【someday】リング戦後 ボス視線。微暗



ああ、
いつだって俺はそうだった ―――





目を覚ましたのは、白い天井が頭上に見えるベッドの上。

鼻をつく消毒液の匂いと定期的に鳴る電子音からして、ここは病院か何かの一室なのだろう。

ふと自分の腕を見やれば、幾本もの管が繋がれ、口元には呼吸器が取り付けられている。

身体中に傷が出来ているのだろうか、首を動かすだけで身体全体がズキズキと痛い。




これで二度目。


クーデターを試み、失敗して八年間凍らされた。

今度は年端もいかないガキ共と闘い、不覚にも負けた。


指輪にも拒まれ、二度も組織に背いた俺に何のお情けか、こうして生かされている事。
――これ以上の屈辱は、ない。

まったく、胸クソ悪い。

いっそ、このまま舌を噛んで死んでやろうか。
否、自殺なんざ俺のプライドが許さねぇ。


弱々しい思考を停止したくなり、俺は部屋の窓を通して見える景色に視線を移した。

外では静かに雨が降り、景色全体を灰色に染めている。


耳をすませば微かな雨音が聞こえてきた。


「……?」

そこでふと、俺は小さな気配に気付いた。
病室のドアの向こう――極力気配を押し殺しているのだろうが、生憎だがそんなの俺には効かない。仮にもボンゴレが暗殺部隊の長なのだ。
……血は偽物たが。

誰の気配かも手に取るように分かった。



「…入れ」

向こうの気配がドキリと揺れる。
俺の言葉に一瞬驚いたようだったが、そいつは躊躇いがちにドアを引き開け部屋に入ってくる。



「カスが……何の用だ」

部屋に入ってきたスクアーロは松葉杖をつき、額から後頭部にかけて包帯を巻いていた。




――この間まで車イスに乗せられていただろうが……ったく、コイツは昔から傷の治りだけは早ぇんだ。



「よぉ、ボス…」

「わざわざ殺されに来たのか」
間髪入れずに問う。



「そうかもなぁ…」
弱々しくニヘッと笑い、スクアーロが言う。



――馬鹿が。



「ボス、すまなかったぜぇ。この命は、アンタの物なのになぁ…勝手に死のうとなんかしてよ…」


「………」



そうか、このカス鮫。
テメェが勝手に誇りなどとほざいて喰われやがった事、一応は悔いているのか。



「だからよぉ、アンタの手で殺して欲しいんだぁ……どうせ、俺はもうヴァリアーにはいられねぇしなぁ……」



「それがヴァリアーの掟だろぉ?」そうスクアーロが付け足す。



「つっても、今の様子じゃボスにはムリかぁ?オレよかボロボロじゃねぇかよ」

先程から何の返事も無いというのに、一人でまくし立てるスクアーロに、内心ため息をつく。

このまま暫くそれが続くのかと思いはじめた頃、濁音だらけの声に、鼻を啜る音と、嗚咽のような音が混じる。


「…っでもよぉ、俺やっぱアンタが居ないとだめだぁ……八年待てたハズなのに、アンタとまた少し一緒に居れただけで、アンタの居ない生活が耐えられねぇモノになっちまったんだぁ」

「……!」


突然大粒の涙を流し始めたスクアーロを目にして、俺は不覚にも焦燥に似た感情を覚える。



「だからよぉ……死んだら時々、アンタの傍に化けて出でもいいかぁ? ジャマにならねぇようにするからよぉ……っそれ位は…っ許して、くれるっ…かぁ?」


スクアーロがいよいよ本格的に泣き出す。




―――カス野郎が。
なに泣いていやがんだ。

「殺してくれ」の後には「アンタの傍に化けて出てもいいか」かよ。……ったく、どうしようもないカスだなお前は。


今まで出会った事の無い感情が、血液に乗って駆け巡り、身体中に行き渡る心地になる。
思わず表情が綻びそうになり、あわてて引き締める。



「……誰が殺すって言った?」

「え…?」


スクアーロが真っ赤な目をしてこちらを見る。


「しかたねぇから生かしてやる……今はな」



んな驚いた顔すんなよ。



「っ……まだ、アンタの傍にいていいのかぁ…?」


「………」

普通ここで聞き返すか?と呆れる。少しは察しろ、と言ってやりたい。


「ボ、スッ…!」


スクアーロが松葉杖を床に放り出し、
ふらつく足どりで俺の横たわるベッドまで来る。


「アンタのッ……アンタの傍に、居てぇ……居てぇよぉ……ッ!」


傍らに跪いたスクアーロは、
もはや縋るような目で俺を見ていた。

頬はすでに涙でびしょ濡れになり、アホらしくも鼻水まで出してやがる。

一発ぶん殴ってやろうか、そう思ったが止めた。


代わりに頭でも撫でてやろうかと気まぐれに思い、コイツに手を伸ばそうとする。



その瞬間、腕に違和感を感じる。





―……手が、動かねぇ…



骨折でもしているのだろうか、いくら動かそうとしてもビクともしない。




―……昔からそうだった。



殴ろうとする時には簡単に殴れるのに、優しくしてやろうとする時に限って何かと邪魔が入る。



今だってそうだ。

コイツの泣きじゃくる顔を見て手を伸ばそうとしても、手が動かない。


伝えてやりたい言葉さえ見つからない。





――殴る事は、出来るのに。



この手は、いつも。

いつも。





雨は、いつの間にか上がっていた。


「……ボス…ありがと、なぁ……俺…       。」


「………」


小さく、普段の声からは想像出来ない位に小さな声でコイツは呟いた。




“アンタが大好きだぁ”

か。


悪くねぇ。

いつか今度、俺も言ってやろうか。



今度は、邪魔が入んねぇうちに。



fin.

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前のサイトからお引越しシリーズ第2段。

リング争奪戦直後が舞台です。
心も体もボロボロになってしまったボスに、やっぱり最後までボスと一緒にいたいスク。

痛々しくても懸命なザンスクが大好きです。


それにしてもボスが弱々しいですね…
ボス、しっかり!!

「ボンゴレは常に一つ」の余裕綽々な色男まで、あと10年(笑)








あきゅろす。
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