いただきもの!(小説)
空とシュヴァルツ(灯来 夕様より一万hitリクエスト)(※夢小説)
震えたのは身体などでなく、初めてこの世界で私とは違う薄弱な存在を意識した私の心であったのだろうと、彼女の姿をこの双眸で見る度着色された筈の記憶は脆くもゆらゆらと崩れ逝く。使命と名付けられた私の限りある時間の前では。
己と似ているようでも、どこかほの暗い明かりを抱いたような不思議な色彩が視界の端を過ぎり、シドは不意に意識を留めた。灰色とも言える髪を結い上げた朱い紐がやけに眩しい。もうすぐ長期に渡る演習に出発するというのに、騎兵隊員とは違う陸上での実戦向きな軍服を纏う華奢な姿は、酷くこの場所から浮き立っていた。明らかに違う部隊の者と咄嗟に判断した彼はその背へと声を投げ掛けた。
「君はどちらの部隊の者だ?」
実に穏やかな声ではあったが、僅かな疑心まで込められていたそれは受け取り方によっては恐ろしい考えに行き着く。その華奢な者が振り向いた際に、朱い紐が痛烈な残像をリアルに引く。それが何時か見た夜明けの暁に似ている、とシドはこの場所に似合わぬ追憶だと心の中で微かに笑った。
「……唐突で申し訳ないけれど、」
「何かな?」
「………迷っちゃって」
そう突然、軍人らしい揺るがぬ頑なな雰囲気を破顔させ、驚くくらい柔らかな笑みを湛えた女性は本当に迷い込んだらしく。笑っていたがその顔から焦りの色は消えない。シドは軍人としてあまりにも間抜け、としか言いようがない理由に彼も僅かに拍子抜けしてしまった。しかしよく見れば彼女の軍服は着古していると言うより、戦いを終えた戦士の纏うそれである。血や、幾つもの細かな傷が余計に目立たせる。彼女の腰に巻かれたベルトに提げているコンパクトに畳み込まれた金属質の煌めきを反射させる物が、恐らく彼女の武器か。
「見たところ、君は軍人のようだが…我々騎兵隊やPSICOMではないな」
「おっしゃる通りです。申し遅れてすみません、私は特殊編成先攻部隊小隊長メイルフォード・ベンメリアです。以後お見知りおきを」
シドは僅かながらにも驚いた。その部隊の名と彼らを率いる女性の存在は何度も耳にしたことがあったが、今まで見かけたことがない彼らを率いる女性が彼女であったことに。今やこの時代では欠かせぬ飛空艇や小型戦闘機など一切使わない、そして銃器やAMPテクノロジーが適用されたギアなども部隊員全て持たない己の身体能力と過去より一般的な殺傷能力を持つ刃物や飛び道具などという、原始的な武器を扱う特色を持つが実力は聖府軍の中でも飛び抜けている少人数で編成された部隊。大抵の聖府軍人はそんな彼らを意味もなく毛嫌いしているそうだが、シドにとっては我々聖府に生まれた歪みに過ぎないとしか頭の片隅に残っていなかった。しかし、自ら隊長と名乗ったメイルフォードとこうして面と向かって話して見れば、普通の人に変わりなく。少しばかり好奇心が勝った。
「して、メイルフォード君と言ったかな。何故君は隊長格であるというのに単独行動をしている。他の隊員はどうした」
「隊員?私の部隊が皆纏まって行動することはPSICOMや警備軍との共同作戦の時以外はないさ」
「まさか一人で任務を受け持つと…?」
「そういうことになるねぇ、ルシが使命を受けるようなものと考えて貰って構わないよ。アバウト過ぎる例えだけれど」
だから私達が皆揃うのは珍しいのさ。と、言葉を区切って彼女は徐に空へと視線を上げた。シドもメイルフォードに習いその視線を辿ってみれば行き着いた先は、既に飛び立つ準備を終えたシドの率いる騎兵隊誇るリンドブルム。
「君は見るのが初めてだったか」
「あー…まあ、私は飛空艇とか知らなかったから…」
「知らなかった?」
「あ、いや。別に使う機会がないから学ばなかっただけって言いたかったのさ。気にしないで」
咄嗟に言い直した彼女の瞳には未だに新たな世界を知った時に見せる子供のような純粋な煌々とした心が、深い漆黒の眼に浮かべられている。そんな瞳で言われても説得力はないのだが、と言いかけたがシドは言葉を飲み込む代わりに白い手袋に抱かれた手を差し延べる。
不意に視界を下げたメイルフォードには唐突な彼の行動の意味がわからないようで、僅かに首を傾ける。そうすれば歳相応の女性に見えるのに、何故彼女はこんな世界に居るのか知りたくなったのだ。
純粋なその輝きは、知らないからこその証。荒廃していくばかりだと思っていた私の課せられた未来を少しだけ、まだ諦められないとすることができるささやかなる一つの煌めき。誰にも言えぬこの身の戒めを、僅かでも忘れさせてくれる人であると思えたから。
「では、この偶然なる出会いに感謝するとしよう。目的地は首都エデンか?」
「……私が、私達がどんな扱い受けてるか知ってるというのにも関わらず?」
「流石だ。私は何も語ってはいないのに見抜いたか」
「伊達に生きていないさ」
「……出来ることなら是非とも君を我が騎兵隊に迎え入れたいものだったが」
シドの言葉が終わる前に、メイルフォードは彼の手を取り、緩やかな笑みを湛えた。それは何時も彼女が任務を迎える際に浮かべる、特別な意味の篭る表情。
彼女なりの楽しんでいる証拠。
「おあいにくさまだけど、私はこうして生きているからメイルフォード・ベンメリアだと名乗れるの。君がそれを理解できたなら騎兵隊に移っても構わないけれど?」
「面白い、私にそのような言葉を持ち掛けるのは君が初めてだメイルフォード君。その時を楽しみとさせてもらおうかな」
互いに語れぬ理由があろうとも、空を望む黒と地を這う深き漆黒を纏おうとも、
(空とシュヴァルツ、相対する色素を内包した神の揺り篭が引き合わす運命の交差)(それが五線譜上の褪せた涙)
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