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覚悟はあるかい(綾久々♀)
※現代
※ねつ造甚だしいです









幼い頃、内気で泣き虫だった僕は言うまでも無く苛められっ子で。
そんな時に決まって助けてくれたヒーローがいた。

『きはちろーをいじめるなぁー!』

女の子なのに男の子みたいに活発で、喧嘩も強くて頭も良いから誰も適わない、一つ年上の久々知兵助さんは近所に住んでいて、何かと面倒を見てくれた。
沸点が低いかと思えば豆腐に情熱的で、僕はそんな久々知兵助さんが大好きだった。

小学校も高学年になった時、急な引っ越しが決まった。父親の転勤のためだった。
僕は泣いた。兵助さんによく『泣くな』と言われていたのに、沢山泣いた。兵助さんと離れたくなくて、それが幼いながら恋心だということを知った。

『きはちろう、男の子なんだから強くなれよな』

『うん、僕、今度へーすけさんに会うときまでに、絶対強くなるから』

『おう、楽しみにしとく!』



待っていて下さい。
きっと貴方に相応しい男になって会いに来ますから、覚悟しておいて下さい。

そうして、新しい土地での生活が始まった。









きっと久々知先輩は、あの頃のままの明るく活発な性格で、髪とかすごく短くてスポーツとかやってて体育会系で男勝り、そんな感じの人になってるんだと思う。
だから僕は、先輩以上に背が高くて運動も出来て逞しくなくてはならない。毎日それなりに(多分だけど)努力して、いつ先輩に会っても恥ずかしくないようにと思って過ごした。

高校受験を控えた頃、父の転勤で再びあの思い出の地に移り住む事が決まった。僕は人知れず歓喜した。母の話では、たまに連絡をとっていた久々知一家はまだあの辺りに住んでいるらしい。
また会える。それだけで、久々知先輩が通っているという(これも母の情報)県下随一の進学高受験も乗り越えられそうだ。






無事に難関を乗り越え、迎えた春。引っ越しも終わり晴れて今日から高校生になる。

入学式、僕は会いたくて堪らなかったあの人の姿を探す。新入生と在校生が溢れる人混みは煩わしかったけれど、視線はただひたすらあの人を探してさ迷う。

「久々知ー」

長年恋い焦がれた名前が聞こえて、はっとして振り返った。
係員の札を付けた男子学生が、同じく係員の札を付けた女子生徒に駆け寄って行く。

「久々知、あと15分で新入生全部教室に案内しろって」

「ああ分かった」

僕は久々知と呼ばれた女子生徒を期待を込めて見た。珍しい名字だ、間違い無く久々知兵助先輩だろう。
だがしかし、僕の予想を遥かに越えてその人は綺麗な人だった。あれが会いたかった先輩であると直ぐには認識できなかった。まるで外国の絵本から抜け出したみたいにそこに存在している。
崇高な気配すらする彼女に声を掛けることも躊躇われたが、それをしなければ意味が無い、意を決して歩み寄った。

「こんにちは久々知先輩」

振り返った先輩は不思議そうな顔をしてまじまじと見つめてくる。やはりどことなく数年前の面影がある。
内心緊張していると、心当たりに思い至ったのか先輩の表情がぱっと変わった。

「あー……えっと、もしかして綾部喜八郎?」

「覚えてて下さったんですね。嬉しいです」

「やっぱり!?元気だったか?」

大きくなったなあと、そう言って笑う先輩は本当に可愛い。

こんなの、想像してなかった。現実の先輩はどちらかと言えば背は低めで、明るく活発なのは想像通りだが、線が細くて何となく頼りない印象だ。長い黒髪がふわりと揺れる。良い匂いが鼻孔を擽った。


幾らか言葉を交わしていると新入生の集合時間ギリギリになったので、先輩に教室まで案内して貰う事になった。
一年生は一番上の階なんだ、と、階段の一歩先を上る久々知先輩の後ろに付いて行く。

「綾部は部活に入るのか?」

「今の所は特に決めていませんが…」

「マジで?じゃあうちの部に入れよ!」

部活に勧誘せんと振り返った先輩。その拍子に先輩の上靴が、階段の角をずるりと滑った。

「う、わ」

「先輩危ない」

久々知先輩の二の腕をがっちり掴んで引き寄せた。弾みでよろけた先輩は三段下にいた僕に体を預けてきた。ぼすん、と腕の中に収まる。

(あれ、こんなに…)

こんなに細いのか。このまま腕を強く握ればあっさり折れてしまいそうな、柔らかさ、儚さ。その体は嘘みたいに軽い。
記憶の中の先輩は、いじめっ子にも掴み掛かっていって喧嘩も負け無しだった。絶対に適わない存在だったのに。
先輩は天然で一見相変わらずの男勝りだけど。

(女の人、なんだ…)

想像の中の頼りになる久々知先輩が好きだった。
だけど、現実の先輩は想像よりもずっと僕を魅力した。

「はあ…ありがとう綾部」

助かったよと言って離れようとする先輩の腕を掴んで引き寄せたまま近距離で見下ろす。

「僕は先輩の隣に立ちたくて、この五年間ただそれだけを考えていました」

一日だって思い出さなかった日はありませんでした。その想像の中の先輩とはまるで違う現実の先輩に戸惑ったけれど、僕はどんな先輩でも愛しく思うんです。

「いつか僕のものになって貰いますから、久々知先輩」

覚悟していて下さいね。

真っ赤になって固まる久々知先輩に我慢出来なくなって抱き締めた。
細い体は抱き心地が良くて暖かい。こんなに大胆な事をしてしまう自分に驚きつつも、どんな感情もこの至福には勝てない。

「約束…守ってくれたんだな」

「え?」

腕の中でも抵抗しない先輩がふと呟いた。

「次会う時までに強くなるってやつ。さっき助けて貰った時ちょっと感動した」

身じろいだ先輩を解放すると、覗き込んだその顔は恥ずかしそうに目が伏せられていた。

「何か綾部すげー格好いいし…俺立場ないじゃん」

良い女になって驚かせようと思ってたのに。
確かに先輩はそう言った。あの頃の事を覚えていてくれただけで嬉しいのに。そんな事言われたら、期待してしまう。
すると久々知先輩は僕の頬を両側からぎゅっと挟んで無理やり視線を合わせられた。

「もう充分待ったから…これ以上あんまり待たせんなよな?」

にっこり笑ってするりと腕から抜け出した先輩は足取りも軽く階段を駆け上がっていった。今度は残された僕が赤面する番だった。





END.




09,6,11


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