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開けた視界にまず入ったのは、夜美の心配そうな顔だった。
しかし、イードはそんなのもお構いなしにガバッと起き上がり、寝ていたベットから降りると何か言っている夜美を無視して部屋を飛び出た。

(汚い、汚い…気持ち悪い)

廊下で隼人と遭遇するも、相手の驚愕な表情を認識する前に目的の部屋を見つけ、飛び込んだ。

隼人は突然の事に反応が遅れたが、バスルームへ向かった相手を不審に思い、後を追う。
やがてシャワーの水音が聞こえ、許可も礼もなしに人の部屋のものを使う常識知らずに、一言言ってやろうと無遠慮にドアを開けた。

「…お前…、何やってんだ!」

しかし、そんな気は一気に吹き飛ばされる事になる。
入った瞬間目にしたのは、服を着たまま冷水を頭から浴び、半放心状態の男の後ろ姿だった。
コートは寝かせる際脱がせた為、黒いシャツが濡れて肌に吸い付き、イードの線の細さを現した。

「…に、がみさん、―死神さん!」

隼人が少しの間呆けていたが、いつの間にか来ていた夜美は、イードに向かっていつかの呼称を唱えて後ろから抱き付いた。
その光景に、今まで人に触れることを恐怖していた夜美を知っている隼人は驚愕した。

イードは背後から抱き付いてきた夜美を振り払った。

「やめろ…俺に触るな…触るな!」

汚い、汚い。
血塗られ、穢れたこの身体には触れてほしくなかった。
穢れが移ってしまいそうで怖かった。

尻餅を付いてしまった夜美に隼人は駆け寄るが、夜美はそれでもイードに向かっていった。

蛇口を捻ってシャワーを止め、再度抱き付いた。
もう離さない、とでも言うように。
それでも放そうとしてもがくイードに、今度は隼人が抑えるように抱き締めた。

「落ち着け。今ここには俺達しか居ない」

鎮めるように力を込めて抱き締める。
普段ではありえない隼人の行動に、自身が一番驚いたが表には出さなかった。










暫くして落ち着いたイードは身長のそう変わらない隼人の服を借りて着替えた。
リビングで待っていた夜美と隼人は、入って来たイードの姿にそれぞれの反応を寄越す。

イードの素顔を一度見ていた夜美は、形はどうであれもう1度出会えた嬉しさからイードに向かって微笑む。

隼人は、一瞬息をするのも忘れるくらいに見入った。
蛍光灯の下で艶やかな黒髪から少しの雫が落ちる。それが一層イードの色気を出した。
切れ長の瞳に長い睫毛、スッと伸びた鼻筋に、今は具合が悪そうな色だが形のいい唇。余韻の熱によるものか、上気して少しの赤みを見せる頬。
男の中に眠る獣を醒まさせるには十分の要素を兼ね揃えた容貌が、目の前まで歩いてきた。

この男を抱え上げた時から思っていた―――見た目の割りには軽すぎる事。
全てが予想外の事に、隼人は只唖然とするしかなかった。

「…すまない。見苦しい所を見せてしまった」

無表情にそう言ったイードの声で、隼人はどうにかして意識を戻した。
夜美がソファに座るよう促す。


聞きたい事は山ほどあった。
何故あのような所で倒れていたのか。
何があったのか。
一体何者なのか。
夜美が言っていた『シニガミ』とは、どういう事なのか。

どうにかして何かを聞き出そうと隼人が口を開きかけた時、それは夜美によって遮られた。

「死神さん…本当に会えた。僕は忘れる事なんて出来なかった。死神さんとの約束、守れなかった…」

意味こそ分からないが、夜美とこの死神と呼ばれた男の間に何かがあった事は分かった。

「僕を…殺す?」

その言葉に隼人は驚いて夜美を見た。
次いで目の前の男を見たが、無表情が変わる事はなかった。

「…情けないにも、俺はお前に助けられた。…お前達が他言しない限りは殺さない」

つまり換言すれば、誰かに言えば命はない。

サラっと言ってのけた男を見たが、夜美はありがとうと安堵した。
その非常識が、さも当たり前のように。



「どういう事か、話せる限りで話してくれ。他言は、一切しないと約束する」

隼人は空気を読み、場に合わせた。





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