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8/8(鉢久々)
※鉢屋の日記念
※現代








ここはどこだ。
果てしなく続くように見える舗装されていない道、その両側に広がる田んぼ。更に奥に見えるは森か山か、鬱蒼と立ち並ぶ木々。
大学生活三回目の夏休み、一人バイクで旅に出てみたらいつの間にかコンビニもないような田舎に辿り着いてしまった。
辿り着くだけなら引き返せばいいだけなのだが、如何せん相棒のバイクの調子が悪く、エンジンがかからない。ああお前もこの暑さにやられてしまったのか。
点々と並ぶ民家が幾らか見える。あの中に車の整備工場などは無さそうだ。
俺は途方に暮れてしまった。けれども何とかしようと動く元気も無く、降り注ぐ太陽熱と紫外線の下、ぼーっと道の端に座り込んでいる。

どの位そうしていたか。滴る汗をTシャツの袖で拭った時だった。
遥か彼方まで続く(ように見える)細い田舎道を歩く人影があった。
いつの間に現れたのか、こちらに背を向けて歩く人影は段々と遠ざかっていく。俺は逃してなるものかと、最後の力を振り絞って駆け寄った。
距離を縮めていくと見えてきたのはどうやら少年のようで、頼り無い線の細い体が、この暑さに少しフラついていた。

「ねえそこの君!」

振り返った少年に、俺は思わず身を引いた。背景の大自然が似合わない、だけど清廉な顔立ち。都会でも中々見ない綺麗な顔だった。

「何?」

「…あ、えーと、この辺にバイク直せるとこ無いかな」

表情を変える事無くぽつりと呟いた少年の抑揚の無さに若干圧倒されつつ、死活問題であるバイク修理のあてを尋ねる。

「なくもないよ」

くるっと背中を向けて歩き出す彼に戸惑いつつもその後に続いた。









「いやマジ助かりました」

「別に俺は何もしてないけど」

バイクを押して辿り着いた先は何の変哲もない只の民家で、俺は正直不安になったが、中から出て来た巨漢は作業服を着ていて如何にも機械弄ってますという風貌だったから一先ず落ち着いた。実際彼は山を越えた所の自動車整備工場で働いているらしい。
結局の所バイクの部品が駄目になっていて工場に持って行かないと直せないとのこと。整備士の好意で工場で修理してもらえる事になり、俺の相棒は彼の軽トラの荷台に載せられた。去っていく相棒を眺めながら、道案内してくれた少年に礼を言う。

「で、どーすんの?」

「え何が?」

その疑問はさも当然であるかのように投げかけられたが、何の事か本気で分からない。

「バイクってそんなすぐ直るもんなの?」

「さあ…何日かかかるのかな」

「その間あんたどーすんの」

「あ」

盲点だった。というかバイクのことで手一杯で、自分の身の振りなど考えて居なかった。
周りを見渡しても、ホテルどころか民宿すら無い。民家すら疎ら。

「…どうぞお達者で」

「待ってくれ少年!」

薄情にも立ち去ろうとする少年に焦って思わず声を上げた。唯一頼ることが出来る存在を逃がすものかと彼の腕をガッチリ掴む。
凄く嫌そうな顔で振り向かれた。

「引っ張るなよ!つか何少年て!俺もう高3だけど」

何、高3だと。細いどころか薄っぺらい体付きと中性的な顔立ちから勝手に中学生くらいだと思っていたから大層驚いた。
…じゃなくて。

「何でもするから泊めて下さい」

こんな何も無い所を望んで旅に出たというのに、いざ辿り着いてしまえば都会育ちの俺は既にギブアップだ。なりふり構ってられず高3の青年に頭を下げる。

「まぁ…一応家の人に聞いてみるけど」

「ありがとう青年!」

「だからそれ止めろ」

感謝の意を込めて両手で彼の右手を握ったら間髪入れずに振り解かれた。せっかく気を使って少年から青年に言い換えてあげたのに。

「だって名前知らないし」

「兵助。久々知兵助」

嫌そうな顔は変わらず貼りついたままだったが、兵助は淡白そうな見かけと違い人情味があるようで助かった。

「俺鉢屋ですー、鉢屋三郎!」

高校生らしからぬ受け流しで歩き出した彼の背中を再び追いかけた。





兵助は祖父母と暮らしているようで、だだっ広い日本家屋に3人暮らしだった。部屋は沢山あるからという好意に甘え、居着いてかれこれ10日は経った。
バイクはとうに直っていた。

「三郎いつまでいるの」

「え、なに、俺に帰って欲しいの兵助くん」

低いテーブルに向かって勉強する兵助がふと思い出したように呟いた。
夏休みの宿題をしているのかと思えば、それは宿題では無く受験勉強だった。高3なのだから当たり前だ。
俺らは毎日、兵助の案内で山を散策したり縁側でごろごろしたり広い庭の広い家庭菜園で汗を流したり、そんな風に過ごした。
昼間にはしゃぎ過ぎてどんなに疲れようと、兵助は毎日勉強していた。その背中を眺めながらゴロ寝するのが俺の仕事だ。

正直俺は、例え追い出されたとしても出て行きたくないとまで思っていた。ここは本当に居心地が良い。
帰ろうとしない俺に必要以上に干渉しない、だけと黙って側にいてくれる兵助との距離感。
喧騒から抜け出したいが為に強行した目的も無い一人旅だったが、ここに最終目的を見付けてしまったように思った。

「別に、好きにすればいいんじゃない。俺は、もうすぐ夏休み終わるけどさ」

「あ、そうか」

壁に掛けられたカレンダーを見れば8月も終盤にさしかかっていた。大学生の夏休みはまだ折り返し地点だというのに、高校生の兵助は数日後には学校に通う日々を再開させなければならない。
当たり前の事だが今の生活がずっと続くわけでもなく、夏休みが終わればまた息の詰まる都会生活が始まるのだ。
あそこには、綺麗な空気も静かな環境も無い。ふらっとやって来た人間を受け入れてくれる穏やかな住人や兵助の祖父母もいない。何より、兵助がいない。
なんだかんだでこの10日間、兵助にべったりくっ付いて過ごしていたのだ。彼のいない生活を思うと、とても寂しく感じた。

兵助の背中を見る。後ろから見ても細く頼りなくて、大自然の中で育ったとは思えない儚さだった。日に焼けた自分の腕とは違い、同じように日に当たっていたはずの兵助の首筋は白く、いっそ輝いて見えた。
体を起こして兵助に近付く。クーラーも無いこの部屋は時折涼しい風が吹くもののそれだけではやはり暑くて、俺も兵助の首筋もしっとり汗ばんでいた。
ふいに、何の思慮も無く、気付いたらその首筋に唇を寄せていた。汗で少し湿った襟足は不快どころか気持ち良いとすら思った。兵助が驚きで身を引いた。

「何なの」

「さあ」

「さあって…」

はぐらかしてみたものの、俺にはこの奇行の原因が分かっていた。本当に唐突に、何の前触れも無く、欲情したのだ、兵助に。
怒りより困惑の表情を浮かべる兵助の、今度は唇に口付けを落とした。

兵助は特に抵抗もせず、祖父母は外出中。キスの先に進むには充分な理由だった。







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