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T&B
おじさんのにおい
*虎(→)←兎



あれ、お前いい匂いがするな。

その言葉は隣にいる虎徹から聞こえてきたものだった。思わずバーナビーは隣を見た。


「……このおじさん何言ってんだ。って顔すんなよ」

「よく分かりましたね」

「そりゃどうも、って違うわ!お前、そんな変なもん見るような目で見るなよ。俺そんなに変なこと言ったか?」


虎徹はしっかりと一人でボケとツッコミをこなすと、困ったようにバーナビーを見た。
変なこと、かどうかは分からないが少なくとも今までそんなことを言われた経験はなかった。しかも、女性に言われるならまだしも虎徹は男だ。男に「いい匂いだ」だなんて言われると思わず一歩引いてしまう。
だが、臭いだとか言われるよりは遥かにマシであったし、普通に考えてもそれは褒め言葉ではあるのだろう。礼の一つでも言えばいいのかもしれないがそれもなんだかしっくりこないバーナビーであった。


「………そんなことを言われたのは初めてです」

「へぇ、意外だな」

「そうですか?」

「ああ。てっきり女の子達に言われまくってるのかと」

「そんなことありませんよ」


虎徹の中での自分のイメージは一体何なんだ、と思わなくもなかったがどうせろくでもないことなのだろうとなんとなく想像はついた。
そして気がつくと、心なしか虎徹との物理的な距離が縮まっているような気がした。気のせいだ、と思おうとしたがどうも気のせいではないようだった。


「あの、近いです」

「何の匂いだ…?香水つけてんの?」

「つけてません。だから、近いですって!」


人の話を全く聞いていないとしか思えなかった。虎徹は離れるどころかどんどん近付いてくるのだ。これは実力行使に出るしかないのだろうか、と物騒な考えが頭を過ぎったその時、ようやく虎徹は僅かではあるが体を離した。まるで野生の勘で動いているのではないかというようなタイミングだった。


「うーん、どっかで嗅いだことある、ような、ないような……」

「どっちですか……」

「ん?あれ、香水つけてないのにこんな匂いがすんの?」

「こんな匂いがどんな匂いかは分かりませんが何もつけてませんよ」


事実を述べると虎徹は「へー」とか「ほー」とか何やら感心したような声を上げていた。
虎徹は「いい匂い」と言うが、それがどういう匂いなのかバーナビーには分からなかった。香水を使っているのであればその匂いだと分かるが、何もつけていない以上自分で自分の匂いというのは分からないのだ。例えばシャンプーやボディソープ、整髪料など匂いのしそうなものを使ってはいてもそれらが他者にも伝わるほど香りが強いとも思えなかった。虎徹の嗅覚が犬並に優れているのであれば話は別だが。


「何もつけなくてもこんな匂いがするって得してるな」

「はあ……」


こんな匂いがどんな匂いか分からない以上何とも言えなかった。だが人にはそれぞれ程度の差はあれど匂いがあるものだし、それがたまたま虎徹にとってはいい匂いだったのだと、そういうことなのだろう。
しかし、思えば、虎徹にだって匂いはあるのだ。意識したことはなかったが、それはごく自然に自分の中へと入り込んでくる匂いだった。いい匂いだとか、そういうことを思う前に虎徹の存在を知らせる匂いだとでも言えばいいのか、言うなれば日常になってしまった匂いと言ってもいいのかもしれなかった。


「おじさんにも匂い、ありますよ」

「えっ?マジで?」

「はい。あります」

「何?どんな匂い?いい匂い?」

「………そうですね……おじさんの匂いです」


虎徹の匂いをどう表現すればいいのか分からなかったのでそう言ったのだが、何故か虎徹はショックを受けた顔をしていた。虎徹の期待に満ちていた顔は、今やこの世の終わりを垣間見たかのような顔へと変化していた。


「おじさん?」

「おじさんのにおい……」

「それがどうかしましたか?」


虎徹の匂いは虎徹の匂いだと、そうとしか表現できないのだ。だが、虎徹は、おじさんのにおい、加齢臭、もうだめだ、などと何やら一人でぶつぶつと呟いていた。意味が分からないバーナビーはそんな虎徹をぼんやりと眺めていた。本当に理解不能なおじさんだ。
だが、突然虎徹は顔を上げた。何かを決心したかのような表情だった。


「決めた。香水買ってくる」

「は?」

「おじさんのにおいなんて嫌過ぎるからな。香水に頼るのも嫌だがこの際仕方ない…」

「あの、ちょっと待ってください。香水はダメです。絶対にやめてください」


何故虎徹がそのような決心をしたのかは分からないが、虎徹の匂いが香水などで消し去られてしまうのは嫌だった。いい匂いなのかどうかは分からないが、少なくともバーナビーはその匂いが、好きなのだ。形容できない、虎徹の匂いとしか言いようのないその匂いは、彼そのものを表しているかのような匂いだった。ひなたにいるような、それでいて落ち着くような、そういう匂いなのだ。それらがなくなって人工的な匂いに取って代わられるのは困る。何がどう困るのかは上手く言えないが、ともかく嫌なのだ。


「ダメ、ってなんで?」

「何ででも、ダメなものはダメです」

「えええ!だって俺おじさんのにおいがするんだろ?それなのにダメなわけ?」

「はい、ダメです」


念を押すように強く言うと、虎徹はがっくりと項垂れてしまった。そのままでいいと言っているのに落胆する理由が分からない。


「なあ、なんで?おじさんのにおいなんて普通嫌だろ?」

「いいえ。僕は嫌じゃないですよ」

「………お前変わってるな」

「そうですか?」


首を傾げると虎徹は変わってる変わってると連呼した。
別に変わっていても構わなかった。変わっていると言われようとやっぱり虎徹の匂いがなくなってしまうのだけは嫌だった。こうして考えてみると、どうやら自分は相当虎徹の匂いが好きなんだな、と他人事のようにバーナビーは思った。好きだなんてもちろん言ってやるつもりはないが。


「とにかく、絶対に香水なんて使わないでくださいね」

「…………使ったら?」

「…………使ってみますか?」


にっこりと微笑んでやると、虎徹はぶんぶんと首を振った。もちろん横に、だ。
これで虎徹の匂いが消える心配はほぼなくなったと言っていいだろう。喜ばしいことだ。満足そうに笑みを浮かべるバーナビーの傍らで虎徹は理解できないとでもいうように顔をしかめるのだった。









バニーちゃんの匂いはおじさんにしか分からず、おじさんの匂いはバニーちゃんにしか分からないといいなあとおもいました。


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あきゅろす。
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