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ゴースト(鉢久々)
※暗い話






学園で迎える五回目の夏。
装束が思いのほか暑苦しいことも、後ろ髪が首に貼り付く煩わしさも、流石にもう諦めている。
加えて自分には、人より一つ多く「被っている」負担もある。
どうしたって緩和されないそれを直視しないよう、意識は今夜の夕飯へと注ぐ事にしよう。

しかしながら結論から言うと、今夜はおばちゃんの夕食にありつけない。
俺は今、忍務に出ている。長期間という訳ではないが、この様な猛暑である。長引けばそれだけ命にも関わる。
ああもう、早く帰って風呂に入りたい。それから腹一杯食って、変装なんか取っ払って気が済むまで寝たい。

それから…。
続きを考えた所で自嘲気味に口元が歪む。思い浮かべるは黒髪の美しい彼の姿。久々知兵助。
出立の前夜に彼と喧嘩をした。しかめ面の兵助がこちらを睨み付ける。それが最後の記憶。

(ああまずい…)

暑さ故にぼんやりしてきた意識を踏み留まらせ、あの夜を思う。
何故喧嘩したのだった?自分が悪かったような気もするし、酷く下らなかったようにも思う。
ただ、忍務前夜で気が立っていた自分は彼の為に折れることはしなかった。

(喧嘩別れなんかするもんじゃないな)

だって「次」があるか分からないのだから。ああすれば良かった、こうしていれば良かった。そんな風に思いながら死んで行くのは御免だ。

(死ぬ?誰が?…ああ、俺か)

身体が燃えるように熱い。だけどそれは夏のせいじゃない。
ぬるり、装束に染み渡る粘性の液体。裂かれた皮膚が捲れて真っ赤な口を開けている。熱いのはこれせいだ。

(なんて様だよ、)

こんな事なら兵助にも来て貰えば良かったな。あいつときたら自分も行くと言って駄々をこねていたから。それで結局口論になったんだっけ。

「ぁ、?…ははっ…そうか…」

かさかさの喉から乾いた笑いが漏れた。そうか、喧嘩の理由はそうだった。忍務を全任された俺は選抜班に兵助を選ばなかった。誰よりも優秀な兵助を。

(大事なお前を危険な目に遭わせたくないという俺の気持ちも分かってくれ)
(何を今更、俺達は忍だ、危険な目に遭わないなんて絶対に無い)
(それでも、だ。)
(…ばかやろう。お前なんかもう知らない)

極めて危険だと分かっていたから。だから遠ざけた。
結果として、俺はミスをした班員を助け大怪我を負ったというわけだ。
自覚した途端に体中がじくじくと痛み出した。もう乾いた笑いすら出て来なかった。

(兵助ならこんなミスしなかっただろうな)

兵助なら、兵助がいたなら。
らしくもなく気弱な考えに支配され、いよいよ自分は終わりかもしれないと思った。

「俺を連れて行けば良かったって後悔すればいい」

どこからか聞こえた、今一番会いたい彼の声だ。唯一動く目線だけで辺りを探る。しかし己の呼吸音以外に何の音もしない。

「帰って来て謝ったら許してやる」

それらは兵助があの夜に言った台詞だった。帰って来いと、彼は言った。帰ってから謝れと。

言われなくても、死ぬつもりなんか毛頭ないさ。
ただちょっと疲れただけ。もう少し休んだらすぐに帰るから。
きっと今頃班員の雷蔵が俺を探しているだろう。
あと少し我慢しよう。そうすればお前に会える。


もし俺が先に死んだら、お前に顔向け出来ないから会いに行かない。
でももしお前が先に死んでしまったら、幽霊でもいいから会いに来て欲しいと、不覚にもそう思ったんだ。



「おかえり」

「ただいま、あと、ごめん」


俺達はきっと六回目の夏もこの学園で迎えるだろう。
だったら七回目以降の夏もお前と迎えたい。
それから、秋も、冬も春も。




END.




深読みは不要です。
特に考えていませんから(ぇ


10,8,15

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