06
「ッ、…ンぅッ……!」
イードはひたすら息苦しく喘ぐしかなかった。
滑りのある柔らかいモノ―――相手の舌は貪り喰うように、まるでその舌そのものが獣の如く口内を荒く犯す。
抗おうとすれば腕に焼けるような痛みが走る。
逃れようとすれば意思を察しられ、逃すまいと余計に深くなる。
舌を噛んでみれば再度電気を流される。
最早逃げ場もなく息苦しくなるイードの耳には、卑猥な水音のみが聴こえる。
それと同時に、脳裏には記憶の断片が映像のように幽かではあるが映る。
(……もう、)
意識を手放しそうになったその時、耳にそれとは違う音が。
「イードっ!!」
フラウドの声がする。
4人の足音と共に聞こえてきたのは、確かにフラウドの声。
目の前の自分を苦しめていた相手は突如離れた。
地面にはジョーカーの物と思われるナイフが刺さっている。
その際に腕の戒めからも解放され、相手から距離を取った。
「あーあ……残念だね、邪魔が入っちゃった」
残念そうにする相手はまだ何かあるのか、その場を去ろうとしない。
一言も話そうとしないイードにお構いなしで、男は尚も口を開く。
「今度はきちんと覚えておいて……―――僕の名前はレキだよ」
意味深な言葉。イードは彼に再度目を向けた。
レキ、と名乗った男の切なそうな、それでいて苦笑いのような表情は、彼の本心からなのだろうか。
そして、イードにはどこか懐かしくも感じた。
(…何なんだ、どういう事なんだ……)
余計に混乱する頭。
もうイードには何が何だか分からなくなってきた。
自分の記憶が曖昧なのは分かっている。人より感情が欠如しているのも分かっている。
だからこそ、付いていけない頭では記憶整理さえできないでいるのだ。第一、どうして記憶が曖昧なのかも分からない。
そんな思考に浸っているイードをレキは知ってか知らずか、彼にしか聞こえない声量で一言言い残し、去っていった。
駆け寄ってきた4人に、イードは肩膝を折った。
辺りはすっかり暗くなり、月明かりのみが深い闇の中で5人を照らす。
「大丈夫かなんて野暮な事は言わねぇ。さっさとこの場所を移動すんぞ」
「えぇ。今回は引いたみたいでありますから」
「イード、後でその腕見せないと、素顔無理矢理見ますから」
肯定も否定もせず、イードはスッと立ち上がり1人さくさくと歩きだした。
その後ろ姿に、イードに対しどこか母性の様なものを持ち合わせるフラウドは溜め息を吐く。
デーモンは今回の事で悪態を吐き、ストレインジは『Reveal』という組織への情報を収集しようと思案する。
ただジョーカーだけが、先程から一言も話さずにいる。
イードの後姿を映しているその瞳は、いつもおどけている彼とは別人のような真剣そのものだった―――…。
◆
まだ痛みや痺れの残る腕を庇いながら、イードは暗闇の道無き道を歩く。
学園のセキュリティを難なく抜けたが、校内を歩くその歩調は少し違和感があった。
それというのも、彼の身体には異変が起きてる。
(熱い、熱い……)
身体が徐々に熱に侵されている。
発熱とは違うどこか疼くようなその熱は、彼にとって不快極まりなかった。
覚束無い足取りになって、危険を感じた頃には視界さえも歪んでくる。
(早く、戻らなければ)
そう思うが、頭ではまだまだ考えなければならない事がある。
『―汝、真実を知るべからず、だよ』
そう最後に言い残したレキ。
彼は自分の何を知っているのか。少なからず、何かを知っているという事は分かった。
自分もレキにどこか懐かしさを感じるのだから。
しかし、自分は記憶を取り戻したいという意欲が沸き始めた頃に言われたその言葉は、正に出鼻を挫かれる、というものだ。
彼の言う真実とは、自分の記憶で間違いないだろう。
知るべからず、つまり知ろうとするなと言われたが、整理出来ず曖昧なままで居るのも辛いものだ。
思案に浸っている間も、身体はどんどん侵食されていたようだ。
裏道を通りあと少しで寮棟という所で、意識は完全に途絶えてしまった。
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