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戦国無双3
ついてない日の終着点(清宗)



厄日というのは確かに存在するのだと清正は思い知った。朝から何をしても必ず何か問題が起こる。何一つ思い通りに事が運ばない。必ず何かしらの邪魔が入る。そういった具合で一日が始まったのだ。
ついてない、とげんなりしたがだからと言って一日を怠惰に過ごすわけにもいかなかった。厄日だから休んでもいい、なんてありがたい法はないのだ。
そうして精神的に参る一日の半分くらいを終えた時だった。城内の廊下で誰かにぶつかった。まずい、とは思ったが時既に遅く、よろめいた足はふらふらと前方へ向かって進んでいった。進んだ先にあったのは三成の顔だった。
咄嗟に手を伸ばし三成が頭を打ち付けるのだけは避けることができ、ほっと息を吐くとものすごく不機嫌な顔で三成に睨まれた。三成はだいたいいつも不機嫌な顔をしているがいつもの三割増くらいで不機嫌な顔をしていた。


「悪い」

「いいからさっさとどけ」


言われずともそうするつもりだったので三成の顔の横にあった手に力を込めて顔を上げると、何故かそこには宗茂がいた。
にこりと笑う宗茂を見た瞬間、確かに清正の背には冷や汗が流れた。まずいまずいまずい。頭の中はもうそれだけでいっぱいだった。


「邪魔したな」


それはもう美しく笑って宗茂は背を向けた。清正は泣きたくなった。





去っていった宗茂を追いかけたが宗茂の姿はどこにも見当たらなかった。そう間を置かずに追いかけたはずなのだがおかしい、と思うもいないものはいないのだった。
出会った人間全員に宗茂の行方を聞いたが誰一人としてそれを知るものはいなかった。ここまで誰も知らないというのはおかしいのでおそらく宗茂が口止めしたのだろう。宗茂ならそれくらいはやりそうだ。
参った、と盛大な溜息を吐くが清正には宗茂を探す以外にもやらなければいけないことがあるわけで、仕方なく清正は宗茂捜索を一時中断するのだった。
宗茂は馬鹿ではない、どころか自分よりよほど賢い人間であったし、先程の三成とのことも故意ではなく事故だと説明せずとも分かっているはずだと、清正はそう思っていた。それは間違いではなかった。けれど正しい選択ではなかった。それを清正は思い知ることになる。





自分の仕事をしながらも清正は宗茂を探すことを止めなかった。だが、仕事の方が優先されるのは仕方のないことで、当然ながら宗茂は見つからなかった。もしかしたらもう城内にはいないのかもしれない。
どうしたものかとしばし頭を抱えると、前方からやってきたのは三成だった。相変わらず不機嫌そうな顔をしている。
しかし、そんな三成の口から出たのは少々意外な言葉だった。


「宗茂は?」

「宗茂……?なんでお前が?」

「さっき、何かあったのだろう?」


宗茂との関係を口にしたことはないが三成は何かしら感づいているのかもしれない。そういう顔をしていた。
けれど馬鹿正直に話す内容でもないので清正は適当に口を濁すだけに留めた。相手は三成と言えど誰にでも話すようなことでもないのだ。
すると三成は、唐突に謝った。悪かったな、と。


「なんでお前が謝るんだ?」

「お前だけが悪いというわけでもないだろう?」

「まあ、そうだが……」


結論から言うとどちらも悪くはないのだ。あれは事故だったのだからしょうがないのだ。
それに、体勢が少々問題があっただけでその他にはやましいことなんてもちろん何一つなく、何もここまでしなくてもいいのではないかと清正は思った。それに、宗茂なら怒るというより茶化しそうなくらいだ、と思った瞬間、どれだけ探しても見つからなかった宗茂がそこにいた。なんで今なんだよ!!!というのは清正の心の叫びだ。
よりによって今のこの状況の発端である三成といるところを見られるなんてもう自分は終わりかもしれないと思った。どう終わるのかは分からないが心情的にはそういう気持ちだった。
だが、清正はもちろん何も終わらなかった。そして、宗茂は無表情で踵を返した。無表情の宗茂を見たのは初めてだった。





今度は逃がすまいと清正は追いかけた。立ち去る宗茂の肩を掴むと、何の抵抗もなく宗茂はその場に留まった。くるりと振り返ると、無表情で清正の瞳をじっと見る。初めて見るその表情に何も言えずにいると、先に口を開いたのは宗茂の方だった。


「お前の言いたいことは分かってる。あれは事故だ、そう言いたいんだろう?」

「あ、ああ…」

「だろうな。見れば分かる」


さも当然だと言わんばかりの顔だったので清正はやっぱり分かっていたのだという安心と共に何か納得のいかないものを感じた。分かっているのならば何もそこまで怒らなくてもいいではないかと、そう思ったのだ。


「分かってるならどうして…」

「理解したからといって許容できないこともある。頭では分かっていても感情が拒む。そういうことだ。俺は人間が出来ていないからな」


それは常と何ら変わらない冷静な口調だった。宗茂の言うことは理解できた、はずだ。
淡々と自己分析をする宗茂はとても怒っているのだろう。仕方のないことだったのだと分かっていてもそれでも怒りを感じているのだ。
それに対して、宗茂には悪いが清正が感じたのは嬉しさだった。
未だかつてこんな宗茂は見たことがなかった。宗茂は、好きだとか愛してるとかそういうことをよく口にした。逆に自分はそういう言葉をほとんど言えなかった。何でもないことのようにそれらの言葉を口にする宗茂は、どちらかと言うと感情が見えないと感じることが多かった。本気なのか冗談なのか分からないと最初は思い、本気だと分かっても本当に宗茂は自分のことを好きなのかと疑問に思う瞬間も多々あった。こんなふうに分かりやすく感情を見せてくれたことなんて一度もなかった。
もしかしたら、自分が思うよりもずっと宗茂は自分のことを想ってくれているのかもしれない、そう思えた。


「……何故笑う」

「悪い。お前が思ってるような意味で笑ってるんじゃない」

「では、どういう意味で笑ってるんだ?」

「お前、実は俺のことすごく好きだったんだな」


そう言えば宗茂は顔を赤らめた、なんてことはなかった。いつもそう言っている、という何とも男前な返事が返ってきた。こちらの方が恥ずかしくなってしまう。


「信じてなかったのか?」

「……そういうわけじゃないが、お前は分かりにくいところがあるから」

「俺からすればお前の方が分かりにくいがな。お前は何も言わないし」


お前が好きだの何だのと言い過ぎなんだ、とは言えなかった。確かに自分はそういった好意を表す言葉をほとんど口にしないからだ。
そして、ふと気づいた。もしかしたら、今というのはそういった言葉を口にする時なのではないかと。すると、絶妙な間で宗茂が口を開く。


「清正」


何かをねだるかのようなその声は多大なる甘さを含んでいて、ああ、やっぱり言わなきゃいけないのか、と清正は内心で溜息を吐く。言うのが嫌なのではなくとにかく恥ずかしいのだ。


「ああ、そうだ。言ってくれたら全部忘れるが。先程の、胸糞悪い光景を、全部」


宗茂にしては随分と荒い言葉遣いだ。やはりまだ怒っているのだ。
もう腹を括るしかないのだと清正は悟った。歩を進めて宗茂の前に立つと、耳元に唇を寄せてかろうじて聞こえる程度の声で宗茂の望む言葉を囁いた。


「……これで、いいのか?」

「駄目だと言ったら?」


あれで及第点ではないのだとしたらもうどうしようもなかった。弧を描く宗茂の唇は試すように笑んでいて、けれど既に限界であった清正はもうどうにでもなれという心境で宗茂の唇を塞いだ。誰かに見られたらどうするのかとか、これで宗茂は許してくれるだろうかとか、いろいろなことが浮かんでは消えていった。
ぺろりと唇を舐められ、その濡れた感触に思わず伸ばされた舌を軽く噛むと、ちいさく跳ねる体がとても愛しいと思った。なかなか口にすることができないけれど、本当はとても宗茂のことを想っている。それが伝わればいい。
長いような短いような口づけを終えると、宗茂はなんとも甘やかな声で清正、と呼び、それはもう満たされたように笑った。厄日の締めくくりとしては釣りが来るくらいだと思った。そして、大事なことを学んだ。



歩くときは常に前方確認が大事である。









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