性愛者だと自覚したのは高校生の頃。まわりが女子達へ意識が向く中、琉生が好きになったのは全て先輩で、優しい雰囲気を醸し出す男ばかりだった。
 この感情が異常だと分かってからは、カモフラージュとして女性と付き合うことはあったが、性行為はどうしてもできなかった。
 それがばれないよう、短い期間で別れを繰り返していくうちに、遊び人というレッテルを友人達から貼られてしまったが、二十四歳童貞のままだ。
 もう、いっそのこと、適当な風俗で童貞を卒業してしまおうかとも考えていたとき、この店を見つけた。

『いらっしゃいませ。』
『お疲れのようですので、少し薄味にしておきました。』
『前に好きだと話していた日本酒が手に入りましたよ。』

 ほんわりとした笑顔で客である自分を受け入れてくれた渡。気が利いて、料理が旨くて、聞き上手。優男好きの琉生が渡を好きになるのに時間はかからなかった。
 それから、足繁く店に通い、時折軽口程度に渡を誘ってみるのだが、さらりと流してくる。そして本日も結果は惨敗。湯気の立つ見た目も綺麗な料理を次々平らげながら、琉生は日本酒を飲み続けた。

「あれ?ルイか?」
「え……げっ!」

 空腹も満たされ、そろそろ帰ろうかと思ったそのとき。店に新たに入ってきた客が、琉生を見て目を見開く。聞き覚えのあるその声、そして視界に入った男の姿に、琉生は眉間に皺を寄せた。

「げっ、って何。感動的な再会だろ。」
「感動なんてないから。」
「またまた。素直じゃないな、ルイは。」
「もうあのプロジェクトから俺は外されたんだ。関係ないだろ。」
「外されたんじゃなくて、自分から外れたんだろ。」
「……。」

 短髪の黒髪を軽くワックスで整え、無地のグレースーツを着こなす男は、顔を顰める琉生の隣に座る。僅かに困惑している渡に、琉生が飲んでいるものと同じものをと注文し、琉生へと向き直った。

「そんなに俺に抱かれるのが嫌?」
「おい、他の客もいるんだからそういう話はやめろ。」

 琉生は顔で仕事を取ってくることもある。それが目の前に座る男の会社だった。責任者でもあった男が自分と同じ側だとすぐに分かった琉生は、それとなく気があるような雰囲気を醸し出し、男へと近づいた。もちろん、色仕掛けだけで勝ち取ったわけではない。しかし、男も琉生が同じ側だと分かった途端、頻回に仕事以外で誘ってくることが多くなった。しかも、琉生が組み敷かれる方だ。
 男の思惑を察知してから、琉生はそれとなく上司に希望し、会社が力を入れていた別のプロジェクトへと移ったのだ。

「寂しかったよ。ルイが担当だと思ってたのに、いきなりむさ苦しい男に変わったときは一瞬契約を破棄しようとも思ったね。」
「そ、それは……。」
「まぁ、そいつを俺の部下が気に入っちゃったから仕方なくそのままでいるけど。」
「……え?あいつを?」

 馬鹿真面目と会社で揶揄されることもある、同期の仏頂面を思い出し、琉生はひくりと口端を引き攣らせる。

 こいつの会社、男好き野郎しかいねぇのかよ。

 一瞬過った言葉をぐっと飲み込み、琉生は残っていた日本酒を一気に飲み干した。

「渡さん、お会計お願いします。」
「あ、はい。」
「じゃあ、俺も帰ろうかな。」
「は?……っ。」

 渡に会計を頼んだ後、カウンターの下で琉生の太腿に誰かの手が伸びる。
 誰の、なんて簡単に分かった。厭らしく内腿を撫でまわされ嫌悪を抱くが、渡の手前、店で男を殴るわけにもいかない。男を殴れば、会社でも問題になるだろう。

「やっぱり運命の再開だね。」
「……っ。」

 琉生が抵抗しないのをいいことに、男の手は琉生の股間へと伸びた。スラックス越しに触られ、アルコールで高揚していた気分が一気に下降する。なにより、渡がいる前で他の男に触られるほど嫌なものはなかった。
 このまま店を去れば、強引にでも琉生を連れ去るに違いない。

「あ、タクシー呼んでくれます?」
「その前に人の恋人に触ってるその手、離してくれますか?」
「……え?」

 ぐっと唇を噛みしめて顔を伏せていた琉生の耳に、普段とは違う強めの声が届く。
 その言葉の内容に、琉生は思わず顔を上げた。

「は?誰が誰の恋人だって?」
「分かりませんか?琉生が、俺の、恋人だって言ったんですけど。」
「わ、渡さ……。」

 慌てて周りを見渡すが、いつの間にか他の客は帰っており、小さな店には三人だけしかいなかった。
 渡の対応に驚いた琉生だが、何も言わないようにと強く光る渡の視線に、開いていた口を閉じる。

「琉生が貴方に興味がないのは、俺がいるからですよ。帰るならお一人でどうぞ。今、タクシーを呼びますので。」
「……チッ。いらねぇよ。」

 普段の穏和な姿からは想像できない、低い声と厳しい視線に、男は勘定だけ済ませると、扉を強く閉めて出ていった。
 閉まった扉を呆然と眺めていると、いつの間にか隣に来ていた渡に抱きしめられる。突然のことに、琉生は訳が分からず、ただ、初めて感じる渡の匂いと温もりに、顔を真っ赤に染めた。

「え?え?わ、渡さん?」
「全く、どんな仕事の仕方をしてるんですか。もしかして、あの人も俺にしてるみたいに誘ってたんですか?」
「た、確かに、少しそういう雰囲気は作ったけど……仕事、だったし。」
「……。」
「渡さん?」

 何も言わず強く抱きしめられ、琉生は恐る恐る渡りを見上げる。自分をじっと見つめていた渡の熱の籠った強い視線とぶつかり、思わず唾を飲み込んだ。

「悪い人ですね。俺を誘惑しながら、他の人にも尻尾を振ってたなんて。」
「あ……。」
「この口で、この目で、どれだけの人を誘惑してきたんですか?」

 普段は料理に使う、男にしては少し細長い指が、琉生の唇や目尻を撫でていく。いつ誰が店に入ってくるかわからない状況で、渡に抱きしめられ、琉生はもはや頭がパンクしそうだった。

「き、気付いてたんだ。」
「あんなに、はっきりと誘われて、分からないほど鈍感じゃありません。」
「……っ。」

 真っ赤に染まった耳へ注がれる優しい穏やかな渡の声。抱きしめながら、何度も内腿を撫でられる。先程の男の痕を消すような仕草に、琉生は唇を噛みしめた。

「とりあえず、今日はもう店を閉めるので、上で待っててくれませんか?」
「……う、うん。」

 ゆっくりと離れる熱に、もう寂しくなる。
 店を片付け始めた渡に促されるまま、琉生は店の裏側から二階へと続く階段を上った。階段を上りながら、逃げたいとも思う。

「……うー。」

 渡された鍵を握りしめたまま、琉生は扉を開けることができなかった。

「あれ?入ってなかったんですか。」
「あ、渡さん……。」

 身支度を整え、店に立つ姿とは違う、私服姿の渡に琉生は顔が熱くなるのが分かる。

「そんな顔しないで下さい。押し倒したくなる。」
「は?」

 渡の言葉に、琉生は首を傾ける。

 押し倒す?誰が?

 困惑する琉生を余所に、手馴れた様子で扉を開けた渡は、強引に部屋の中へと連れ込むと、鍵をかけた。
 まだ状況が分かっていない琉生を、扉と自分で挟み、逃げることを許さない。真剣な瞳に見つめられ、琉生はようやく自分の立場を理解した。
 琉生は同性愛者で童貞だが、基本的に抱きたい方だ。しかし、今の自分は明らかに抱かれる方ではないか。

「ちょっ、渡さんっ?!」
「今更逃げるんですか?こんなに夢中にさせたくせに。貴方から誘ってきたんですよ?」
「そ、それは……でも、ちょっと俺こっちじゃなくて。」
「こっちは初めてですか?大丈夫ですよ。ちゃんと丁寧に解しますから。」
「っ!」

 首筋を舐められ、ぞくっとした快感が腰に響く。穏和で、優男な渡はどこへいったのか、今自分を囲う男は明らかな肉食獣だった。

「敏感なんですね。」
「……って……てだし。」
「ん?何ですか?」

 男のフェロモンを垂れ流す渡に、琉生はごくっと唾を飲み込む。頬を染めながらうっとり微睡む琉生が、どれほどの色気を醸し出しているのか知らないのは本人だけだ。

「俺、は、初めてで……ど、どっちも経験ない、っていうか……その。」
「……え?」

 真っ赤になりながら、自分の腕の中でとんでもない告白をした相手に、渡は思わず目を見開いた。

「どっちもって……本当に?」
「う……ん。」
「彼女、いましたよね?」
「……そういう感じになる前に別れてたし……男と付き合ったこと、ない。」
「本当?」

 赤い顔を更に赤くさせて頷く琉生。整った顔を十二分に利用し、妖艶な笑みで渡を誘ってきていた人と同一人物とはとても思えなかった。

「……どれだけ俺は夢中にさせるつもりですか、貴方は。」

 誰にも打ち明けたことのない事実を伝えた羞恥心で埋もれていた琉生に、渡の呟きは届かない。
 体を強張らせたままの琉生に腕を回し、しっかり抱きしめると、渡は真っ赤な耳へと唇を寄せた。

「じゃあ、俺と恋人になってくれますか?」
「……。」

 優しい声に促されるように、琉生がゆっくり頷くのと、渡の唇が琉生と重なるのは同時だった。


終わり


リク:(時々無自覚Sな)穏和紳士攻×純情腹黒受

ひらり様、ありがとうございました。


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