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スプーン
コクーン士官学校、聖府軍の中でも精鋭中の精鋭を育てる学校である。当然座学は難解で実技はハードだ。
今日も一日の授業を終えて士官候補生たちが食堂に集まっていた。
「あー腹減った」
「今日はカレーね」
「カレー……」
入学式以来、席次の関係もありリグディ、ナバート、ロッシュの3人は一緒に行動することが多い。先ほどの授業でも同じ班に振り分けられ、流れで食堂まで来ていた。

適当に席をとり、それぞれトレイを持ってくる。
「あらもう食べたの」
たまたま混み合った列に並んだナバートが席についたときには、ロッシュもリグディもほとんど皿を空けていた。
「や、腹減っててさ。足りねえからもう一品追加しようかなって。ジルはなんかいるか?」
「そうね、じゃあビール」
夜だけだが食堂では軽いアルコールも出される。
「取ってくる」
ロッシュはいそいそと立ち上がった。リグディも苦笑しつつも立ち上がり、未だ混み合う配膳の列へ向かった。

戻ってきたリグディの手にはアイスクリーム、ロッシュの手にはジョッキがふたつ。
「ロッシュ無理すんなよ好きだろアイス」
「うっ、しかし」
「あーさてはあれだろ、ジルに格好いいとこ見せたい」
「違う!」
しかし顔が赤い。
「じゃああれか、ジルとお揃いが良いってか」
「いやその、」
ロッシュの顔はますます赤い。そんなときナバートが口を開いた。
「ロッシュ。あなたアイスクリームが好きなの?」
途中をばっさりと切り捨てた質問だ。士官学校創立以来の才媛と名高いが、実はテンポが遅いのかもしれない。
「う……ああ。好き、だ」
たかだかそれだけを口にするのに随分時間がかかった。別の意味が含まれているかどうかは、言わない方が良い。
端から見れば丸わかりの恋心だが、ロッシュ本人はリグディ以外に気づかれていないと信じている。
「でも今日はビールなのね。ビールも好きなの?」
「……ああ」
苦手です。無理してます。そんなことを言えるわけもなく頷く以外ない。ナバートと同じものを飲みたかっただけなんです、ちょっといいとこ見せたかったんです。だってビール一気飲みとか男らしいかなって!
実際はかなり辛い。飲み慣れていないので植物の苦味と炭酸に目を白黒させて一気飲みには程遠い。
「リグディはアイスクリームなのね」
「俺甘党。でもビールも好き。ジルは大好き」
「ふうん」
待てリグディ。どさくさに紛れて抜け駆けするな。
ロッシュは怒鳴りたかったがその声はナバートが自らのスプーンを構えたことで封じられた。
リグディのアイスを一匙掬う。
それをこちらに近づけて、
「はい」
スプーンにカレーが付着しているのが気になるが、そもそもアイスはリグディのものなのだが、まさかこの状況は。
隣でリグディが俺のアイス!と騒いでいるのは無視する。
はっきり言って食事用スプーン山盛りのアイスクリームは一口で食べるのに適した量ではない。絶対頭がキーンとなる。だが堪えよう。ロッシュは覚悟を決めた。

ぼちゃん。

ロッシュの覚悟は泡になって消えた。
「これで両方楽しめるわね」
ジョッキに浮かぶアイスクリーム。それを持ち上げリグディの皿にビールを注ぎ込む。
大小ふたつのビールフロートを前に、ナバートはジョッキを一気飲みし、トレイを持って立ち上がった。
「ごちそうさま。ビール取ってきてくれてありがとう、ロッシュ」
颯爽と去る後ろ姿を見て、目の前に視線を戻し、かけられた声を思い出して、今日もロッシュは泣きたくなった。

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あきゅろす。
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