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T&B
わがままな眠り姫



カーテンの隙間から差し込む陽光で虎徹は目を覚ました。時計を見ると、アラームをセットした時間の5分前だった。頭もすっきりとしているし、体にだるさもなく、なかなかに良い目覚めだと言えた。傍らに目を遣ると、どこか幼い顔をしたバーナビーが眠っている。頬に掛かった髪を払ってやると、バーナビーは小さく声を上げたものの目覚める気配はなかった。本当によく眠っている。もう少し寝かせておいてやることにして虎徹は時計のアラームを切り、先にベッドを出た。
キッチンへ向かうととりあえずコーヒーを淹れることにした。何はなくともまずはコーヒーだ。コーヒーメーカーをセットすると次は洗面所へ向かい、身支度を整える。
キッチンへ戻るとコーヒーの良い香りが漂っていた。だが、そこにバーナビーの姿はなかった。まだ眠っているのだろう。ギリギリまで寝かせておくことにして虎徹は朝食の準備をすることにした。簡単なものしか作れないが無いよりはマシだろう。パンを焼いて、サラダを作り、卵を焼く。時計を見ると、起きてから30分は経過していた。けれど、やはりバーナビーが起きてくることはなかった。できるなら起こさずとも自分で目覚めて起きてきてほしかったのだが、どうもそれは難しいようだった。困ったな、と虎徹は苦笑する。というのも、バーナビーは寝起きがあまりよろしくないのだ。自分で起きてくるならまだしもこちらが起こすと嫌だ嫌だと常のバーナビーからは考えられないような子供のような駄々をこねる。なかなか起きてくれないバーナビーに頭を抱えるのは初めてではないのだが、困る、というのには実は少々違う意味合いも込められていた。なかなか起きないから困る、という意味の他に、そういうバーナビーを可愛いと思ってしまうから困る、という意味もあった。完全無欠のようなバーナビーにこうした一面があるというのは想像もつかなかったことで、だからこそその意外性が余計に可愛らしく映るのかもしれなかった。と言っても一番は惚れた欲目というやつなのだろう。なんとも気恥ずかしい気持ちになってしまい虎徹はそれを誤魔化すように頭をぶんぶんと振った。もう余計なことは考えずに寝室へ向かうと、ベッドを出た時から寸分違わぬ格好でバーナビーは眠っていた。自発的に起きてもらうためにとりあえずカーテンを開けてみる。だが、バーナビーは眩しい陽光を避けるかのように寝返りを打って再びすやすやと気持ちよさそうに眠り始めてしまった。分かっていたことではあるが、朝の爽やかな光など全く通用しない、というよりはお話にならないと言ってもよかった。布団を巻き込むように体をまるめて首元に掛かった布団をきゅっと掴んでいる様は、否定のしようがないほどに可愛らしかった。誰がどう見ても、かは分からないが、少なくとも虎徹は今目の前で眠っているバーナビーを可愛いと断言できた。だが、可愛いからと言ってこのままにもしておけないのが現実だった。


「おい、バニー起きろ」


普通に声を掛けてみたがバーナビーは身じろぎすらしなかった。次に軽く体を揺すってみたが、嫌そうに呻いて寝返りを打つだけだった。その次は少し大きな声でバーナビーを呼んだ。だが、バーナビーは布団に潜り込んでしまう。意地でも起きない、と宣言でもされているようだった。時計を見ると、あまり遊んでいる暇もなく、かわいそうだがもう手ぬるい方法を選んでもいられなかった。
こんもりと膨らんでいる布団を勢いよく剥ぐと、バーナビーの手がにゅっと伸びてきた。布団を取り返そうとしているのだ。


「ダメだ。起きろ、バニー」

「………んん、」

「起きないと遅れるぞ」

「………いや、です」


小さい声ではあるがはっきりと聞こえたその声に虎徹は安心した。嫌、というのは遅れるのが嫌だということなのだろうと思ったからだ。遅れるのが嫌なら起きるに違いない、そう安心したのも束の間、バーナビーの手は再びにゅっと伸びてきた。虎徹が掴んでいる布団を手が掠める度に掴んでくるまろうとしている。


「………バニー、お前な…」

「んん、ふとん、ください…」


むにゅむにゅと呟くバーナビーは確かに可愛い。だがここまで来ると寝起きが悪いというよりは寝汚いと言った方がいいのかもしれなかった。


「バニー、いい加減起きないとちゅーするぞ」


ここまで言えば起きるだろう、それは確信に近かったのだが虎徹の考えはどこまでも甘かった。バーナビーはうっすらと目を開け虎徹を見た。ここまではよかったのだ。だが、その後がよくなかった。いや、よくないわけではないのだ。今が出勤前の朝でなければ良かった。それはもう良すぎるほどに良かった。バーナビーはとろりとした目で虎徹を見ると小さく呟いた。


「ちゅー……?」

「そうだ。嫌ならさっさと起きろ」

「………いや、じゃ、ない」


そう呟いたかと思うとバーナビーはベッドの上をずりずりと移動して虎徹の足にぎゅっとしがみついた。これはいわゆる嬉しい誤算というやつなのだろうが何度も言うように今が出勤前の朝でなければ手放しで大喜びするのだ。いつもはなかなか素直になってくれない年下の恋人を思う存分可愛がってやりたい。だが、とにもかくにも時間がないのだ。だというのにバーナビーはとろりとした目で虎徹を見上げてくる。


「こてつ、さん」

「………っ、お前……もう、何なんだよ……」


よりによってこのタイミングかよ、と叫び出したいような気持ちで虎徹は盛大な溜息を吐いた。バーナビーは寝ぼけているのだ。それは分かっている。大いに分かっている。
しかし、それを分かっていてもなおバーナビーの言動の破壊力というものは凄まじかった。もうどうにでもなれと思ってしまうくらいには凄まじかった。
沸き上がる衝動のままにバーナビーの唇を塞いだ。少し乾いた唇は何の抵抗もなく虎徹の唇と舌を受け入れた。もしかしたら眠ってしまっているのではないかとシャレにならないことを考えたが、ゆるゆると首に回された両腕に起きているのだと安心した。


「……ん、ん」


くぐもった声が聞こえてきた時には虎徹の掌はバーナビーの体のラインをゆっくりとなぞり始めていた。背中を辿って腰に辿り着いた辺りでバーナビーの体は小さく跳ねる。かと思うと腕の中の体が徐々にもぞもぞと動き始めた。やがてその動きは大きくなり、暴れていると形容してもいいくらいの動きへと変化していった。


「っ、は………ちょ、っと…」


ああ、これは完全に起きたな、と虎徹は他人事のように思った。起きることを望んでいたのだがこの状況で覚醒されるというのは自分にとって不都合でしかなかった。嫌な予感しかしない。


「あ、朝から何してるんですか…!」


顔を真っ赤に染めたバーナビーは「このケダモノ!」とでも言いたげなそれはもう非難に満ち満ちた目で虎徹を見上げていた。概ね予想通りの展開に虎徹はうなだれるしかなかった。


「何ってお前が……」

「あ!もうこんな時間じゃないですか!急がないと…」


それまでの寝汚さをかなぐり捨てたバーナビーの動きは実に俊敏だった。虎徹の言うことに耳を貸そうともしない。確かにゆっくりしている時間などないのだからそれでいいのだがどうにも釈然としないものを感じる虎徹だった。きっとオフィスに向かう道中でイヤミだか文句だかを言われるに違いない。俺だけが悪いはずじゃないのにな、と思わず口に出してしまうがもちろん聞いている者はいなかった。
しかし、思い返してみるとあんなに可愛らしいバーナビーというのはそうそう見られるものではなく、非難や文句を浴びても十分お釣りが来るのではないか、そう思うことにした。「おじさん!」と急かすように呼ぶ声に虎徹ははいはいと返事をすると寝室を出た。平和な朝の始まりだった。








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