03
「ったぁく、俺まだこっち来て日が浅い方なんだよ!そんな俺を1人にしよってからにー!」
どこ行った純ー!と叫んでいるのは、移動教室で迷い途方にくれる倉持ゆくえの姿。
しとしと降って来た雨を廊下の窓ごしに見、もう梅雨の時期かと1人寂しく呟いた。
授業中のためどこを向いても閑散としていて、誰に聞くにも人がいない。
「明らかいつも居る校舎じゃないっぽいしなぁ…」
携帯は教室、皆は授業中。
そろそろ本気で心細くなってきたゆくえの耳に、雨音と密かに聴こえたのはピアノの音。
「まただ…」
その音だけをたよりに、足を進める。
―この胸に突き抜けるような想いはなんだ?
言いようのない感情に戸惑いながら、その音を聴く。
◆
「ミィー」
全身の黒に、金に近い色の眼光を放つ、郎に『クロ』とそのままの名を付けられた猫は、ピアノを弾いている界の膝の上で鳴いた。
雨という事も関係なく開いている窓から水が入る事はない。
この学園の作りは本当に無駄な反面、無駄なだけある程の便利さだ。
すっかり懐いてしまったクロは世話をする界を主人と認識し、すくすく成長していた。
動物の成長は早い。
人の20倍、つまり人の1年は猫の20年で換算される。
界の後ろに付いて来たあの小さな身体が、小さいもののしっかりしてきたように思う。
鍵盤の上に置いていた手をクロの頭にのせて軽く撫でてやると、その手にすり付いてくるように甘える。
この猫は親を早くに亡くし、それも死の直面までも見て来た猫だ。
(そう、まるで―――)
……、
……まるで、なんだ。
ふと、自分の思考が可笑しい事に気付く。
自分のようだ、とでも思いたかったのか。…記憶がないのに?
頭が痛い。
脳が悲鳴を上げているようだ。
―思い出せと? 思い出すなと?
「ミャアァ〜」
一層強く鳴いたクロに自身の意識がハッとした時、室内に自分以外の人の気配を感じ取った。
―っ!
敵かと思い身構えたが、それを視界に捉えた一瞬、界は目を見開いた。
「界?」
そこには―――。
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