木更津堂・店主 赤澤の部屋、窓は全開。 一日の汗と疲れを綺麗さっぱり洗い流して癒やしのマイ・ルームに無事帰還。 しばらく前からここには居候がいる。 「まだ読んでたのか」 「あー……かざ、」 「ハイハイ、半端な反応しなくていいから没頭して読んどけ」 「…」 愛想のない居候。…今に始まった事じゃないけどな。 反応しなくていいと言った途端に全神経を本に戻すこいつは、例えば俺が今背後からチェーンソーを構えたって気づきはしないんだろう。 かさ、と乾いたページを繰る音はやたら大きく部屋に響いた。俺が濡れた頭にタオルを掛けてベッドに座ると、居候には完全に背を向けられる形になる。 かさ、 かさ、 かさ、 しばらくその様子を眺めていた。眺めていたかった訳ではないけど、なんとなくただぼうっと眺めていた。 かさ、 ぱた、 「…んー。」 こいつがこっちの世界に戻って来る頃には、俺の髪はほとんど乾いてた。 「お前、なんでそんなに本読むんだ?」 「んん、なんでだろうね。読まないではいられない。読むのを止めたら死ぬんじゃないの、頭の中が現実に塗りつぶされたら俺は息できない」 「お前それ現代人としてどうよ」 「あはは、赤澤痛いトコ突いて来るね」 「あ、痛かった?」 「んー、若干?でもとりあえず俺が現実を見るのは三分のひと月だけって決めてるし」 「おいおい、亮が泣くぜ?」 「はぁ?……ああ、」 「……淳?」 「亮どうしてるかな」 「さあなぁ…お前連絡取ってると思ってた」 「全然。俺から連絡はしないし、アパート引き払ったらー?って電話で言われた以来」 「そりゃ随分だな」 「明日、亮んとこ行ってくる」 「おう」 「電話貸して」 そう言って淳が階下に降りた後、急いで窓を閉めて蚊取り線香を焚いた。 ♭♯ |