夜を焦がす(旧拍手)
嗚呼、哀しいほど美しいあの月に。
風流な鈴虫の声に誘われて表向かいの障子戸をす、と開けば、見上げた空には蒼白い満月。
たまご色ならまだ良かったものを。
蒼い月から降る光。
蒼い月から―
「…跡部」
はらりと零れて頬を伝った涙は、落ちたかと思うとすぐに着物に吸い込まれた。
嘘。たまご色でもきっと慈郎を思い出してしまっていただろう。
庭先でさやさやと風に靡く芒(すすき)は若のやわらかい髪のようで、望郷の念が再び滴になって零れてしまう前に障子戸を閉めた。
秋は嫌いだ…月が綺麗だから。
みんな月にいる。
月で粗相をした俺は、帝様の命で月界から追放されて地上にやってきた。
この世界で親切なお祖父さまとお祖母さまに育てていただくようになってから随分経つ。
「萩、お前は月が出ると泣くね」
「…お祖母さま」
慌てて涙の跡を拭ったところで、俺の頭にお祖母さまのちいさな手がふわり、と乗せられた。
よしよし、と年甲斐もなく涙を流す俺を宥めて優しく髪を梳いてくれるお祖母さまに、それから俺たちのために毎日山へ出かけてゆくお祖父さまに。
どうして言えるだろうか。
月に帰りたいだなんて。
秋はいけないよ、何をみても君たちを思い出してしまう。
月の帝様はきっと赦してはくれないのだろうけれど、それでも…
嗚呼、哀しいほど美しいあの月に帰りたい。
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