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戦国無双3
いとしいみぎて(清宗、猫の手パラレル)



宗茂は郊外にある一軒家に住んでいる。周囲は田畑と緑に囲まれている静かなところだ。できるだけ人目を避けたい宗茂にとっては最適な場所だと言えるだろう。
ただ、まだ年若い宗茂が何故一軒家に住めるのか、持ち家なのか、賃貸なのか、そのあたりは俺は何も知らない。宗茂は自分のことをあまり話さないからだ。
俺は仕事が休みの日や、仕事が早く終わった日はできるだけ宗茂の元を訪れることにしている。なんというか、心配なのだ。
宗茂は、一人にしておくと面倒だと言って食事を抜く傾向があった。左手一本で食事を作るのは面倒だと言う。しかし、俺に言わせるとそれ以前に宗茂はまともな食事は作れないと思うのだが。
俺もそんなに料理はできる方ではなかったのだが、宗茂の生活を目にするうちに自然と料理を覚えていった。宗茂をこのまま放っておくとまずいと危機感を覚えたためだ。
そういった理由もあって(もちろんそれ以外の理由もある。単純に宗茂に会いたい、という理由だ。)俺は最低でも週に3〜4回は宗茂の元へ行くようにしていた。


今日は少し遅くなったな、と思ったがそれでも俺は宗茂の元へ足を運んだ。周囲は既に真っ暗で女性はまず一人では歩かないほどの暗闇に包まれている。その中で宗茂の住む家だけがぼんやりとしたオレンジ色の光を放っていた。
いつも通りに鍵を開け、中に入る。リビングに明かりは点いていたがそこに宗茂はいなかった。となると、トイレか風呂かベッドで寝ているか、この三択になる。
しかし、微かに水音のようなものが聞こえてきたのでおそらく風呂だろう。
水音がしているということはまだしばらくは風呂から出てこないだろうと思い俺は洗面所に向かった。小さい頃から叩き込まれてきたせいか、外から家の中に入ると手を洗わなければ落ち着かないのだ。
洗面所に入ると湯気で曇ったガラスの向こうにうっすらと宗茂の姿が見えた。分かってはいたことだが、見てはいけないものを見てしまったというか、なんとなく落ち着かない。
さっさと用事を済ませようと思いハンドソープを手に取る。この家の洗面所は一般的な家の洗面所とは少し違っていた。鏡がないのだ。
何故鏡がないのか、宗茂は何も言わないし、俺も何も聞かない。けれど理由は容易に想像できた。宗茂は人と異なるその右手を鏡に映したくないのだろう。何せこの家には姿見などの大きな鏡が一つもないのだから。
手を洗っていると、宗茂の声が聞こえた。


「清正?」

「ああ、もうすぐ終わるから。おい宗茂、ちゃんと湯を張ったのか?」

「………いや」


またか、と俺は溜息を吐いた。宗茂は面倒だと言って一年中シャワーで済ませようとするのだ。もう水音はしないので中にいる宗茂はきっと体が冷え始めているだろう。
言ってしまえば互いに体を知らない関係ではないので宗茂なら気にせず浴室から出てきそうなものだが、宗茂は一向に出てこようとはしなかった。


「冷えるだろ。出てきたらどうだ?」

「………へんたい」

「馬鹿!そういう意味じゃねえよ!」


何てことを言うんだと頭を抱えたくなった。こちらとしては下心があって言ったわけではないというのに。
とりあえずタオルだけでも渡そうと思いそばに置いてあったふかふかのバスタオルを取って浴室の扉に手を掛けると、宗茂の静止の声が掛かった。


「だめだ。開けるな」

「でも、」

「いいから、気にするな」


それは常にないほど強い拒絶だった。裸を見られるのが恥ずかしい、とかそういった理由ではないことは明らかだった。その強い拒絶に俺は自分でも想像以上のショックを受けていた。
だが、俺がいつまでもここでショックを受けていては宗茂は絶対に出てこないだろう。宗茂は自分の体を見られることを気にしないと思っていたが、実際はそうではないらしい。
俺はとりあえず洗面所を出た。宗茂に風邪をひかせるわけにはいかないからだ。
リビングに戻り、ソファに腰を落ち着けると何とも言えない気持ちが襲ってきた。宗茂は俺に心を開いてくれているのだとそう思っていた。けれど、もしかしたら自分が思っているほど宗茂は俺に心を許してはいないのかもしれない。
良くない方向に思考が沈んでいきそうになった時、足音がして俺は顔を上げた。見れば、宗茂が濡れた髪のままそこに立っている。


「………髪はちゃんと乾かせ、っていつも言ってるだろ」

「……めんどくさい」


雫こそ滴ってはいないが、適当に拭いただけなのは明らかだった。仕方ないので俺はドライヤーを取りに洗面所へ行き、戻ってくると宗茂をソファに座らせた。背後に立って温風を当てると、どこか甘いような香りが漂ってくる。宗茂以外の男からこんな匂いがしたら間違いなく眉を顰めてしまいそうなのだが、宗茂から香ってくると何とも思わないのが不思議だった。
細く柔らかい髪は少しずつ水分を失い、いつもの髪色に戻っていく。座っている宗茂の体は首元まできっちりと覆われていた。


「……そんなに、嫌だったのか?」

「何がだ?」

「さっき、風呂場で…」

「ああ、あれは……」


宗茂は言いにくそうに口ごもったので俺は髪を乾かす手を止めた。もうほとんど乾いているのでこれくらいでいいだろう。
場所を変えて宗茂の顔を見ると、分かりやすく目を逸らされてしまったのでとりあえず使ったものを片付けることにした。洗面所へ行って元の場所にドライヤーを戻し、リビングに戻ってくると宗茂は捨てられる寸前の猫のような目をしていた。


「どうしたんだ?」

「………さっきのは、」

「?」

「は、……」

「は?」


ずばずばと物を言う宗茂にしては珍しく言い淀んでいる。一体何を言おうとしているのだろうか、と宗茂の言葉の続きを待っていると、何故か猫パンチが飛んできた。ものすごくスナップが効いている。いわゆる逆ギレというやつだろうか。


「っ、痛……」

「恥ずかしいからに決まってるだろう!そのくらい言わなくても分かれ!馬鹿!鈍感!変態!」

「………へ、へんたい…」


馬鹿とか鈍感とかはまあ、ともかく、何故変態呼ばわりされなければならないのだろうかと悲しくなってしまった。
だが、それ以前に、聞き間違いでなければ、宗茂は「恥ずかしいからだ」と言った。そんな感情とは無縁のように見える宗茂が「恥ずかしい」と言ったのだ。


「恥ずかしい…?」

「まさか、俺に羞恥心がないとでも思っていたのか?」


そうだ、とも言えず俺はどうしたものかと思った。すると、俺の表情から察したのか宗茂は傷つきましたと言わんばかりの顔をして見せる。


「分かっていなかったみたいだから言っておくが、俺は明るい場所で右手を晒すのは嫌だ。たとえお前が相手でも嫌だ。お前は気にしなくても俺は気にする。そういうことだ」


一息に言いたいことを言い切ったからか宗茂は妙にすっきりとした顔をしていた。先程の捨てられそうな猫のような顔は何だったんだと言いたくなるくらい清々しい顔をしている。
一方、俺はと言えば宗茂の言葉に今更ながら「そうだったのか」と思わされた。確かに、よくよく考えてみると宗茂の右手は基本的に手のひらに当たる部分しか見ていない。肩から下を見るのは、夜、真っ暗なベッドの中でだけだ。
宗茂が嫌だと言う右手は真っ暗でも見えてはいるし、それは宗茂も分かっているはずだ。けれど、明かりの下で見られるのはまた違うのだろう。


「そっか。悪かったな…」


俺は宗茂の人とは違う右手もとても愛しいと思っている。宗茂はその手を嫌だと言うけれど、でも愛しい人の体はどの部分だって等しく愛おしいものなのだ。
だが、それを口にしても宗茂はおそらく今までどおり暗闇の中でしかその手を見せてはくれないのだろう。俺の一言で変わるほど簡単な問題ではないのだ。
宗茂の右手を取ると、艶やかな毛並みはまだ少ししっとりと湿っていていつも以上に艶を増して見えた。ふにふにした肉球もほんのりと温かい。


「俺は……」

「?」


この手も好きだ、そう言えたらよかったのだが、どうにも羞恥が勝って言えなかった。
代わりにちいさな手に唇を落とすと、頭上から降ってきたのは「恥ずかしい奴め…」という台詞だった。けれど、見上げた先にあった宗茂の頬はいつもより仄かに赤く、その表情にどうしようもない愛しさを覚える俺は、たとえ変態呼ばわりされてもやっぱり宗茂のことがとても好きなのだと、そう思った。












*外から帰ったらちゃんと手を洗うんだよ!byおねね様
*宗茂のシャンプーはアジ○ンス

とても楽しかったです。

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