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虹霓








気が付けば東の空がうっすらと白く色付き始めていた

「(初めての、朝帰り……かぁ)」

しかしこれには正当な理由がある
……いや、これは正当な『仕返し』だ

「(ワタルがいけないんだもんねー、私は全く悪くないし)」

昨日は私とワタルが付き合って三周年の記念日だった

「(なのに、なのになのに……ポケモンリーグで会議だなんて)」

それが記念日の大切な時間を消費させた理由ならまだいい

「(その後で、イブキちゃんと、修行だなんて……)」

暖かい料理も綺麗な花束も、着飾った自分自身もワタルのその一言でどうでも良くなってしまった
ワタルの口から謝罪の言葉が出るよりも早く携帯の電源を切ってしまった
そのまま携帯をソファーに投げ付けて、行き先が思い浮かぶ前に家を飛び出した
背にした部屋から、再び携帯の着信音が聞こえたような気がしたが、自分の嗚咽に掻き消されて上手く聞こえなかった

「頭、痛い」

それもそうだ、行きつけの居酒屋を何本かはしごして

「吐きそう、これは一旦家に帰るしかないな……」












「何処に行っていたんだ?」

家に着いて玄関を開けた途端に不機嫌なワタルの声

「……邪魔、」

「っ……トキ!」

軽く突き飛ばすような形でワタルを押しのけ、部屋に上がる

「トキ!」

「うるさい、ワタル」

「昨日は本当に悪かった!だけどちゃんとした理由があるんだ、これから話す、」

「聞きたくない、つか、今ワタルの顔モーレツに見たくない」

「トキ、いいから聞いてくれっ」

「ワタルはいいから帰れ」

「おいっ、トキ……ッ!」

ガシッとワタルに腕を掴まれ、その瞬間視界が妙な揺れ方をした感覚に陥った

「……うッッ!」

「トキ?!どうした!」

心配して私に寄って来たワタルの腕を振り切って、私は一目散にトイレへ駆け込んだ









「(完璧な二日酔いだわ)」

「トキ……」

私の背中を擦るワタルの手を払ってやる力も無く、ただ気持ち悪くなると、最早胃液だけとなった不快感をトイレに吐き出していた

「トキ」

「……マジでどっか行って」

「あのな、」

「今アンタの声が最高に不愉快、吐き気が増す」

「……」

自分でも、ここまでくると八つ当たりもいいとこだと思えてきた
それでもリーグの会議のこととか、イブキさんのことか、変なプライドが邪魔をして醜い八つ当たりに歯止めが効かなくなってなっていた

「もういいから……どっか行ってよ帰ってよ、弁解なら一切聞かないからね!」

「……はぁ、」

「……何?……溜息つくくらいなら早く帰れっての!」

苛々しているのは分かっている、私も、そしてワタルも
でも、どうしても引き下がる訳には行かなかった
だって……昨日はとても大切な

「……そんなに癇癪を起こすことでもないだろう?それに、落ち着いて俺の話を聞く暇も無いか?……そんなに苛々して、まさかそれ……つわりとか?」

くすっ、とワタルが耳元で笑った
その時、何か血管が切れたような音がした気がした
漫画でもあるまいし、堪忍袋の緒が切れた音なんか聞こえる訳はないけれど

「冗談言ってる余裕がよーくおありで?!ふざけないでよ!昨日は、昨日は……私っ、どれだけ楽しみにしてたと思ってんのよ!毎年記念日がくれば、その日のっ、その年の記念日から、また来年の記念日が待ち遠しくなる……!それくらい大切だったんだからぁ!」

「……それは俺も同じで……」

「それを何?!仕事って……その後、イブキちゃんと修行って……どれもこれも他の日に出来ることを!……あははっ!つわりって何?頼まれたってアンタの子なんか産まないわよ!」

「……!」

言った瞬間、流石にマズイと思った
それは何が何でも言いすぎだ
本心じゃない

「……トキ」

……急に空気が冷たくなった
それも息が詰る程に

「ぁ、ワタ……ル?」

「……来い、」

「キャッ!……腕っ、そんなに強く引っ張らないでよ!」

「……黙ってろ」

「ワタル……?!」

乱暴に立たされると、ベランダに連れて行かれる
私の部屋はマンション9階、まさか

「ワタ……っ!」

「カイリュー!」

ワタルがそう空に叫ぶと、カイリューが天より舞い降りて来た
まさにその姿は天使に似ている、そう思ったのが最後、私の記憶は途切れた













「(此処は……?)」

気が付くと、無数の蝋燭が揺らめく不思議な空間に倒れていた
その中に浮かぶ、龍の像

「此処は龍の祠と言う」

「ワタル……?!……え?」

蝋燭の明かりに照らされたワタルがそこに立っていたが、いつもの感じと違った

「服が……」

いつもの煌びやかな服とは一転して、白い着物を着ている

「そういうトキもな」

「えっ?!あぁ!……何これ?!」

私もワタル同様に白い着物を着させられていた

「ど、どういう……こと?」

「こういうことさ」

ワタルがしゃがんだと思ったら、そのままキスされた
しかも後頭部を強く押さえられていて、これまでにないくらい深いキスをした

「ぅン!……はッ、ワタル?!」

「少し黙っていてくれないか」

「黙ってって、私まだ許した訳じゃないわよ、ちょっと!」

腰帯にワタルの手が掛かる
ぐっ、っと手に力を込められて、腹部に圧迫感を感じた

「やッ!ワタル嫌!」

「……ッ、」

反射的にワタルを押しのけた
いつものワタルならこんな乱暴な真似はしないのに
今眼前に居るワタルは余裕が微塵も感じられなく、何か急いで行為に及ぼうとしている感じがした
そして何より怖い、物凄い恐怖を感じる

「……な、んなの?私が悪いの?全部、私が」

「……違う、トキ」

「さっきのは言いすぎたのはっ、私、分かってる、よ」

「いいから、」

「でも……っ、」

「トキ!」

「っ?!」

悲しい吐息のような溜息がワタルから漏れた
ワタルの目が潤んでいるように見えた
私もそれを見て胸が締め付けられるような想いになった

「ワタル……」

「トキ、聞いてくれ、昨日は本当に済まなかった……それにはちゃんとした理由がある、これだけは聞いてほしいんだ」

「ぅ、うん」

「昨日はリーグの会議も欠席した、本当はそれをリーグの皆に伝えたらすぐに帰るつもりだった」

「……」

「だけど……イブキがな……」

そこでワタルの言葉が止まった
暫しの沈黙
でも、それだけ聞けば十分だった
リーグの会議は断われて、イブキちゃんの誘いは断われなかったと
朝早くリーグの会議に行ったのだ、それを断わってすぐからあんなに遅くまで修行?

「ふっ……ぅう……っ!」

「な、何泣いてるんだ?!」


こんな状況で泣かない方がおかしい
流れる涙と段々と大きくなる嗚咽
もう視界がぼやけてワタルの顔が見えない

「トキ……本当に悪かったっ」

「うっ、う、何で私が泣いてるのか、意味分かって、謝ってん、の?」

「っ、だから、昨日の記念日を……仕事を優先してしまって、」

「違くて、」

「え?」

「……イブキちゃん……」

「イブキ?イブキがどうした?」

「……鈍い、バカ、ワタル、ホントにバカ」

「なっ……?!」

「記念日、朝から……一緒っ、良かったけど……ワタルはチャンピオンだし……仕方ないって、思った」

「……トキ……」

「でも、イブキちゃんと修行、嫌……」

「……なんで?」

「ワタル、死んじゃえ」

「は?!」

「嫉妬したのよ、バカ!イブキちゃんに!」

「……へ?」

嗚呼、どうしてこんなに鈍感なんだろうか
こんなのでよくチャンピオンなんて務まるものだ

「イブキに嫉妬……そうか」

「分かった?!記念日の時間少なくなった上にイブキちゃんと修行だなんて!怒るに決まってるじゃない、」

「あれは嘘だ」

「大体イブキちゃんの気持ち知らないの……って……今何て?……」

「だから、イブキと修行してたってのは嘘だ」

「はぃ?」

「まあ、イブキと居たのには変わりないが」

「何よ!修行じゃなくてデートしてたとでも言うの?!」

「するか!……なんでイブキとデートなんかしなくちゃいけないんだ!」

「……だって、だってぇ……」

また涙出てきた

「……昨日イブキと会っていたのは、此処にトキを入れるためだ」

「……?」

「此処は一族の者しか通常入れない、しかし俺の事情を理解してくれた長はトキを此処に入れることを許可してくれたんだが……」

「……」







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