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小さくなったら
近づく。
逃げられる。
近づく。
逃げられる。
「ヴィリ君、いいこにしてましたか?」
「ママ!」
「ハル、ですよ」
「じゃあハルママ」
「はい。ヴィリ君は兄さんといい子にできましたか?」
「はあい。でもこのおじさんよりハルママがいいよ」
妹にしがみついて主張する3歳児は、本来ならば20を過ぎているはずの従弟だ。
「おじさん…か…」
まだお兄さんが良かった。
「それにママのにいさんならやっぱりおじさんだよ」

はじめが一番大変だった。
突然妹と共にナバートに呼び出され、幼児に引き合わされたら、ハルにしがみついて泣き続けるその子をあやすことになった。子供の相手など久しぶりで勝手がわからず、どうにかなだめられたのは2時間後。
それからようやく幼児が従弟―ヴィルヘルム・ウィットマーシュ本人だと告げられた。ミニマム・ギアとフォーグ・ギアの暴発らしい。
「あら、ヴィリ君そっくり」
「―ママ!」
ハルの言葉を聞いた瞬間、無表情だった子供が大泣きをはじめ、もしや従弟と妹が結婚していたのかとまで考えたがさすがに取り越し苦労だった。
「あなたの名前は覚えてたし、経過観察したいからしばらく面倒見てちょうだい」
数日で戻るはずなのよ。

あれよあれよと言う間に私の任務が調整され(ちなみにハルは休暇中だ)、PSICOM内の施設で相手をすることになったのだが。
「ママ、おうちかえろう」
「今日はここにお泊まりですよ」
「そうなの?ママも一緒?」
「はい。私のことはハルって呼んでくださいね」
「ママはママ!……あの人も?」
ハルに隠れながら私を見る。
「指さしちゃダメです。一緒ですよ」
「やだー」
あまり子供に好かれる容貌はしていないが、こうも警戒されると落ち込む。
ため息をつき、立ち上がる。
「兄さん?」
「おやつの用意をしてくる。ヴィリ、何がいい」
せめて笑いかける。
「え」
「ヴィリ君、食べたいもの、ない?」
「あまり手の込んだものはできないが」
「好きなもの、何?」
私とハルとに視線をさまよわせながらヴィリが口を開いた。
「クッキー」
「クッキーだな。少しかかるから待っていてくれ」
「あのね、……ママの、クッキー」

コミュニケーターでナバートに連絡を取る。
「キッチンに連れて行っても構わないか?」
『―駄目ね。カメラがないのよ』
ギアの経過観察だ。急いで取り付けられたカメラが追いついていないのだろう。
『我慢できるか見てちょうだい。ちょっと、その年の子供にしては不自然なところもあるし。頼んだわ』

「ヴィリ、ハルがクッキーを焼く間私と待てるか?」
部屋に戻る。ハルの膝の上で遊んでいた子供が体を強ばらせる。
「―ママもどって来る?」
「ええ。いいこにしてたら、すぐにクッキーと一緒に戻ってきますよ」
「ほんと?」
「本当です。ほら」
指切り、と差し出された小指に絡められるのは左手で、確かに小さな従弟なのだと思わせる。
「いいこで、まってるから、すぐもどってきてね」
「はい。行ってきます」

「遊ばないのか?」
ハルがキッチンへ消えてから、ヴィリはまた遊び始めるのかと思えば、用意された玩具を手に取るのではなく片づけはじめた。
びくりと肩をすくめたあと、小さな声で答えが返ってくる。
「いいこにしてないとママはもどってこないもん」
「……?すぐ戻ってくるぞ」
「だって、ずっとママいなかった。おれがママのいうこときかなかったからかえってきてくれなかったんだよ」
「なにかしたのか?」
「ヤーグにいちゃんのひこうきこわしちゃった」
ずっと昔、幼い頃の記憶を辿る。そういえばそんなこともあったかもしれない。
「怒ってないぞ。ヴィリはちゃんと謝っただろう」
「あとかたづけしなかったし、くつひもむすべなかったし」
「もうできるだろう」
「おやつたべすぎてごはんたべられなかった」
「ほどほどにしたら大丈夫だ」
「でもママずっといなかったから、だいじょうぶじゃなかったんだよ」
「ハルはすぐに戻ってくる。大丈夫だよ」
「でもさっきないちゃった。なきむしはだめなのに」
ずっといなかった、の意味を悟る。ナバートの言う不自然さも。
「ずいぶん我慢していたんだろう?1回くらい問題ない」
3歳だ。事故にあって間もない頃、母親が何故いないかを理解できない頃の従弟。
「そうかな」
「そうだよ。頼みがあるんだが」
「なに?」
「ハルが戻ってくるまで、私と遊んでくれないかな」
「しらないひととあそんじゃだめって、ママが」
「さっき私とハルが話してるところを見てただろう。知っている人だからハルは怒らない」
「……うん」
ようやく私に近づいてくる小さな従弟。
手を取りながら尖ったものや小さなものを遠ざける。
妹の膝の上にいるときはよかったが、おそらくあまり目が見えていない。
歩きながら、あちこちにぶつかっている。
「さて、何をしようか」
「ええとね、」


「ごめんなさい、ちょっと時間がかかって…あら」
「ママ!」
私の背中から飛び降りてハルに駆け寄るヴィリ。
「仲良くできたんですね。ヴィリ君いいこにできましたか?」
「はいっ!」
きれいに手を上げて返事をする。
「おやつにしようか。ただし、ほどほどに」
「うん!」
「あら、ヴィリ君のために焼いたから好きなだけ食べていいのに」
「ほんと?!」
「はい」
顔を輝かせる子供の手を引き椅子に座らせる。
「食べる前には?」
「いただきますっ!」


「寝ちゃいましたね」
「はしゃいで疲れたんだろう。緊張していたようだし」
クッキーを食べ終えて早々に眠ってしまった従弟に毛布をかける。
「そうなんですか?」
「知らない人間ばかり、だからな」
「―ああ。私はママ、ですけどよくわかりませんよね」
「目が悪いようだから明日には眼鏡を買いに行かないと」
「そうですね。あ、それより歯磨きしないと虫歯になるかも」
「そうだな」


寒い。素肌に毛布があたる感触にもそもそと引き寄せて、二度寝しようと丸くなったところで飛び起きた。実際ちょっと飛んだ。
「ハ、ル……?」
眼鏡がない上薄暗いので輪郭は曖昧だが隣に寝ているのは間違いなく従妹だ。自分は全裸。
「……ん」
反対側から声がしてまた飛び上がった。こちらは従兄。繰り返すが自分は全裸。
常々味見くらいしたいな、いやマズいかな、でもキスくらいならいいよねうん、なんて、思ってはいたけれど、まさかこんなことになるとは完全に想定外だ。しかも肝心の記憶が全くない。警戒心に乏しいふたりとはいえ2対1でなら無理やりではなかっただろうが、しかし、どうしよう。どうしたらいい。
「ヴィリ、君?」
飛び上がった。三度目だ。
「兄さん起きて。ヴィリ君が起きたから」
呆然とする自分の前で従兄が揺すぶられる。まだ心の準備が何もできてない。
「……ん。ああ。ヴィリ」
「ハイ!」
声が裏返る。
「体は痛くないか」
待ってください。
「どうかしたのか?関節に負荷がかかりそうな気もするんだが」
動けない。腕を取られて触られているがどうしたらいいのだろう。だってそんな、いやまさか。
「ふふ」
ハルが笑う。
「なんだ?」
「だってヴィリ君かわいいから。昨日みたいにされるがまま」
「ああ昨日は確かに可愛かったな」
「昨日」
「私の膝の上で甘えて、兄さんにも乗せてもらって」
「はしゃいでいたな」
ふらりと倒れかかる自分をハルが支える。
「あぶないですよヴィリ君。……あ、やだ服着てください」
もうやだばくはつしたい。


その後一週間、従兄妹たちのところにウィットマーシュ管理官が現れることはなかったという

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