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僕を放棄(鉢久々)
※フリリク作品
※兵助が敵忍者に襲われた表現がありますので苦手な方はご遠慮下さい









五年い組の実地訓練中に問題が発生したらしいと情報が入り、学園内は慌ただしくなっていた。教師陣総出で対応に当たり、無論その間の授業は全組自習だった。

俺達は兵助の無事を祈った。プロの忍者に相対しても実力は申し分ない彼だが如何せん自己犠牲の気があるから、仲間を庇って怪我を負うなんて事は少なくなかった。

「大丈夫、絶対」

雷蔵もはちも心配で仕方無いだろうに、今にも学園を飛び出しそうな俺を落ち着かせようとにしきりに声を掛けてくれた。







結果として、兵助は生きていた。
この表現では何とも素っ気ないが、兵助は本当に、ただ『生きているだけ』なのだ。

その有り様を目にした時、俺は言葉を失った。

「っ…」

装束はボロボロになって役目を果たしてはおらず、痣だらけの白い肌が剥き出しになっていた。手首に縄の食い込んだ跡があり余程強く縛られたのか血が滲んでいる。
表情は無い。頬を伝った涙の乾いた跡が幾筋も見て取れた。
綺麗に靡いていた腰まであった黒髪は、所々切り捨てられていて長さの揃わない無惨な有り様だった。
明らかに陵辱されていた。


兵助を見つけた時、彼は森の中で気絶していたという。
教師は直ぐに学園に連れ帰り、手当てを受けさせようとしたが、兵助は怯えていて近付いた者全てに威嚇し、攻撃したらしい。学園の教師が分からなくなるなど信じられなかったが、木下先生の腕には数ヶ所切り傷があったから、どうやらそれは真実のようだった。


忍術学園に帰還しても、兵助は怯えてしまって誰一人近付けようとしない。
命に関わるような深い傷は無いものの放置は出来ないので、数人掛かりで抑え付けて目立った外傷だけ手当てしたという。
相当暴れたらしく、部屋に入る前に見掛けた土井先生の服は乱れ髪もぼさぼさだった。




余りに悲惨な有り様を目にし、襖を少し開いたまま立ち尽くしてしまい、はっとした。兵助は静かにただ一人で部屋の隅で小さく丸まって座り込んでいるだけだった。

知らず涙が溢れた。何も出来なかった悔しさと、兵助が受けた屈辱を思うと、冷静でなんていられなかった。

「兵助……」

部屋の敷居を一歩跨ぐと、近付かれるのが嫌なのか首を振って身を固くする。全身で拒否を示している。

「俺だよ…三郎だ、分かるだろう?」

至極優しく語り掛ける。他の誰を拒絶しようと、いつだって俺だけは受け入れてくれると信じて。

「……さ ぶろ…う?」

視線は空を彷徨わせたまま反応を見せた。ああもう、俺が泣いている場合ではない。すぐさま涙をごしごしと拭った。

「さぶろう…」

今度は確かめるようにしっかりとした発音で、顔を上げて呟いた。
俺は少しずつゆっくりと、部屋の隅にいる兵助へと近寄る。一歩踏み出せば触れられる距離まで近付いた所で兵助がびくりと体を震わせたから、そこで足を止める。

「そう…三郎だよ兵助…」

「三郎…」

「っ!」

突然動いた兵助に、装束の裾を驚くほど強い力で掴まれた。

「どうして助けてくれなかったの?」




悲痛な声に、心臓を鷲掴みにされた。




「三郎のことずっと呼んでたのに…助けてって…でも三郎が来てくれなかったから…おれ…おれ、あいつらにっ…」

「兵助…」

「あいつらに穢された…!」

瞳孔は開き切って、後から後から溢れる涙。しかしその虚ろな目は何も写しておらず、錯乱状態故に何を言っているか分かっていないようだった。
改めて、何も出来なかった自分の無力さに吐き気がした瞬間だった。

「ごめん、…ごめんな兵助」

何で、何で助けてくれなかったと、うわ言のように呟く姿が痛々しくて、涙が伝う頬に触れようと手を伸ばす。

「触るな」

ところがさっきまでの虚ろな目はどこかへ消え、しっかりとした声で拒絶を訴えてきた。それがいつもの兵助と何ら変わりないので、本心から拒絶されている様で心臓が縮み上がった。

「触らないで」

再び小さく縮まって顔を伏せてしまった兵助は、肩を震わせて本当に小さな声で呟く。

「俺は…汚いから…」

「そんな風に思ってない。兵助は汚れてなんかいない。こんなにも綺麗じゃないか」

触れるのを嫌がる兵助の涙に濡れた頬を両手で挟み込んで強引に顔を上げさせる。瞳には生気が戻っていて、目の周りの痣以外は普段と変わらない様子の兵助だった。
けれど、震える唇から放たれた言葉は残酷で。

「もう側に居られない」

「っ…何でだよ…!」

「汚いから…愛される資格ないんだ……、三郎の側にいれないなら…俺なんか生きてても仕方ない」

酷く緩慢に瞬きをした兵助の瞳から、涙がより一層溢れ出した。

「死にたい…っ!」




彼が決して言う筈のない言葉、"死"という言葉に、ぷつりと何かが切れた。それは呪いの言葉のように重苦しくのし掛かった。




「そんなに死にたいなら殺してやるよ」

懐から取り出した苦無を握り締め、兵助に振りかざす。



―ザクッ








パサリと畳に散らばる黒髪。辛うじて結える長さだった髪は、肩より僅か上までの短髪になった。

「たった今、久々知兵助という人間は死んだ」

訳が分からないといった表情で兵助は瞠目する。
短くなった癖っ毛がぴょんと跳ねていて可愛くて、正直言うと欲情した。
ほら、俺はどんなお前でも欲情してしまうくらい愛しているんだよ。
見ず知らずの人間が付けた兵助の傷に、腑が煮えくり返りつつも、俺はその白い肌に浮かぶ痣や傷跡に興奮しているんだよ。
それもこれも全部、お前だからだろ。お前だからこそ、どんな状態でも愛おしいんだろ?

自分を憎むのなら、全く別の人間になればいい。いっそ人間を放棄してしまえばいい。俺の物に…所有物か、はたまた愛玩動物にでもなってしまえばいい。

「俺がお前の全部を背負って生きてやる」

そうして、俺が居て初めて存在価値がある、そうなってしまえばいい。

「だから、死ぬな」

俺から離れるな。
俺の為だけに生きろ。
死ぬな、死ぬな、死にたいなんて言うな!

お前が居なくなった世界で、俺に生きろと言うのか。そんなの、何よりも残酷じゃないか!




「俺は…三郎の為に存在してる……三郎の為だけに」

暫く黙り込んでいた兵助がぽつりぽつりと呟いた。言葉の意味を模索するように、少しずつ少しずつ。
不意に兵助が自分の手首をきゅっと握るのが見えた。縛られた跡が残る手首だった。



「俺、三郎の側にいていいのかなぁ…」

「当たり前だろ…手離す気なんかねぇよ」

兵助の色の無い表情は相変わらずだったが、触れる事を許してくれたらしく、今度は伸ばした手が振り払われる事は無かった。

手首を取って傷跡に口付けを一つ落とす。
そこに水滴が一滴、ぽたりと落ちた。どちらの物とも分からない涙だった。






END.











犬さま…お待たせして申し訳ございませんでした!
リクエストありがとうございました。



09,5,21

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