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恋愛ごっこ3






兵助がうちに転がり込んで来て一週間とちょっとが経った。
相変わらず兵助はうちから学校に通っているが、彼女が家に帰らない理由が未だに分からない。
このままで良い訳が無いと分かっていても、繊細な年頃のしかも女の子の対応など心得ている筈もなく、触れたら砕けてしまいそうな神経にどうすることも出来ないでいた。つい何年か前までは自分も高校生だったのに、いざ卒業してしまえば別次元の生き物のようだ。

正直なところ、兵助が現れてから食事も睡眠も取るべき時に取るようになったため、生活は健康そのもの。最近は寝起きもすこぶる良い。
このままずっと兵助と暮らせたら。それは現実には起こり得ない、夢のような話だけれど。心も体も彼女がいる事で平穏を得ているのは事実であり、多分、そう、もしかしたら多分、兵助の方も、俺がいることで平穏を得ているのではないか。
そんな嬉しい期待がぎゅうと胸を締め付ける。

彼女が特別な存在になってしまったことは、動かし難い事実なのだ。
だからこそ、俺のすべき事は決まっている。
本当に特別だからこそけじめを付けなければならない。

家に帰れ。その言葉を兵助に言わなければならない。いつでも戻って来ていいからと、付け足すのも忘れずに。





大学もバイトも無い今日この日、学校から帰ったばかりの兵助と夕飯の買い物に出掛けることにした。
何を食べようかと語らいながら制服のままの兵助と並んで歩く。
今の俺らは果たして兄弟に見られるだろうか、恋人に見られるだろうか。どちらにしてもこうして一緒に外を出歩くのは初めて出会ったあの雨の日以来なのでどことなく嬉しい。それに可愛い女の子を連れて歩くこの優越感は気分がいい。
今日の夕飯を食べたら例の話を切り出してみよう、そんな事を考えていた。



「兵助くん」



本当に自然に、するりと流れるようにに兵助の名が呼ばれた。
俺と兵助がほぼ同時に振り返れば、長身で派手な金髪の男が驚いた様子で立っていた。
瞬間、兵助が身を固くしたのが伝わってきた。金髪の男が長い足を数歩進ませ手を伸ばせば兵助に届く距離まで近付いてくる。

「やっと見つけた」

手を伸ばせば届く距離に詰めたのはやはり手を届かせるためだったようで、男は兵助の腕を力強く掴んだ。

「…離せタカ丸」

「どこに行ってたの?心配してたんだよ」

しかし兵助は何も言わない。ただならぬ空気に俺が軽い気持ちで口を挟める訳も無く、重苦しい沈黙が訪れる。
一呼吸置いて金髪の男が此方に視線を移した。

「あなたは?」

「あ、俺は、」

「お前には関係ない」

怪しまれないよう名乗り出ようと思った矢先、兵助がそれを遮って男を睨み付ける。掴まれていた手を力一杯振り解き、再び捕まらないように俺の後ろに身を隠した。
相手の男も引き下がる気配を見せないのでこのままでは埒があかないと思い、何か声を掛けるべきだなという結論に至る。

「あの、俺竹谷っていいます。訳あって兵助の面倒を見てたんですけど…兵助も何か訳があるみたいだし、とりあえず一回落ち着いて場所変えませんか?」

口を挟んだ俺に金髪の男は訝しげに視線を移す。見れば見るほど、派手な容姿だ。極力目立とうとしない兵助とは正反対で、共通点と言えばずば抜けて綺麗な顔をしていることくらい。二人がどんな関係なのかこの状況で気にならない奴はいないだろう。

「兵助くんとはどういう…?」

いかにも今時の若者という外見からは意外なほど柔らかな物腰で問い掛けられたが、この質問の返答に俺は大層困った。
友人、というわけではないと思う。そもそも大学生の俺と高校生の兵助に接点は殆どありはしない。
しかし兵助を家に泊めてる事実もあるから、ちょっとした知り合いというわけでも無い。

「あー……彼氏、ですけど」

迷った挙げ句とんでもない事を口にしてしまった。
しかし他に良い言葉が見付からなかった。こんな時友人である鉢屋三郎の臨機応変さがあればもっと上手い切り抜け方があっただろうに。
金髪の男は驚き、訝しげな表情を隠そうとしない。表情豊かな印象を持った。

「そう、ですか」

納得はしていないらしいが受け入れようとはしているらしい。戸惑いがちにそれだけ吐き出すと再び黙ってしまった。
それを機に今度はこちらから男の身分を問おうとした。しかし。

「行こうはち」

「え、あ」

後ろに控えていた兵助に急に腕を引かれた。転びそうになりながら走り出した兵助の後に続いてその場を離れる。

「兵助くん!家に帰っておいで、お母さん心配してたよ!」

背中越しに男の声が届いた。
やっぱり家出だったのかとか、心配してくれる家族はちゃんといるんだとか、なぜあの男は兵助の家庭事情を知っているのかとか、色んな疑問と感情が生まれた。







「あいつ嫌い」

角を何度か曲がってようやく逃走劇は幕を閉じた。息を整えながら兵助は言った。

「あいつ居るから帰りたくない」

あまりに苦々しく言うものだから、兵助を家に帰そうと決意したばかりなのに、兵助に心底弱い俺は結局、家に帰れだなんで言えなくなってしまった。

「さっきの誰?」

「…俺の兄貴」

脳が揺さぶられる程の衝撃だった。
全く似ていない。いや似ていない兄妹だって存在するけど。
まあ美形兄妹という点では納得せざるを得ないか。
しかし、そうか。兄貴だったら家庭事情を知っていて当然だな。
何か特別な関係ではなかった事に俺は何故かほっとした。

「さっき」

「ん?」

「彼氏って、言ってた」

「あー…ごめん。他に浮かばなくて」

「んーん、いいよ。嬉しかった」

「え…そーなの?」

さっきまでの険しい表情とは反対に見慣れた幼い表情の兵助が、少し悪戯に笑って腕に絡み付いてきた。

「じゃあ恋人として買い物の続きをしましょうか、八左ェ門くん」

「…年上をからかうな、ばーか」

出会ってたかだか数日間。兵助については知らない事の方が多いけど、兄より自分に懐いてくれてる事にどうしようも無く幸せを感じた。
一時は躊躇われたが、やはり兵助を家に帰すべきだろう。今晩きちんと話をしてみよう、そう決意した。




next..









この際おもっくそドロドロさせてやるんだ

09,11,24

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