そして生きている(綾久々)
風の噂で聞いた話だった。
天才的トラップを得意とするフリーの若手忍者が戦の最前線で活躍しているという。
十中八九彼の事だと思った。
『いつか聞いて欲しい事がある』
そう告げられた日から、五年と少しが経った。卒業してから綾部とは顔を合わせていない。
あの時既に彼の罠に嵌っていたんだと気付いたのは最近だった。
俺は、彼を待っている。端から見たら滑稽なくらい誠実に。そうなるよう罠を仕掛けて行った彼を飽きもせず待っている。
城仕えの俺は自由に動く事は出来ず、待つことしか出来ないというのも事実なのだが。
それでも、忍務成功率十割を誇り、不落の城として名を広め城主からの絶大な信用を得ていれば、俺の居場所は伝わっていると思った。
そしてそれはずばり当たっていたらしい。
本当に唐突に、ふらりと綾部は現れた。
「お久しぶりです先輩」
「久しぶり」
何年か振りの再会だというのに抑揚の無い挨拶はお互い様だった。
あの頃と変わらないそんなやり取りは、酷く安心出来た。
「髪、短くしたんだな」
「はい」
「綾部のふわふわの髪好きだったなあ」
「そう、ですか…」
「でも…うん、短いのも似合うな」
綾部は何も言わず顔を背けた。これは照れている証。ああ本当に、年齢や髪型や社会的立場なんかが変わっても、あの頃と何一つ変わらないのだ。
「聞いて欲しい事があるんです」
「うん」
「久々知先輩が、好きです」
「うん」
「私に貴方の全てを委ねてくれませんか」
「うん、勿論」
返事をした瞬間に抱き締められる。そして降ってきた口付けは、それもまたあの頃と変わらない暖かさだった。
あの時から、想い合ってる事なんてとうに気付いていた。
綾部の身長は、俺の身長を一寸ほど上回っていた。
そして私は生きている。何にも無いように見えた手のひらは、初めから全てを掴んでいた。
END.
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