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移動中(ドレスの続き)
ドレスを着たまま店を出る。
「このままですか?」
「正装しないと入れてくれないところ行くから」
「……どこです?」
「カジノ」
「帰ります」
「待って待って!併設されてる、ダンスホールに行くんだよ!」
「ダンスって」
「明日学生の最初に踊るだろう?踊れる?」
「……ハイスクールで一応」
「復習しよう。俺もそろそろお偉方の接待だから練習したいんだ。この時間なら空いてる」

車に乗るとハーティスは何か言いたげだった。
「どうかした?」
「どうして、ここまでしてくれるんですか?」
二度、ためらってからハーティスは口を開いた。
「お祝いだから、っていうのは理由にならない?」
沈黙。
「だって、私は違うのに」
そういうことか。
「コンプレックスがある?あの人に」
うつむいて、かなり長い時間がすぎてから頷いた。
「はい」
「……八つ当たりをしようか」
「え?」
「君があの人にコンプレックスを持つなら、俺はむしろ君に大してその感情を持ってる」
「私に?」
「君に。例えば君は今首席だ。今日準備してるのはそのためだけど、座学も実技も優秀だからこそ取れた成績だろう」
「……」
困惑の眼差しがこちらに向くが、そのまま続ける。
「それはあの人や俺がどれだけ願っても足掻いても手に入れられなかった場所に他ならない」
「兄は、」
「関係ないね。でもこれは八つ当たりだから脈絡は存在しないよ」
「……そうですか」
「うん。自慢するよ。俺は座学の成績はかなり良かったんだ。でも実技―射撃なんて特に、良いとは言えなかった。人並みにはこなしたけどね」
「射撃?」
「目だよ。事故で視神経を損傷した。立体視どころか両眼視も怪しい。距離感が掴めない」
「そんな」
藤色の瞳が見開かれる。
「今はデスクワークがほとんどだから別に困らない。だいたいもう卒業してるから昔の成績のことを気にするほど暇じゃない」
やはり何か言いたげだったが構わず続ける。
「スクール以外の話をしようか。君のコンプレックスの原因は、君を守り育ててきた人だ。君と二人取り残され、しかし君が健やかであるように、泣かないで笑っていられるようにそれは苦労しただろうと思う。そして君はそんなあの人が理解できるからこそ負い目を感じる。―それが俺にはうらやましい。守って欲しいと言って守ってくれる存在は俺にはいなかったよ」
息をのむ気配がする。
流れる景色を見ながら続ける。
「君たちの家を見て思うのは俺はあまりに多くのものを忘れてきたってことだ。家で靴を脱ぐこと、畳や簾、庭木に至るまで、かつて俺が属していたものを呼び起こす。そして今は違うってことも。もう一度やり直しはできない。―だから今、君とあの人に関わることが俺にとって重要なんだ」
そこまで言って視線を戻して、仰天した。
「……なんで泣くの」
「だって、だって」
ハンカチを差し出す。
「化粧が流れるよ。落ちてもハルならかわいいと思うけど」
「そんなことじゃなくて!」
「ああうんごめん。―ええと。俺はもう守ってくれる手を探してた子供じゃないんだよ。あの人もそうだ。君たちに会って、じゃあ例えば君に手を差し出してみれば、何か変わるんじゃないかって思った。だから今日君が電話をくれて、俺を頼ってくれたのは、実はチャンスだったんだよ」
ハンカチから顔が上がり、ぱちりと藤色の瞳が瞬く。
「……ほんとに?」
「うん。というか八つ当たりなんだから君が何か負い目を感じなくていいんだよ。俺がどうでも、君は今コンプレックスを抱いてて、泣きたいなら泣けばいいし、もちろん笑いたければ笑えばいい」
「そんな、」
「八つ当たりなんかしてごめんね。―着いた」
自動運転だった車が止まり、目的地にたどりつく。
「もし許してもらえるなら、今から1曲踊っていただけませんか。そして、差し支えなければ明日のプロムのお相手もつとめたいと存じます、―レディ」
扉を開き、跪いて手を伸ばす。
「―許して差し上げます」
呆気にとられた従妹は、少し腫れた目を拭って微笑んでくれた。


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あきゅろす。
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